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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

星空と、不死と。

作者: yumeta


木漏れ日と共に春が来て、緑陽と共に夏が来た。

木枯らしが秋を運んで、白が冬を覆い尽くす。


-あと何度、この季節達を過ぎればこの命に終わりは来るのか-


私と共に生きると言ってくれたあの人は、私を置いて枯れて逝った。


「なぜ、貴方は歳を取らないの?死ねないの?」


雪に埋もれた私を覗き込む、不思議そうな顔。

そんなこと、私が知りたい。

あの日、何千と繰り返した成せない自殺の後、彼女と出会った。

凍死できたらなと、雪に埋もれてみたけど1ヶ月はとりあえず生きてしまっている。

こんなことをもう忘れるくらい試したが、この季節にどうしても試してしまう。


「もうそれを忘れるくらい、長く生きてきてしまったよ。」


私がそう返すと、彼女はクスリと笑った。


「噂通りなのね、貴方。不老不死の自殺志願者さん」


彼女は楽しそうに私をからかうと、私に手を差し出した。

伸ばされた腕が何とも頼りなさげで、細くて白くて、私が掴むと折れてしまいそうだ。


「それなら、私に貴方の永遠に続く時間の中の一部を下さいな」

「……は?」


彼女の言葉の意味が分からず、反射的にこう返してしまう。

そもそも、人と会話するのも何十年ぶりなのか。

殺されても死なないから、警戒なんてする意味もないが。


「だから、私が貴方の友達になってあげる。」


これが、私と彼女の出会いだった。






彼女一

ソフィ・パレットはなんとも突き抜けた性格をしていた。

歳の頃は15歳。学校をサボって森に来て私を探していたらしい。


「それじゃあ、貴方は自分がどれだけ生きているかも、覚えてないの?」

「そんなこと、数えるのなんて無駄だもの。何せ死ねない。」

「そんな楽しいことってあるのね!」


なぜ死ねないことが楽しいのか。

なんなのか痛烈な嫌味なのか。

少なくともここ百年は、こんな奴を見ていない。

そもそも人と関わってもこなかったが、人の名前を聞くより先に失礼を果たす人間か。


私の数世紀をかけて培った常識を持ってしても、非常識だ。


「私が不老不死なら、国の中枢に入り込んでみたり、賢者とか呼ばれる人物になってみせるのに」


頬を高揚させ、拳を握り込み楽しそうにソフィは言う。


「賢者か…。大昔そう呼ばれた時期もあったな」


ふと、思い出す。

あれは何世紀前のことなのか。


…何世紀で済むのか?


「素晴らしいじゃない!!なんで続けなかったの!」


彼女はぐい、と私の手を握り引っ張る。

結構短絡的な、愉快な思考回路をお持ちのようだ。


「ある時は不老不死の賢者と呼ばれ、過去の歴史を語り重宝された。

そのうち、国家機密を幾つも知る私は一部から邪魔な存在になる。

そうしてこう言われる、-賢者は善人の皮を被った悪魔だと。」


場合によっては錬金術師もね、と私は付け加える。


「そんなの、蹴散らしてしまえばいいのに…」


ソフィは不思議そうな顔をする。

ああ、不老不死は特別な能力者なのだと思っているのだな。


「不老不死なだけで、他は何も人間と変わらない。

大して運動もできないし、魔法や錬金術も使えない。

そもそも錬金術なんて存在しない。ただの科学だ。」


見るからにガッカリといった顔を浮かべ、彼女は思慮に耽ける。

勝手に期待して裏切られたなんて顔をするなよ。


「貴方といれば退屈しないと思ったのに…。

いや、ある意味そうか。よし、そうね!!」


ソフィは急に立ち上がり私がを見下ろす。


「このソフィ・パレットが、貴方の友達になってあげる!

