毟り取る男、富賀河透流 1
富賀河透流のSNSアカウント宛てにそのダイレクトメッセージが届いたのは、年も明けてすぐだった。
『お久しぶりです。剣ヶ峰涼です。覚えていられるでしょうか』
――剣ヶ峰……?
特徴的な名前だが、富賀河はすぐには思い当たらなかった。
このところの富賀河は、最期の大詰めとばかりに「ダウト」で毟り取るカモをそこら中で漁っており、話しかける初対面の人間の数は、一日で二十人を悠に超えている。
それでも「剣ヶ峰」という名についてしばらく考えていると、クラブ「アトラース」のブース内の光景が浮かんできた。
――剣ヶ峰って、アイツか。女連れの世間知らずそうな……金持ち風のヤツ。
二カ月くらい前だったかな……カモにした相手。
小ギレイな顔立ちで、いかにも取り澄ましたような態度が気に障ったな。やけに可愛い女をわざわざ連れまわしていたことにも腹が立った覚えがある。
いつもより少し多目にふっかけ始めたんだっけか。そして……ああ、そうだ、そうだ。最後には自分で賭け額を上げてまで、まんまと俺の術中にハマった……お坊ちゃん。
――あれは、いいカモだったな。
富賀河は、連れにみっともなく引きずられていく剣ヶ峰の、呆けた顔を思い出した。ひとりきりの自室で、クリームを塗る顔に嘲笑を浮かべながら、メッセージを読み進める。
『今度、規制法の施行直前に最後の大勝負をしようと考えています。そこで富賀河さんにお相手していただければ、と考えているのですが、ご都合いかがでしょうか?』
規制法。
翌月、二月一日に施行される「電子ソフトの個人間取引に関する規制法」だ。
先月、「ダウト」アプリの運営もこの法施行に合わせてアプリ仕様を変更するとの発表をし、「ダウト」ギャンブルの人口が衰退する未来はますます確かなものとなった。それがため、富賀河も規制がかかってやりにくくなる前に、昼と言わず夜と言わず手当たり次第にカモを探している、というわけなのである。
だが、そんな彼の必勝パターン――はじめは「相手の勝ち」を演出し、終盤に賭け額を上げての「不自然な勝ち」を取るいつものパターンなのだが、いくら素人を軸に見繕っていたとはいっても、カモる場面を晒しすぎたせいか、最近ではロクな相手にありつけていない。
誰も彼もが、自分との「ダウト」ゲームを断るか、タチの悪いのになると「エサの食い逃げ」――終盤に至る前に早々に切り上げてくる輩まで出てきている。富賀河の釣果は芳しくない。
――自分で「大勝負」って言うくらいなんだから、相当な額が期待できるかもしれないな……。普段はご新規さんしか相手にしないが……コイツはさほど印象にも残らないような「カモ」。まあ、問題ないだろう……。
ボウズ気味の富賀河の現況も後押しとなって、彼は剣ヶ峰の誘いに返信を書く。
『剣ヶ峰さん、お久しぶりです。ちゃんと覚えていますよ。可愛い彼女さんとご一緒でしたよね。あの勝負は本当に楽しかったですね。剣ヶ峰さんのお話ですが大変興味があります。良ければ詳細にご連絡いただけますでしょうか』
文面に反し、二カ月前の自分が剣ヶ峰に何をしたか、何を仕掛けたか、どんな口調で話していたか、富賀河はそんなこと全く覚えていない。
ただ、「いいカモ」だったということと「金を持っていそうだ」――これが今の富賀河が思い出せる、剣ヶ峰に対する印象であり、唯一の関心事である。この返信文の口調も、相手の機嫌を損ねない、とりあえずの丁寧語。
ポン
富賀河の返答に対し、間をあけず剣ヶ峰からの返信が来た。
『覚えていただけていて大変嬉しいです。今度の「パーティー」ですが、せっかくですので遊興も兼ねて、アメリカの別荘にて行おうと考えております。今月末の二十九日に日本を発ち、「ダウト」ギャンブルに興じる最後、三十日から三十一日にかけて「パーティー」を、と予定しています。もし、富賀河さんがご参加いただけるということでしたら、こちらからのお誘いですので、飛行機代や宿、必要でしたらパスポート発行の費用、すべて一切を当方が負担します。不参加ということでしたら、また別の方に声を掛けようかと考えていますので、なるべくお早いご返事をいただければ幸いです。ご都合いかがでしょうか』
――アメリカで……費用を全額負担だと? この漂う金の匂い……やっぱり剣ヶ峰は「金持ち」そうだ。
富賀河は生唾をゴクリ、と飲み込む。
どこの誰とも知れない輩にこの好機を回してなるものか、と富賀河は即座に承諾の返信をする。
『ご参加ありがとうございます。では、二十九日から五日ほどはご予定空けておいていただけますようお願いいたします。費用等の手配、より詳細な相談などは後ほど、また致しましょう。よろしくお願いしますね』
富賀河は再び、剣ヶ峰の呆けた顔を思い出す。
――いいカモどころじゃない。いいATM……。
あの、「どうしてこうなったか」をまったく理解できていない、世のアホどもを代表するような顔。それまでいい気になっていた男や女がみせるあの表情。取り乱す様。何度見ても飽きがこない。
――バカどもが。俺は「ダウト」では絶対に負けない、奇跡の男なんだよ。テメエらクズなんか足元にも及ばない、な。
富賀河はスマートフォンの画面に向けてニヤリ、と笑うと、久しぶりのいい気分を抱えたまま、今日もカモを探すために自室の玄関を出ていった。