遊び人は誤解を解いたらクギを刺されたようです。
「なんでお父様がここに……そ、そのお姿は!?」
涙目になって震えながら手を伸ばすコンソメに、レイ=シュは重々しくうなずいた。
『うむ。色々あってな』
「説明がライズと変わらんやないか」
この脳筋が、とうめくサモンに、レイ=シュが堂々と言い返す。
『何を言う。これでも趣味は叙事詩をつむぐことだぞ』
「筋トレは?」
『ライフワークだ』
何が違うのかよく分からないが、今の状態だと筋トレの効果がないとグチっていた気がしたが。
「それよりお前、娘に何も説明してなかったの?」
『うむ』
「うむじゃなくてな」
『戦火に巻き込まれてはならんと思い、離れて暮らしていたのだ。たまに会えた時に暗い話などしたくないではないか』
「親バカか」
それは説明する必要のあることじゃないのか、とライズは思ったが、別に口を出すようなことでもないので黙っておく。
おかげで命を狙われたが、まぁ相手がコンソメだったのでめんどくささの方が勝った。
ふるふると震えていたコンソメは、涙声になりながらレイ=シュをなじる。
「な、なんで生きてたなら連絡くれなかったんですかー!!」
「いや死んどるけどな」
『敗者にそんな選択権などあるはずもなかろう』
「人聞き悪いな。何も言わなかっただろお前」
しごくもっともなライズのツッコミの後にレイ=シュも続けるが、それだとまるでライズが認めなかったように聞こえる。
『武人として、勝者に対して何かを要求するなどということはせぬ』
「妙な律儀さを発揮するな」
外に出たい時に好き勝手話しかけて出てこようとする奴のセリフではない。
ライズはため息を吐くと、サモンがコンソメに訊ねる。
「むしろ、コンはどうやってここまで来たんだ?」
「それは、家にあった転移魔法の符で……です」
「家にあるんかい。古代文明の遺産やないか」
『うむ。緊急時用にな。妻の分とともに』
相変わらず腕を組んで表情も変えずに言うレイ=シュに、サモンが驚いた顔をした。
「嫁さんおるんかい!?」
「娘がいて嫁がないわけないと思うけど」
「あんまり似てないんで養女かなんかかと……」
ライズもそう思わないこともなかったが、本人達を前に失礼ではないだろうか。
だから三下扱いを抜け出せないんだろうなぁ、などと思っていると、そこで初めてレイ=シュが驚いた顔をする。
『むぅ。耳の毛並みがそっくりだと言われておったのだが』
「人間にそんな細かな違い分かるかい!」
「ああ、言われてみればそうかも」
「ライズおどれ分かるんかい!!」
「いやテキトー」
「おい」
キツネと犬の区別もつかないのに、そんなの分かるわけがない。
「で、奥さんはどんなヒトなの?」
『うむ、九尾の妖狐だ』
「キツネじゃねーかよ」
キツネと犬のハーフだったら、キツネで間違ってねーじゃねーか。
ライズは思わずコンソメの顔を見たが、コンソメは軽く目を泳がせた後に開き直った。
「こ、心は犬の獣人なんです!!」
「いや魔族だろ?」
父親が犬頭の大悪魔で、母親が九尾の妖狐でよく獣人を名乗る気になるなと逆に感心する。
「ま、これで通行手形を持ってない謎も解けたね」
話が先に進まないので、ライズはとりあえず先ほど聞いたレイ=シュに説明した。
『なるほど、ライズの言っていることは正しいぞ、コンソメよ。余は全力で戦って負けたのだ』
「そんな……」
『まぁ、結果としてこうして会えたことだしいいではないか』
「お父様はおおらか過ぎます……」
『言わなくてすまなかったな』
「そ、それはいいんです……!」
親子のやりとりを聞きながら。
命を狙われる理由もなくなったライズは、眠気が増してきたので3人に提案する。
「とりあえず、寝ない?」
「え、でも……わ、私はライズさんの命を狙ったんですよ!?」
「勘違いでしょ? それにオレ殺したら、レイ=シュも死ぬからね。もう狙わないよね」
「そ、れは、そうですけど……」
自分が助かったことに納得いかなそうな様子で詰め寄ってくるコンソメの頭を、ライズはぽん、と撫でた。
「ふぇ!?」
突然頭を触られて驚いたのか、コンソメが両手を触れた場所に当ててぴょん、と飛び退いた。
「父親想いでいい子だと思うよ。と言うわけでおやすみ」
「コンソメちゃん。ライズ本人がええってゆーてるんやからえーやろ」
こいつはこういうヤツやねんて、という言葉に、コンソメは耳をパタンと倒して、尻尾をうなだれさせた。
「わ、分かりました……」
なぜかライズが触れた部分に触れて何度も撫でているコンソメを見ながら、布団に再び潜り込む。
が、サモンが少女を送り出す声を聞きながら、眠気でうとうとし始めているところでレイ=シュが話しかけてきた。
『ライズよ』
「なに……? 眠いんだけど……」
舌が微妙に回らないまま夢うつつに返事をすると。
『ーーー余が表に出ていない時に同じことをしてコンソメを篭絡したら、殺すぞ』
ゾクリとするような冷たい声に、軽く意識が覚醒する。
しかし手元に目を向けた時、すでにレイ=シュの姿はなかった。
「えっと……」
篭絡? と思いつつ首をかしげたライズは、その言葉の意味をほんの数秒考えて。
「……ま、めんどくさいからいっか」
別に口説く気などそもそもないことに気づいて、今度こそ眠りに落ちた。
寝るのはいい。
気持ちいいし、なにも考えなくていいから、めんどくさくないのである。