感謝なさいな、不老不死の……貴方、名前は?」


ようやく名前を聞いてきた彼女は、酔狂な提案をしてくる。

どうせ若いこの子はすぐ飽きるだろう。

例えそうだとしても、いっそのこと清々しいほど突き抜けた彼女を観察するのはいい暇つぶしになりそうだ。


「名前か。私の名前はこの国の言葉じゃ発音しにくいなぁ。

ヌオディアレスティヌスという。」


私が生まれたのは、今はもう古代文明とされている国だったはずだ。

あの時の文字は遺跡に残っているが、言葉は残っていない。

笑ってしまいたい気分だ。


「ぬ、ぬおでぃ…あれす?

あーもう!長ったらしいし言い難い!

もう、貴方は今日からアレスよ!アレス!わかった!?」


なんとこの少女は人の名前を改変してきた。

なんという猛者だ。突き抜けた失礼さだ。

ここまで来るともう、何だかどうでもいい。


「仰せのままに、我儘なソフィ様」


私の口が千年ぶりくらいに冗談を吐けば、ソフィは嬉しそうな顔をした。


「なんだ、笑えるじゃない。

よろしくね、アレス」









ソフィと過ごすのは、楽しかった。

私は森の中に引き篭っていたが、その間にどうやら百年近く経っていたようだ。

彼女がある日持ってきた、その時流行りの服に身を包んで街に繰り出す。


どうも私の見かけは20代で止まっているらしく、ソフィと歩くとカップルのように扱われた。

何もかもが新鮮だった。


最後に街に出た時は、道は土ばかりで家は木で作られていたものが多かった。

今は石畳の道になり、レンガや白亜の建物が並ぶ。

だいぶん様変わりしている。


「なぜこんなに変わっているのに、森に変化がなかったのかな」


独り言のように呟いた言葉を、ソフィは聞き漏らさない。


「それは貴方がいたからよ、アレス。

貴方が何度も自殺に失敗した痕を見つけた人達がいるの。

だからあの森は、嘆きの亡霊の住む森として誰も怖がって近付かない」


そうか、と呟き反省する。

血が出る自殺はもうやめておこう。

ソフィも怖がるかもしれない。




日も暮れ始め、ソフィは家に戻る。

私も森へ帰る。


石造りの小屋を我が家として作ったのは、いつだったかな。

たしか暇つぶしにこだわって作ったはずだ。

何となく、懐かしい気分に浸る。

こんなに楽しいのも何時ぶりか。


親しみを持たれるのは最初だけ。

数十年と過ごすうちに、敬われ、羨ましいと言われ、恐ろしいと言われ迫害される。

これを繰り返すものかと、幾度と居を変えた。同じ場所には百年近く帰れない。

その当時の人が死に絶えていないと、戻れない。


だんだん迫害されるのにも、心が耐えられなくなった。

死なないといったって、血は出るのだ。痛みはあるのだ。心も、ある。


胸の奥に引っ掛かる棘、というには余りに大きい痛みを思い出す。


今はもう古代文明なんて呼ばれているが、まだあの頃は神が身近だった。

母がいて父がいて、可愛い妹がいた。

親友イレアスと一緒に狩りをして、親友の妹ユアと結婚した。

当たり前の風景だった。幸せだったと思う。


ある日戦争の気配が近付いてきて、街中でよく騒ぎが起きた。

