恋は荒波のよう
その恋は僕の心中を浚うように押し流していった。
「おい倉田ぁ!昨日の放課後まぁた告白してフラれたんだって⁉︎」
朝の教室で友人にそう声をかけられクスクスと周りから揶揄うような笑い声が上がる中、僕は彼女と話せた喜びを思い出して頷く。
「そうなんだ。聞いてくれよ。彼女は、否、フラれたからまだ彼女じゃないんだけれども、とにかく偶然駅で出逢って、待ち合わせもしてないのに出逢う運命を感じたら、もう心が迸ってしまって、そのままの勢いで告白してしまったんだ。返事はいつも通り『ごめんなさい』だけだったけど、あの声!素敵だった……!」
「おうおう、相変わらずキモいくらい恋してるなあ。そんでフラれたのは何回目だよ?」
とニヤニヤと笑みを浮かべる友人に僕は更なる恋心をぶつける
「さあ、もう100回近いんじゃないかな。そんなことより、嗚呼、藤井さん!付き合いたい!どうしたらうまくいくと思う?」
「そうだな。頑張れよ。」
恋する無敵な僕に急速に興味を失う薄情な友人を僕も捨て置いて、僕はここ2ヶ月ばかりの片想いの相手との思い出に浸るのだった。
彼女、否、藤井さんに出逢ったのは当たり前の話かもしれないが高校の入学式、それは新たな門出に相応しいよく晴れた日だった。
僕は高校生になる喜びと新しい環境への緊張、そして麗らかな陽気の中どこかフワフワとした状態で入学式に参加していた。
長ったらしい校長先生のお話も人気のありそうな生徒会長の歓迎の言葉も聞いてはいるのだが、後で教室に戻ってからどんな話だったと聞かれても言葉にはできないんだろうなと自覚してしまう程度にはフワッフワしていた。
それでもそんな一個人を顧みることなどなく式は粛々と進み、プログラムは新入生代表挨拶を迎え、代表として女子生徒が壇上へと呼ばれる。
僕は恋を知ったのだ。
壇上に登る際の後ろ姿からして、流れるような黒髪はまるで濡羽の如く艶やかで艶やかで錦糸のような滑らかさが見てとれる。
女子にしては身長が高く、スタイルも綺麗で高い腰の位置とスラリとした脚は白く艶めかしい。
壇上でこちらを向けば、意思の強さと知性を感じるややつり目がちの瞳にスッと通った鼻、薄い唇は高潔な印象を与える美人がそこにいた。
新入生挨拶の為に声を出せばマイクによって拡声された透き通った声が僕の耳朶を打つ。
僕は新入生代表が放つ魅力という荒波にあっという間に掬われ揉まれ、気づけば恋という岸辺に打ち上げられてしまったのだ。
そこからは違う意味でフッワフワになってしまった僕は、彼女の名前を聞き逃した事にも気づかず、めくるめく妄想の世界へと思いを馳せながら、周りの動きに合わせて無事に入学式を終えて教室に戻った。
入学式は無事であったかもしれないが僕の恋は大惨事だった。
なにせフワフッワな状態から少し醒めてみれば、彼女の名前を知らない事に今更ながら気づき、さらには彼女の魅力に翻弄された阿呆共が其処彼処に群れていた。
その中の一つに近づき、新入生代表が藤井さんという名前であり、藤井さんの所属するクラスに、我が校では学籍番号1番の合田くんではなく入試の首席に代表挨拶をさせるという情報と友人3名を獲得する事に成功したのだった。
見た目からも彼女はできるデキる女だとビシバシと感じていたが、入試の首席とはおそるべし、天は彼女に何物与えれば気が済むのか。などと感心絶えやらず、恋の深みへと誘われる。
少し考えれば自分で気づくであろう事実でさえも、フッワフッワな脳みそでは周囲の阿呆共の垂れ流す藤井さんへの賛美にのぼせて、自分も負けじと張り合い、賞賛の言葉を垂れ流す阿呆になるのが精一杯でそんな余裕はなかった。
そこまでのぼせ上がった脳味噌であったとしても、かの藤井さんと僕が付き合えるとは僕も思ってもいなかった。
しかし、一番槍の名誉というものがこの世にはある。恋は戦争のようと言うのであれば、入学式でうじゃうじゃと産まれた有象無象の藤井さん恋愛戦線志願兵にその名誉をくれてなるものかと大いに奮い立つ。
15歳、倉田、漢になります!と玉砕覚悟の悲壮な決意を抱く僕に天が微笑んだ。
我がクラス担任は話があっさり目の定時帰宅系教師だったのだ。
どのクラスよりも早くオリエンテーションが終わり、僕は藤井さんの教室の前で待機することができた。
しかし、運命の瞬間はすぐにはやってこない。
藤井さんの担任は話がこってり目の熱血わちゃわちゃ系教師で段取りも悪ければ話も長い、かけた時間が僕の熱意です!というタイプのようで、外で藤井さんを待つ勇士も食い盛りの新高校生に昼下がりのこの時間をただ待つのは、あたかも兵糧攻めのようで戦略的転進を余儀なくされていた。
ようやく熱血教師の城の強固な門が開けば、藤井さんと同組になった幸運で浮かれた野郎共に先を越されてなるものかと、単身敵地へ乗り込み、麗しき尊顔を恋のレーダーで見つけ、逃がすわけにはいかんとばかりに一気呵成に言い放つ!
