6/12(金)
僕の思い出し方が悪いのか、これではまるで佳子が死んだようになっているがそれは違う。佳子はギンギンに生きている……きっとどこかで。
ひと月前、仕事から帰ってきた僕を迎えてくれたのはベッドでスヤスヤと眠る愛美と暗闇の中、ダイニングテーブルの上にひっそりと置かれた佳子の署名付きの離婚届だけだった。
突然の事に何が何やら分からなかった僕はすぐさま電話やline、Skypeや果ては昔一緒に更新していたブログのDM機能にまで手を伸ばし何とか佳子に連絡を取ろうと試みた。
結果は全て全滅。電話は着信拒否され、lineやSkypeは既読が付かず、ブログに関して言えば彼女だけいつの間にか退会していた。
僕は焦り、惑い続けた。
どうして?
その問いに答えようとさえしてくれない佳子に怒りすら沸いた。
「……なんだってんだよ」
リビングのソファーでうなだれながら小さな叫びを暗闇に溶かす。
喧嘩らしい喧嘩なんかもう何年もしていない。このコロナ禍の中リモートワークに即対応できるような大企業に勤めている訳ではなくても僕は毎日毎日実直に働き家族を養ってきた。
およそ不満なんてないだろう? なのにどうして……
そんな僕の些細な溜息に呼応するように寝室から「ん~」と寝返りを打つ愛美の声が聞こえてきた。
その瞬間、僕の胸の中にさっきまでとはまた別の種類の焦りが生まれた。
愛美になんて言えばいい?
僕はふと明日の朝の事を思い背筋がスーッと冷たくなった。
寝ぐせだらけで半分まだ目が閉じたままの愛美が「あれー? おかーさんは?」と聞いてきた時、僕は何と言ってあげればいい?
ちょっとお出かけだよ――このままずっと帰ってこなかったらどうする?
おかーさんは体調悪くて病気で入院することになったんだ――お見舞いに行こうと言われたらどうする?
愛美、おとーさんとおかーさんは離婚することにしたんだ。離婚っていうのはな――――言えるわけないだろ!
そんな事を考えながら、リビングで独り頭を抱えている内に、抱えている内に…………気付いたら寝てしまっていた。
我ながら情けないと思う。ただ色んな事が起こりすぎてもう限界だったのだ。僕はそのまま泥のように眠り続けた。