毟り取る男、富賀河透流 5
部屋で所在なく、またも漫画を読んで過ごしていると、富賀河はふと尿意を感じた。
トイレに向かうため、剣ヶ峰に案内された通り、部屋の入り口とは逆のドアを開く。
開いた先には富賀河の部屋と同じような空間が右手側に広がっており、これもまた同じように、正面には一つのドア。
右手空間の手前には間仕切りがあり、ひとつドアが付いている。間仕切りの横には人がひとりやっと通れるような通路が部屋の奥へと続いており、その通路の入り口にはトイレで「女性用」を示すのによく見られる、スカート付きのピクトグラム・マークが掲げられている。手前のドアのそばにも、「男性用」を示すピクトグラム。
富賀河はそれを確認すると、手前のドアを引いた。と、小便器に向かって立ち姿の剣ヶ峰が視界に入る。
「あ、テメェ、こんなところにいやがったか!」
「ああ、富賀河さん。お探しでしたか。すみません。ちょっとボクたち買い出しに出てたものですから」
フルフルと体を震わせると、剣ヶ峰は衣擦れの音をさせる。体勢と身だしなみを整えると、剣ヶ峰は入り口傍に立ったままの富賀河に歩み寄ってきた。
「トイレで話すのもなんですから、ボク、ドアの外で待ってますね」
――チッ。スカしてんじゃねえよ。
「WiFi、繋がんねえじゃねえか!」
トイレを出て開口一番、富賀河は待っていた剣ヶ峰を怒鳴りつけた。
「あれ、そうでしたか。すみません。ちょっとアクセスポイント機器の様子、見てきますね……」
富賀河の部屋へと続くドアとは反対のドアから、剣ヶ峰は慌てて出ていった。
「……ったくよ~。いい加減にしろよ、金づるボウヤが……」
剣ヶ峰の姿が消えると、富賀河は剣ヶ峰を蔑む言葉を放つ。と、不意に背後から鼻歌が聞こえてくる。
「ふんふふふ……ふ~ん……アレ、ダーリンは?」
安芸島だ。安芸島が部屋の奥、女子トイレから出てきた。
「一緒に出ようね、待っててね、って言ったのにな~」
「……カオルちゃん。今の、聴いてた?」
「ん?」
富賀河に問われて、ポカン、とする安芸島。「金づる」発言を聴かれてやしないかと心配したが、この様子ではどうやら杞憂のようである。
「何かあったんですか~? 富賀河さん」
「いや、何も……それよりさ~……」
富賀河は安芸島に詰め寄る。安芸島は二歩ほど、後ずさった。
「な、なんですか~?」
「カオルちゃんって、剣ヶ峰サンと付き合ってんの?」
「そうですよ~。見たら判るじゃないですか」
「それってアイツがカネ持ってるからだろ?」
安芸島は富賀河の言を聞くと、キッと彼を睨みつけた。
「どういう意味ですか?!」
「カネ目当てだろって言ってんの」
「ッ……」
安芸島の睨みに、凄味がこもる。
「すぐにでも、俺はアイツよりカネ持つようになるからさぁ。そしたらカオルちゃん、俺に乗り換え……」
ドンッ
言い終わらないうちに富賀河は安芸島に両手で押され、二、三歩後ずさった。
「おいおいおいおい、何してくれちゃってんのさ~」
「今のは聞かなかったことにしますから、そんなこと二度と言わないでください!」
トドメ、とばかりに険がこもった視線を富賀河に送ると、安芸島も剣ヶ峰と同じドアを開けて消えていった。
――いい気になってやがるな、クソどもが。
安芸島の姿を見送った富賀河の心中で、ヤツらから搾り取るだけ搾り取ってやる、との想いがより一層強まっていた。