私は妻と一緒に、馬に轢かれた。軍馬だった。

敵国でなく、故国の。


轢いたのは将軍だったが、下々の犠牲など厭わないと言うふうだった。

-我が道を阻む者が悪い-

そう言い捨てたらしい。


神殿にて一命を取り留めた私と、馬に頭を踏まれ死んだ妻の亡骸。

ああ、あの時たしか私は神殿で神を恨んだ。

何故妻を奪ったのかと、何故殺したのかと。


死を悪しき物のように、ただひたすらに恨んだ。

その後将軍は、負けが続き、民を殺したからだと吊られ、生き残った私を逆恨みした。

神殿で神に祈りという名の恨みを唱える私を、背後から切り殺そうとしてできなかった。

私が死ななかったからだ。


ああ、神は死を恨んだ私から死を取り上げたのだと気付いた。

首を何度斬られても、すぐに戻る私を見て将軍は、

「お前を戦場に送れば、戦果をあげられるかもしれぬ」

と欲をかいていたな。

将軍の取り落とした剣で、将軍の首を落とし、私は家族と親友に別れを告げた。






-森の中、自分の寝床の上で思い出した。

ああ、懐かしい胸の痛みだ。

かの国は滅びた。全て亡びた。故国も敵国も、今は無い。


あの思いをまた、抱きたくはない。

彼女とも程々に、付き合わねばならないねと反省する。

人との繋がりに飢え、人との繋がりを嫌悪する。

そうして永遠を生きる。


いつか火山の河口に身を投げる覚悟ができたら、終われるのかもしれない。

マグマに突っ込んで死ねなかったら悲惨だ。

マグマの中で永遠に焼かれ続けるのは、想像するだけで嫌だ。

そう思い、二の足を踏む。


「でもまあ、しばらくは…」


あの少女に付き合ってみるか。

夜が耽ける。寝る必要もないが、久しぶりに眠ることにした。















「…戦争?」


思わず彼女に聞き返す。

ガラガラと馬車が石畳を通り過ぎて行く。

公園のベンチでソフィとの会話を楽しんでいるときだった。


「そう、戦争。」


嫌になっちゃう-と、なんて事ないように彼女は言う。


彼女とお友達になってから、3年が過ぎた。

学校を卒業したソフィは、実は良家のお嬢様のようで結婚をせっつかれている。

その隠れ蓑として、私は恋人のフリをして過ごしている。


秋の過ごし易い公園に子供たちの声はない。

陰鬱とした嵐の前の静けさのような、大人達の不安な焦燥感に駆られた空気が街を包んでいる。


「疎開しようとお父様が言うの。

でもうちの別荘のほうが敵と近いのよ」


ソフィはいつもの突き抜けた様子なく、淡々と語る。

この冷静な仮面を彼女は被り生きているようだ。

今はあの非常識な失礼さは、なりを潜めている。


「外国の親戚を頼って逃げるって話も出てて…。

近い内にこの街に戦火が及ぶわ。アレスも逃げて。」


何時になく真剣な彼女と、危機感がない死ねない自分。


「そうだね、でもその前にここから逃げる必要もあるね」


ふと、周囲の気配に気を配る。

憲兵らしき人物が、物騒な顔をしてこちらを見ている。

会話を盗み聞き、もしくは口を読んでいるのか。

私はわざと大きな声で、笑顔で話題を明後日に振り切る。


「ソフィ、少し散歩をしないかい?

