7/12(日)
「おとーさん! おとーさん! きょうはとうきょうニー、ゼロ、ロク、にんだって!」
日曜の朝、愛美の声が二日酔いの頭に響く。
ドタドタという足音の後、寝室の扉が勢い良く開いた。そして、ベッドで丸くなっている僕のお腹にそのままの勢いで飛び込んできた愛美は僕の耳元に手をかざし大きく叫んだ。
「ねぇねぇ! これってすくない? それともおおい?」
僕が何回も「あと五分だけ待って……」と寝返りを打っても、愛美は「ねぇねぇ!」「ねぇねぇ!」と器用に僕の体の上でバランスを取りながら右耳、左耳と交互に聞いてくる。
いつものことだ。一か月ほど前から僕の朝は毎日こうして始まるようになった。
二度寝を諦め上体を起こした僕はグッと背筋を伸ばした。そして、だらしのない寝ぼけまなこを擦りながら僕は欠伸交じりに尋ねた。
「う~ん……っと……昨日は何人だったかな?」
僕の質問に愛美はポケットからプリキュアのメモ帳を取り出し「えーっとねぇ……」とページを捲った。
賢い子だと思う。親の贔屓目を抜きにしてもだ。そのメモが例え見開き2ページを使って数字が2桁ないしは3桁書かれているだけのものであっても3歳である事を考えれば充分過ぎるだろう。
そんな我が子の成長を本来は喜ぶべきなのだろうが、僕はほんの少し胸が痛んだ。
不出来な両親のせいで、愛美は周りより早く大人になっていってしまう。そんな気がして寂しさと申し訳なさが募った。
愛美は一番最後の数字が書いてあるページに辿り着くと、腕を交差にしそのメモを僕に見えるようにしてくれた。
たどたどしい字で『243』と書いてある。
「ニー、ヨン、サン! だよ! これって……どう?」
愛美が不安そうに上目遣いで聞いてくる。
本来であれば3歳児の可愛い表情ベスト3にランクインするような表情なはずだった。
だけど僕は瞬間的に思わず目を逸らしてしまう。
愛美のその表情は驚くほど妻の佳子に似ていたからだ。
新婚の時、家電屋で少し高価な乾燥機付きの洗濯機を買おうかどうか夫婦2人で迷った時の事を思い出す。確かあの時も佳子は今の愛美と同じような表情を浮かべていたのだ。
――――今更あんな日々の事を思い出して何になる。
僕は愛美に気付かれないようにわざと鼻を鳴らして短く嫌味に笑った後、愛美の方を振り返り満面の笑みを作り言った。
「おぉ! 良かったなぁ、愛美! コロナの人減ってるぞ!」
僕の言葉に愛美は零れんばかりの笑顔を浮かべ「ほんとう!? やったー!!」と両手を上げ万歳のポーズを取った。
その愛美の一連の仕草や表情全てが、あの日僕が思い切って洗濯機を買おうと決断した瞬間の佳子とそっくり重なる。
僕は今度こそ隠し切れない程に溜息を吐いてしまったが、愛美は全く意に介さずそのままの笑顔で続けて言った。
「じゃあ、もうすぐおかーさんがかえってくるね!!」
愛美のその言葉は僕の頭にいつまでも重く響き続けた。
今日中に全編投稿します。それほど長くないです。もしよろしければ最後までお付き合い下さい。