剣なんでも屋店主、剣ヶ峰涼 7
ポーン
今回、剣ヶ峰はさすがに、しっかりとルームの設定内容を確認した。そして、気が付いた。それまでの「ゴーサン」ルールから、いつの間にか制限時間が「三十分」にされている。
――ダウトチャンスはちゃんと三回だな……。時間が伸びたぐらいはわざわざ問い詰めるまでもないだろう……。それにしても……。
剣ヶ峰は目の前の富賀河に目を移す。
剣ヶ峰に視線を向けられているのを知ってか知らずか、悪びれもしない様子でスマートフォンの操作を続けている。
何も言わずに設定を変えてくるあたり、やはり富賀河は相当な食わせ者である、と剣ヶ峰は警戒心を強めた。
『ダウト・レディ!』
今回、剣ヶ峰が設定した「マイライ」は「富賀河透流はチビ」。
明らかに八つ当たりの言葉である。余程頭に来ているらしい。
はじめは「チビで短足で女にモテない」と入力したが、「ウソ」の判定対象が複数あるようなこの言葉は設定することができず、縮めたこの形となった。
なお、激昂のままに設定した剣ヶ峰は預かり知らぬことだが、この「ウソ」を判定するために、アプリAIはネット上の富賀河が映る画像をクローリング検索し、体型、背景物などから身長を計算、日本人男性の平均値と比較して判定する、という大分高度なことを強いられた。
しかし、この「マイライ」――。
発言すれば瞬く間に「ダウト」宣言を受けるのは明白だ。剣ヶ峰は自身の「マイライ」発言を最終盤に回し、ただ「ダウト」宣言を成功させることだけに専心するつもりなのである。
『ダウト・スタート!』
「富賀河さんはこういったルーム設定の間違い、よくするんですか?」
今戦は剣ヶ峰が先に口を開いた。
「いや~……なかなかないね。何、気にしてんの?」
「こんなこと、気にしないわけないと思いますが……」
「そっか、そっか。でもさあ、故意じゃないんだから、許してよ。今回は剣ヶ峰サンが勝てばいいんだからさ」
「……ダウト」
「……おっとぉ?」
開戦序盤での早速の剣ヶ峰のダウト宣言に、富賀河は目を丸くして見せた。だが、その表情には余裕が感じられる。
「『トオル』。『ルーム設定間違いは故意じゃない』」
――「マイライ」じゃないだろうが、これは「ウソ」だろう? 確実にワザとやったよ、お前は。
「おいおいおいおーい。何? 疑ってくれちゃってんの?」
剣ヶ峰の「ダウト」指摘内容に対し、富賀河がおおげさに驚いて見せる。
「ダウト」アプリの仕様では、「マイライ」設定時は抽象的な言葉や情感的な事柄はAI判断で拒否されることも多いが、絶えず続く会話の中での「ウソ」判断は常になされている。
客観的事実に基づく正誤判定はインターネット上の情報や、ビッグデータ・バンクが用いられ、それ以外の抽象的な事柄や主観的な発言の真偽は、装着された「アイ・リング」から送信されてくる身体情報や周囲の環境情報――体温、脈拍、皮膚電気活動、血中酸素、発汗、血管収縮、指の筋肉の収縮、皮膚のターンオーバーサイクル変化、外気温、外気湿度……などと多岐に渡る情報――を渡されたAIが判断する。
「ダウト」の判断用AIは「ウソ」をついている人間のこれらのデータを大量に深層学習させたもので、その正誤率はアプリ運営者の公式発表によると、九十九・九パーセントもの確度を誇るものである。
――この勝負、もらった。テメェの吠え面、拝ませてもらうぜ。
先ほどの「設定間違い」を富賀河がワザとやったものだと確信している剣ヶ峰は、 今回の指摘内容――「設定間違いは故意じゃない」を、AIが後者の方法で「ウソ」と判断してくれることもほぼ確信しており、半ば勝利をものにした気になっていた。
だが。
富賀河の左手人差し指に見える「アイ・リング」が怪しく光った。
『ダウト非成立!』