角のケーキ屋で新作がでたらしい」


私の言わんとした事を察したらしきソフィは、周りに気を配る気配をみせずに悩むふりをしながら視線を走らせる。


「そうねぇ、角のケーキ屋もいいけど新しい服も欲しいの」


ケーキ屋のほうから、新しい憲兵隊の姿を認める。

ソフィは咄嗟に大通り沿いの服屋を指定する。


「仰せのままに、マイレディ」


そっとエスコートするように腕を差し出す。

ソフィもその腕に手を添えて、お互い見つめ合う様を装い背後を見合う。

憲兵は一応若い男女の戦争を言い訳にした愛の語らいとして、見逃すつもりのようだ。


腕を組んだまま私達は、街の喧騒に紛れ込んだ。









ソフィの言う通り、戦争が始まった。

なかなか会える機会も減っていった。


そろそろ潮時か、と思慮を巡らせる。

実にいい頃合だ。ソフィはもとより美しかったが、成長して、大人になってきた。

彼女の見目は変わるのに、横にいる男は年齢を感じさせない。

そんなのは不自然極まりない。


頭では分かっていることだが、何故だか胸に重しが乗ったような気分だ。


「アレス、アレスいるの?」


森の中に彼女の声が響く。

今は夜更けだ。何故こんな時間にいるのだろうか。


「ソフィ?」


小屋から出て、声の方向へ進む。

ソフィの姿が見える頃、向こうもこちらを見つけたようだ。


「ああ、アレス。逃げるわよ急いで。」


ソフィの真剣な表情に気圧される。


「なにがどうしたんだ」

「いよいよなの、この街に軍が来る。」

「敵国?占領されるほど予断が許さないのかい?」

「違うわこの国の軍よ。貴方を捕まえるためにくるの」


なんだか、方向性が見えないが。

きっと今までと一緒だ。不老不死の研究使われる。

不死の兵隊を作ろうとしているのだろう。


「大丈夫、過去にも何度かあったよそんなこと」


私は静かに微笑む。

彼女を安心させようとしているのだろう。


「違うわ、私が嫌なの。

貴方を実験に使われるのも、人として見てくれないのも」


ソフィは潤んだ強い瞳でこちらを射抜く。

この先を聞いては駄目だ、言わせても駄目だ。


「私、貴方を-」

「ソフィ、駄目だよ。それ以上を語るならもう会えない」


ソフィは下唇をぐっと噛み締める。

そう、それでいい。


「どうやら、長居しすぎたみたいだね」


ソフィはハッとした顔で、私を見上げる。

言わんとした事が分かったようだ。


「でも、もう貴方に残された道は私しかないわ。

アレス、一緒に来て。ここから出たら好きにしていいわ」


縋り付くような視線を抑え、彼女は提案をしてくる。

その程度ならついて行こうかなと考える。


「でも君は家族と逃げる、だろ?」

「家族は貴方の存在を知ってるわ、どんな存在かもね」


暗に不老不死を知ってるぞと、通達される。


「それはまた、なんで?」

「それは、私たちがー」


彼女が何かを言いかけるが、遠くで光が瞬くのが見える。

二人揃って口をつぐみ、彼女と共に森を抜け、隠してある馬車へと乗り込んだ。







彼女の家族は、何故だか私を受けいれた。

それはもう手厚く歓迎された。

受け入れ難い歓迎だが、悪くない気分だ。

この後国に売られるとしても、許せる気分にされる。


「国には売りませんよ、アレスさん」


ソフィの父親である、イレアス・パレットが話し掛けてくる。


「それでは、貴方が私をどうするつもりか教えて頂いても?」


彼女の自宅の談話室でお茶を頂いている。

時刻は相変わらず深夜。

ソフィは母親に連れられ、自室へと返された。

今はイレアスと二人きりだ。


「信じて貰えない話になるでしょうが、よろしいですか?」


イレアスは勿体ぶった様子で話をする。


「私の存在がまず、信じられない存在でしょう。

話をお伺いしましょう」


私は彼に答えた。

彼はゆっくりと、この家の成り立ちを話し始めた。


「我が家の成り立ちは古代のユスタ帝国。当主はイレアス。」