「藤井さん!1-Cの倉田です!一目見たときから貴女のことが好きです!」
「ごめんなさい」
新入生代表挨拶のときに聞いたマイク越しの美声を生で聴けた喜びに打ち震えながら、僕は討ち死にした。
僕の心が死んでいる隙に藤井さんは冷やかされる前に帰ったのだろういなくなっていた。
こうして僕は高校生初日から頭の沸いた野郎という評価を同級生からいただくことになった。
ちなみに一番槍の名誉というのは戦場の口火を切る人物よりも最初に手柄を挙げた者に与えられる。つまり、討ち死にした僕には当てはまらなかったのであった。
とぼとぼと家に帰り昼飯を食い、母親に高校生活の抱負を語らされ、なぜ恋は戦争のようなのに単身突撃をかましたのか、あれではまるで特攻隊のようだなんて未だに沸いた脳みそで一人反省会を始める。
されど負けを認めなければ負けではないんじゃないかという極地に辿り着いてしまった僕は、恋を諦める方向にはいかなかった。
それからは、友人とドキドキワクワク新高校生生活を温く送りながら、藤井さんと出逢う度に「好きです!」「ごめんなさい」というやりとりを行っていた。
友人達からは勇者のような道化のような扱いを受けるようになり、10もごめんなさいを聴いた頃に、友人から挨拶がわりに告ってんじゃねーぞと叱られた。
確かに逢うたび逢うたびただの挨拶のように繰り出される告白は軽い羽毛のようで、吹けば飛ぶようなゴミとしか言いようがないかもしれない。
そんなんじゃダメだと一念発起して、手紙を書いて藤井さんを人目のつかないところへ呼び出して言葉を尽くして告白する。
「ごめんなさい」
言葉に出すから軽いのでは、と恋文をしたためて手渡す。
「ごめんなさい」
廊下でたまに出逢うと、心が言うことをきかずに暴走する。
「ごめんなさい」
小道具に頼るべく花や小物を用意する。
「ごめんなさい」
シチュエーションが悪いのでは、と夕焼けの教室で告白する。
「ごめんなさい」
何度フラれようが藤井さんを目にすれば恋に落ちるのだから仕方がない。
高校生活もGWを迎えて僕の藤井さんへの告白も30回をゆうに超えただろう。
GW中も藤井さんのことばかり考えていた。
藤井さんはいつも1人だ。
周りの女子高生達が群れなければ生きていけない弱さを見せる中、婉然と1人で背筋をピンと伸ばして、整った顔は氷のように冷たく静かで教室の中で一際存在感を見せる。
彼女は気高くそして誰の手助けもいらないかのように君臨している。
僕が初めに告白してから、告白ラッシュがあったらしいが全て断ったらしい。
その様子からついたあだ名は氷の女王様。
やっかんだ女子が口さがない噂を流しても一顧だにしない。
そんな藤井さんの側にいたい、藤井さんの笑った顔が見たい。
藤井さんが楽しげな様が見たい、藤井さんが泣いた時に慰めたい。
藤井さんが何かにぶつかった時ともに乗り越えたい。
藤井さんが何かを成し遂げた時ともに喜びを分かち合いたい。
僕の心に咲いた恋の花は入学式に散ったけれど、新緑の季節へと移ろう間に力強い若葉となった。
青々と生い茂るだろうこの恋を僕は制御できるだろうか。
GWも終われば、すでに慣れ親しんだと言えるだろう通学路を通り母校へと登校する毎日が始まる。
未だお客さん扱いではあるもののそろそろ高校の一員と認められるような時期になり、初の小ではない大規模なテストが月末に迫ろうかという中、僕の藤井さんへの告白も一種の毎日の朝礼のような、定期イベントのような扱いになりつつあった。
恋話好きの女子にも100回目指して頑張りな、とか、倉田くんの熱意はお似合いかもね~だなんて応援して貰えるようになる。
藤井さんのクラスメイトからも拒絶されることなく生温い感じで見守られる僕。
女子から囲まれて藤井さんに近づくんじゃない!みたいな目に合うかもなんて妄想がよぎることもあったから、この状況は悪くないんじゃないかなんて1人心が浮き立つ。
