剣なんでも屋店主、剣ヶ峰涼 6
「な、なんだってッ？！」
ハイトーンのシステムボイスが敗北を告げたのを聴くや否や、剣ヶ峰は盛大な音を鳴らして椅子から立ち上がった。
「や～ん！ ウソでしょ～？ ダーリン負けちゃイヤ～」
安芸島が立ちあがった剣ヶ峰の胴回りに抱きつき、イヤイヤ、と首を振る。
「あ、これは……スマン」
ニタニタ顔を続けていた富賀河は自身のスマホ画面に目を落とすと、いかにも申し訳ないと装うような口調で言った。
「『入室条件』を設定したときかな……。ダウトチャンスが『一回』に設定されちゃってたみたいだなぁ。これはホント、ゴメン……」
言われて、剣ヶ峰も自身のスマホを手に取る。画面はゲーム終了後のルーム待機画面になっており、端の方にダウトチャンスの回数が表示されている。
その数は、一回。
――そんな……。ダウトチャンスは今までずっと三回で来てたはず。
『ダウト』ゲームプレイ中のアプリ画面は白い背景にマイクのアイコンマーク、そして隅の方に「リタイア」のボタンが表示されているだけで、これらの「プレイルーム情報」は表示されていない。ルーム入室時にすでに了承済みである項目だからだ。
おかげでダウトチャンスが一回きりであることに、剣ヶ峰はプレイ中に気づくことができずにいた。
剣ヶ峰は唖然として富賀河を見る。その視線に、彼は底意地の悪そうな笑みで応えた。
――ワザとか！ コイツ！
「でも、剣ヶ峰サンもよく確認しないで入室するからちょっとは責任あるだろ？ 俺もひょっとしたら同じことになってたかもしれないんだし」
――ふざけやがって！
剣ヶ峰は富賀河に罵倒を浴びせたくなるのを、やっとのところで堪えた。
剣ヶ峰の直感ではこの事態は富賀河の故意で引き起こされたことだが、彼の言う通り、確認を怠った剣ヶ峰にも落ち度はある。
――ならば、今までのテメエの手を、俺も使うぞ……。
「……富賀河さん。でしたら次の一戦、条件を上げませんか？」
「ん……『入室条件』をか。どれくらい？」
「……『ナマゴジュウ』でどうでしょう」
「ナマゴジュウ」。現金五十万円。
客観的に見ると、「負けを取り返し、すこしプラスになる」くらいの、より「それらしい」お坊ちゃん像を演じようとするならば、この額は相応しくない。そのまま二十万でいくか、せいぜい三十万くらいが妥当な線である。
だが、生来の「負けず嫌い」の気質が剣ヶ峰にこの額を提示させた。
打診された富賀河は、そのニヤつきを深める。余裕の表れか、スキンクリームを取り出すと、それをベタベタと手のひらや顔に広げはじめた。
「オーケー。『ナマゴジュウ』な。受けよう」
「……お願いします」
剣ヶ峰はゆっくりと、自身の昂ぶりを抑えるように席に着いた。
――ふざけんなよ、コイツ。次は同じ手は食わないからな……。
目の前の富賀河の不敵な笑みに心底からの怒りを滾らせながら、剣ヶ峰はルーム入室のボタンを押した。