このパレット家は、元を辿り続けると私の故国へと連なるらしい。

それも、私の親友の家系へと。

二千年近く前の話だぞ、と問い詰めたいが口伝で当主に伝え続けられているようだ。


「そんな都合のいい話があるわけがない」


どうやら、馬鹿にされたようだ。

聞くだけ無駄だったかもしれない。


「でも、私達は貴方の故国の名を知っているし、親友だった祖先の名も知っています」


穏やかにイレアスは答える。

確かにそうだ。私はソフィにそれだけは教えていない。

故国の名前と親友の名前を。


「貴方の名前が、親友と一緒なのは偶然と思っていたが違うようだな」


私は静かに彼を睨む。


「当主は代々、イレアスと名乗ります。

これが貴方の親友である祖先の残した伝統です」

「しかし、ユスタは滅んだ」

「ええ、滅びました」

「では何故。」

「初代イレアスは貴方の行方を追いました。

貴方が数年ごとに居を移すのを、悟られないように探り、把握してました。」


イレアスは古い箱を、棚から取り出した。


「現存する限りの、当主の記録です。」


そこには数百年に渡る記録が残されていた。

確かに過去居た土地が記録されている。

古いものは紙自体が傷みが進んでいた。


「ここにあるのは紙に記録し始めた時代のものです。

だいたい八百年前くらいから残っているようです。」

「その前の分は?」

「その以前は石なのですよ、記録が」


石板記録とは、また懐かしい。

故国でも紙はあった。だが、高級だった。

どうしても後世に残すなら石板だ。


「初代のものが残っています。

私たちには古語を読むことは、できません。

きっと理解できるのは貴方だけでしょう」


そう言ってイレアスは本棚の裏に手を突っ込む。

ガコンと何か動く音がして、本棚が動く。


「この奥に保管してあります」


イレアスは私を連れ、本棚の奥の隠し部屋へと誘った。





中には石板が、厳重に保管されていた。

その中でも一番厳重に管理されたそれを、イレアスは指さす。

懐かしい文字だ。思わず手を伸ばし、触るのを躊躇う。

気を遣ったのかイレアスの姿はない。

ゆっくり読むとしよう。

石の形的にどこかの、壁に刻んだものを剥がしたようだ。




ーヌオディアレスティヌスが、神に不死を与えられた。

何故神はユアを救わず、彼から死を奪ったのか。

慈悲はないのかと、どれ程嘆いたか分からない。


今後彼は途方もない時を、途方もない孤独と共に過ごしていく。

お前を追うが、何故お前だけと罵ってしまいそうで顔を合わせられない。

それは子供たちに任せることにする。


俺はヌオディアレスティヌスが、不死を生きることを陰ながら支えることをここに誓う。

お前は家族と俺の前から姿を消した。

俺たちに負担をかけまいとしてだろう。

だから姿を見せることはしない。気分的にもできない。


ただいつか、お前を陰ながらでなく、守りたいと行動するものがこの一族から産まれることを願う。ー





「…イレアス。」


私を守りたいと行動する子孫。

ソフィの顔が浮かんできた。


「お前の願いを、神が聞き届けてくれたな。

俺は神を恨んだ結果だ。受け入れているよ。

…イレアス、ありがとう…」









数日の後、この街からパレット家の助けを経て逃げ出した。

その道中過去、軍に捕まって実験されたが非力なだけの私は役に立たず、すぐお役御免された話をした。


「その時、祖父が当主になりたての頃でした。

やっと貴方の居場所をつかんだと思ったら軍に捕まっていて、肝を冷やしたと言っていました。」


イレアスは申し訳なさそうに答える。


「その時なんとか、裏を辿り貴方の解放に至ったらしく。

今回私は祖父と同じ轍は踏まないと、今回に至りました。」


そんな裏があったのかと、感心しつつ窓の外を見る。

蒸気機関車に揺られ、国外へと足を運ぶ。


「どこに向かうのかな。」