浮き立つままに恋心をぶつけては、「ごめんなさい」と返される日々を送りながら、でも青々と茂るはずの恋心は栄養が行き渡らないのか、どこか勢いを失っていて、目敏い友人からそろそろ諦めるのかとからかわれると、テストが近づいて緊張してるのかな、なんて嘯いていた。
テスト前でも懲りずに、だけど迷惑にはならないように大掛かりじゃなくて小刻みなジャブのように告白を繰り返していたんだけれども、さすがにいい顔をされるわけもなく、そうなってくるとテストに集中しないとって僕も焦りが出てくる。
焦った状態で告白したってうまくいきっこない、というか万全な状態で告白してもうまくいったことがないがそれはさておき、告白は一旦やめてテストに集中してテスト明けに本気を出す、それでうまくいかなかったら諦める!と宣言した帰りに偶然、藤井さんに出逢ってしまって興奮して、舌の根も乾かぬ内に告白してフラれたもんだから、冒頭のように友人にからかわれてしまったのである。
そんな日常も明後日に迫るテストを前に、どこか緊張と熱が渦巻く教室の一幕として過ぎ去っていく。
いくら恋に浮かれようとも、テストの日程はやってくるし、テスト前に最終チェックと一夜漬けを行い、テストが終われば翌日のテストの対策を行わなければならない。告白してる暇なんてものはないのだ。
それでも、テスト期間中に一度だけ通学路であった際に公開告白を行い、話を聞いたクラスメイトにあとでまた笑われたのだった。
テスト期間が明けて、可もなく不可もない手応えを得た僕はいざ本気の告白をしようと真剣に頭を悩ませた。
いや、今までだって僕個人的には軽い告白なんてしてなかった。全部本気だったが全力をぶつけてたかと言われたらそうではないのだろう。
つまり全力の告白をしようと画策する毎日だった。
藤井さんの顔を見たらつい口から恋が溢れてしまうから、その恋を心の内で育てるように藤井さんを無意識に探すのをやめて意識的に恋心を寝かせていた。
だから僕は気づかなかった。ある日僕は教師に呼び出された。
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その恋は彼女に突然襲いかかりそして何度も押し寄せた。
「……ッ!…………ヒッ!……ズッ……ッ!」
藤井美沙は布団を被り、声を殺して泣いた。
こんなはずではなかった。そうこんなはずではなかったのだ。
まだ桜どころか梅も咲いてない頃、彼女は入試の首席が故に新入生代表挨拶を任された。
いきなり本番でやらされるわけもなく、原稿を用意したり、別日に登校してリハで確認をさせられたり、入学式を迎える彼女は半分在校生のようなピカピカの新一年生とは言い切れないような気持ちになった。
入学式当日、その日は暖かいようで風が吹くと肌寒さを感じるようなそんな春の陽気で、中学時代と変わらぬ朝であった。
高校生になるからといって唐突に自分に変革が訪れるわけではない。魔法少女になるわけでもないし、異世界に召喚されるわけでもない。中学という場所も高校という場所も勉学に励み、同窓と親交を深めるという点で一緒なのだ。
それに彼女は優秀だった。勉学はもちろん運動もできたし見目も良い、自然と人が集まりその中心として生きていけるだけの才覚があった。だから油断していたのかもしれない。
それでも、眼前はひらけていた。新しい門出とその先の道は拓けていたのだ。
なにが悪かったのか、布団の中で思い返す。大きな瞳から大粒の涙が溢れる。
口の端から塩辛さを感じた。
彼女の心持ちは変わらなかったが高校進学とともに変化は訪れた。
それは制服であったり、周囲の環境だったり。
野暮ったい中学時代の制服への反抗心からか、かわいい制服を着たかった。中学の同窓がいない遠い学校を選んだ、それがいけなかったのか。彼女はクラスメイトに一種の神々しささえ感じさせ、近寄りがたい印象すら与えてしまったのだ。入学式からHRに至るまで彼女は遠巻きにされ、知り合いすら作れていなかった。
でも、HRが終われば幹事気質の子が遊びに行く算段を整えてるはずで、そこに混ぜてもらえばクラス内で浮くこともないだろうなんて焦らずにいたのが悪かったのかもしれない。
担任の長い長い話に終止符が打たれ、戦士たちは我が家へと帰らんとしたところで、そいつは荒波のようにやってきた。
「藤井さん!1-Cの倉田です!一目見たときから貴女のことが好きです!」
告白自体は初めてではないが、こんな唐突に見も知らぬ人から一方的な好意を伝えられたのは初めてだった。
「ごめんなさい」
ぼうっと白んだ頭で相手もよく見ずにそう断ると居た堪れずに鞄を掴んで戦場から遁走する。
がむしゃらに距離を取ろうとして、気づけば電車に揺られている自分がいて肌が粟立っていることを今更ながら感じる。
自分のテリトリーである家に帰ってからもどこかわさわさして落ち着かない心に戸惑いを隠せず、親からどうしたの?なんてありきたりな心配をされることすら、ズカズカと心の内を踏み荒らされるような心持ちになり声を張り上げてしまう。
ハッと驚いた顔から少し寂しそうに笑顔を見せる母親になおさら心は揺れに揺れてごめん、心配しないで。と呟けば、母はそうと言いつつ温かいごはんを用意してくれた。
風呂に入って結局遊びに行けなかったな、明日から友達できるかなと泡立つ肌を流して一日の垢が排水溝へときえていけば、ようやく普段通りの凪いで穏やかな海へと心が変わる。
それから一週間、気づけば誰があの怜悧な美貌の新入生を手に入れられるのかというハンティング大会が開催され、その獲物へと勝手に祭り上げられた少女はただひたすらに逃げ惑うことしかできなかった。
熱狂的な祭も日々めまぐるしい高校生にとっては流行りの一つでしかなく、獲物に捕まる気がないと知れればさあっと熱が引いていく。
それでも一度銃を提げた狩人たちはその提げた銃を降ろす言い訳を口にせずにはいられない。
獲物がおいしくなさそうだの案外綺麗な皮革じゃないなんて嘯けばそれがそのまま獲物の価値になる。
誰のものでもなければその価値が貶められようとも憤慨する持ち主がいないのだから誰も否定せずに便乗する。
一週間もあれば教室内の友人関係は構築され、哀れ逃げ続けた獲物は誰にも収穫されない葡萄となってただ一粒取り残される。
熱狂的な祭ともなれば上級生だろうとノリの良い人ほど参加せずにはいられないのだろう。
校内の人気のある男子生徒が狩人として参戦すればするほど、獲物へのやっかみ嫉妬は免れない。
クラス内のパワーバランス含めて主導権の握り合いにすら出遅れた彼女はただ貪られる階級にすらなれず階級外のアンタッチャブルへと放り出されていた。
朝、挨拶は虚空へと消え。
昼、共に食す友人もいなければ、夕方、一人、己の影を踏んで帰る。
それでも、諦めの悪い一人の狩人がスキデススキデスと銃声を鳴らし追いかけてくる。
どこにでもいそうなメガネをかけた大人しそうな男子生徒。
彼が祭を引き起こす火薬に火をつけなければ、今頃友人に囲まれて楽しく学校生活が送れたのだろうかと夢想すれば、遣る瀬ない気持ちが押し寄せてくる。
そうなれば彼に負けてなるものかと内から沸き起こる闘争心が学生の本分は色恋じゃあない、学業だと訴えかけてくる。
どこに自分が振った相手を懸想する女子先輩がいるかわからない地雷原に突入する勇気もなければ元気もなく、放課後、家路については教科書を開き机にかじりつく。
学校に行けば、教室内で一人虚勢を張るように背筋を伸ばしていないと自らの弱さに呑まれるとうっすら勘付いていたから、堂々と立ち振る舞わざるをえなかった。
折れた木の枝はくっつかないように一度負けてしまえばあとは流木のように流されるままに行き着く先へと漂着するのだろう。
それがまた、誰かの弱さを刺激するのか、元から遠い級友がさらに遠巻きになっていく。
それでいて元凶たる男子生徒はその強さに惹かれたと夜灯にたかる蛾のように日に何度も恋心をぶつけてくる。
誰もそのために光ってるわけでもないのに、ただ暗闇の中一人煌々と光るよう追い込まれた彼女にその言葉は深い傷をつけた。
何度断ろうが彼女が置かれた状況を見ずに突っ込んでくる羽虫は言い表せないほど悍ましかった。