いつの間にか時代は進んでいる。

あんなに馬を駈け、走り抜けた草原が今や街だ。

馬はもう蒸気機関車、自動車へと変化の道を進んでいる。


「貴方の所縁の地よ、アレス」


ソフィが隣からささやく。


「ソフィ、親の前でくっつくものではないよ」

「いいのよ、座席が狭いもの」


悪びれもなく笑うソフィがさらに近寄る。

イレアスの苦笑いが耳に届く。

とても戦火から逃げる道には思えない、穏やかな時間が過ぎていった。










ソフィと出会ったあの森とあの街が、焼き払われたという知らせが新聞に載った。

物寂しい気分に浸りながら、ページをめくる。


あの街から逃げて半年が過ぎた。

パレット家に匿われてはいるが、穏やかに過ごせている。

この土地はユスタ帝国のあった場所の近くだ。

遺跡が残っているため、戦火を逃れる事ができると考えた。


皆が寝静まった夜中、ランプ片手に遺跡へと足を運ぶ。

残っている遺跡はどこか懐かしい。

何故ならばユアと住んでいた家の並びが、残っているからだ。

その並びを進むと、一際大きい建物の跡が残っている。


不死を与えられた神殿だ。


もう二度と足を運ぶことは無いと思っていた。

ユアが横たえられていたであろう場所に近づく。

もう、顔を思い出せないくらい時が経ってしまった。

でも何故か今ははっきりと思い出していた。


「ユア、戻ってきたよ。」


そっと地面を撫でる。ひんやりとした感触が指を伝う。


「戻ってくるのに、二千年かかってしまったね」


ふと、自分以外の足音が聞こえてきた。

ランプを消し、身を潜める。

そこに居たのはソフィとイレアスだった。


「ソフィ、本気かい?」

「ええ、お父様。私は彼を支え生きます。」


二人はこちらに気づかず、話をしている。


「アレスを支える。陰ながらでなく、表から。」


ソフィの決意の言葉を聞き、私は戸惑った。

だって、不老不死だ。

彼女は先に死ぬ。私にそれを見届けるのは苦行だ。

それほど私の中でもソフィは大きい存在となってしまった。

これは、やっぱり長居しすぎた。


「それは困るなぁ、私は不死だもの」


声を掛けると二人は飛び上がって驚いた。

親子だと再確認するほど、そっくりな反応だった。


「私を支えてくれるのは、イレアスの妹で、妻のユアだけだ。

これから死にゆく人を傍に置けるほど、私は強くない」


先に我に返ったのはソフィだった。


「ーユア、さまですか?」

「うん、ユア。私と一緒に馬に轢かれ死んだ妻だ。

妻を奪った神を恨んだ。その結果の不死だよ。」


ソフィは大きな目を、溢れんばかりに開く。


「もう、大切を失いたくないんだ。

だから誰も傍に置かなかった。」


イレアスの瞳には悲しい色が、ソフィの瞳には涙が浮かぶ。


「大丈夫よ、アレス。私は友達でしょ?

だから泣かないで、永遠の一部をくれるって言ったじゃない」


そう言われて、自分が泣いてることに気付いた。

ああ、自分はまだ泣けるのか。涙は枯れてなかった。


一頻り静かに涙を流し、三人で肩を並べて屋敷に戻った。

星のよく見える、少し寒い夜だった。










また、3年が過ぎた。戦争は留まることなくむしろ広がり、世界に影を落としている。

ソフィはまた美しくなった。どことなくユアに似ている気がする。

街に憲兵らしき影がまた忍び寄り、逃げるかどうか話し合いが続いている。


「どうか、逃げて!!」


大きな声で叫びながら、ソフィの母親が屋敷に飛び込む。

駆け込むと同時に倒れ込み、肩から血を流している。


「何が起きた!」


イレアスが駆け寄ろうとすると、玄関の戸を乱雑に叩く音が響く。

憲兵だと察した様子で、みなが固唾を飲む。


「お願い逃げて、アレス。ソフィを連れて逃げて」


イレアスの妻は震える声で裏口を指さす。

私は頷き、ソフィの手を引き駆ける。


「憲兵だ!重要人物を囲っていると報告を受けている!

今すぐ戸を開けろ!」


背後に響く声で、憲兵の狙いが自分であることを再確認した。

ここで自分から捕まっても、軍事機密のため皆は殺される。

それならソフィだけでも、逃がさなくては。


「アレス、アレス!お母様が!お願い嫌よ」


ソフィが屋敷に戻ろうとするが、その頬を張る。


「ソフィ、君を逃がしたお母様の願いを聞きなさい」


ソフィは頬を抑えながら、涙目にこちらを見つめる。


「さあ、逃げよう」


どこに行くでもなく、ただひたすらに走り抜けた。

やはり足は遺跡に向かった。

その間何度か見つかるが、彼女を庇いつつ銃で撃たれる。

その場ですぐ傷は塞がり、何も問題がない。


「本当に不死なのね」


ソフィは身を隠し休んでいる時にそう言ってきた。

そうか、見るのは初めてか。


「気味が悪いだろ?」

「いいえ、守ってくれてありがとう」


撃たれた瞬間は焼けるように痛いが、一瞬だ。


「先を急ごう」


そう言って動き出した瞬間だった。

ソフィの顔が驚きと、苦痛に歪む。

大きな音が響く。


彼女のお腹が血で染まり始めた。


「ソフィ!?」


ソフィは膝から崩れ落ち、私を見てくる。


「アレス、逃げて」

「君も一緒だ」


私は静かにソフィを抱えると路地を駆ける。

どうも先程のは建物の隙間から憲兵が撃ったらしい。

その道からはここには来れない。

すぐには追いつかれないだろう。


遺跡に着いた。

神殿に迷わず向かう。

ユアと歩いた道を駆け、神を恨んだ場所に帰る。


虫の息のソフィを抱え、祭壇の跡にたどり着いた。


「神よ、まだ居られるなら我が命を彼女に分けたまえ」


静かに声が響く。虚ろな目をして、ソフィがこちらを見る。


「神よ、死を恨んだことを悔いはしません。

だがどうかこの娘の命まで奪わないで」


自分の口から故国の言葉が溢れる。

神を恨んだ、死を恨んだあの時と同じように、彼女を守れなかった。

自分を恨んだ。


「我が命を彼女へ…。

ソフィを愛しているのです…!」



神よ、無常の神よ。

ソフィの瞳が少し大きく開き、嬉しそうな顔をする。

ああ、この瞳から色が無くなるのが恐ろしいのです。

今、この腕の中で命が枯れようとしている。

お腹を圧迫していたソフィの腕から力が抜けていく。


神が奇跡を起こすことなく、ソフィの瞳から色が抜け落ちた。

ああ、また。守りきれなかった。



ソフィの亡骸を祭壇へと置いた。

遠くから憲兵の足音が聞こえる。


春夏秋冬、いくつ超えたかわからない。

いつ死ねるか分からない。

けど、ユア、ソフィ、いつかそっちに行くから。


振り向くと同時に身体に熱い痛みが走る。

でも、痛みが減らない。

血が止まらない。


憲兵にどよめきが走る。


ああ、そうか。

痛いのだ。一瞬走る痛みでなく、ずっと痛いのだ。

傷が、塞がらない。


こんなに待ち望んだ死が、目の前にある。

喜びと共に、ソフィと生きたかったと悲しみが来る。

祭壇を見やる。ソフィの傍で死のう。

ゆっくり、ゆっくり歩く。

ソフィの顔が見える。


ぐらりと体が揺れて、ソフィへ倒れ込む。

彼女の手を握りそのまま意識を手放した。












目が覚めたら、あの遺跡にいた。

私の傍には愛しい人の亡骸があった。

お腹に空いた穴は塞がっていて、服は血で濡れていた。


愛しいアレスは冷たくなっていた。

けど彼は死ぬことが出来たみたいだ。

良かった…。そう思う反面、とてつもなく悲しみが溢れる。


私は彼の代わりに不死になったのかと思ったけど、どうやら一度限りで救われたらしい。

手を着いた時に破片で手を深く切ったが、塞がらない。

アレスの居ない世界で不老不死なんて、ゾッとする。


手を握る彼を見た。

彼の死に顔は、すごく穏やかだった。


遠くから父の呼び声がする。

どうやら無事のようで安心する。


ああ、アレス。

そちらに行けたのですね、アレス。

いつか私もそちらに行きます。

その時は、ユアさんを紹介してね。



抜け落ちた天井を見上げる。

夜空にはあの日のように、星が充ちていた。




ー完ー

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