大体愛しているならば、幸せを願うならば、五回十回と断らせる意味が彼女にはわからない。
誰かの標本に収められるくらいならとただ闇雲に虫取り網を振り回す少年は純真であろうが自己中心的でしかない。
告白される度にどうして?とやり場のない悲憤に駆られ、告げてくる恋した理由は彼女をへし折らんとばかりに柔らかい場所を抉り傷つける。
支柱もなければ支えてくれる友人もないのだから、必死に折れないように補修すれども、好きな女子を傷つけて笑う男子小学生のように彼が笑みを浮かべながらやってくる。
それでも、彼女は新入生代表を務めた秀才で学業こそ彼女を支える一本の柱であった。
入学してから一ヶ月弱、GWは家族と共に休まるひとときを過ごすことができた。
それゆえに、学校に行けば人畜無害そうな眼鏡男子がまとわりつくのだと思うと暗澹たる気分になる。
だが、制服が可愛いからなんて理由で親と意見が分かれながらも進学を許してもらえた学校に、告白されて付きまとわれてるから行きたくないなんて相談できるはずもない。
最近は未だ落果しない彼女を小馬鹿にするようにくっついちゃえばいいのにね~などとクラスのリーダー格の女子が取り巻きと嗾けるようになってきていた。
GWが終われば時々思い出してはちょっと遊ぶ玩具のような扱いを受けるのだと脳裏に過れば、布団の中で涙が頬を濡らす。
彼がやってくる度に振り絞るようにして彼女は断りの言葉を吐き出す。
彼から与えられたものは苦痛と孤独とストレスしかないのに、彼は彼女の断りの言葉さえ嬉しそうに耳にする様を見せつけられて藤井美沙という存在が千々に裂けるような気持ちにさせられていた。
ある日移動教室の帰りに彼の教室の横を通れば、彼が周囲に揶揄われながらも友人達の輪の中にいるのが見えて、誰かにしたたかに殴られたような衝撃が身体中に走り、吐き気で踞る。
移動教室へ行くために出てきた彼は君が好きなんだ!じゃあね!とそんな彼女を介抱するでもなく言い放つと、応えを聞くこともなく目的地に遅刻すまいと友人達と足早に去って行く。
取り残された彼女はどうしようもなく這うように保健室に1人で行ってベッドに横たわる。
どうしてなんでと考えがまとまらず渦巻くような思考に吐き気が止まらずに親に迎えにきてもらい早退することになる。
家で落ち着けば、なんてことはない。
彼も一人の女に執着し気持ち悪がられているはずだと勝手に思い込んでいたのを裏切られたからだとおぼろげに思い当たる。
だが、それを認めれば彼に嫉妬した結果早退するはめになったということを認めることとなるのが嫌だった。
何もかも忘れて布団に潜って眠ってしまいたかった。
彼からの追撃が止まらないまま、中間考査を迎え、体調は最悪で気力だけでテストをこなす。
なぜかテスト明け返却が終わるまで彼からの告白が途絶え、霞んでいた視界がはっきりと木々の青さの美しさを捉えるようになってきた。
思えばひたすらに眼前だけを見ていたなと彼女は苦笑いを浮かべ、その日帰ってきたテスト結果を見て心が折れた。
結果は散々だった。そのまま茫然と放課後まで過ごし帰宅して母親の顔を見たら止まらなかった。
涙を流し鼻をすすりながら喚き散らした。
困惑する母親にすがりながらアレから離れたい逃げたいと壊れたように繰り返す。
なんとか一連の流れを聞き出して寝かしつけた母は帰ってきた父親に相談する。
才色兼備な自慢の娘が男に泣かされたとあればそれを許せぬのが父親というもの。
怒り狂った父親は翌日教員室に乗り込んで娘がストーカー被害にあってるどうしてくれると息巻いた。
教師が生徒から聴取すれば入学してから二カ月で100近い告白をされて周囲から孤立しているという事実が判明した。
あまりにも熱狂的な愛とそれに伴う環境の変化。
不純異性交遊は校則で禁止され、ストーカー紛いの行為を働いているともなれば学校側は処分を下さざるをえない。
斯くして渦中の倉田少年は教師に呼び出されその恋の波は岩礁にあたり砕け散った。
読んでいただきありがとうございました。