遊び人は少女の目的を知ります。
街中を適当に散策して、ライズ達は宿に入った。
安過ぎないが高過ぎない、そのくらいの安宿である。
「では3名様のお泊りでよろしいですか?」
「うん」
「では、お名前をお願いします」
「ライズ、コンソメ。それと童貞」
「サモンや! なんで名前みたいにゆーとんねん!」
受付の声に応えると、即座にツッコマれる。
「いやもう、サモンと言えば童貞ってのはこの世の真理だから」
「アホか!」
「あ、こじらせたケダモノと女の子を同じ部屋で寝かすわけにはいかないので、二部屋お願いします」
「おい! おい!」
「あ、ケダモノが別室で」
「俺とお前でええやろが!」
しつこく絡んでくるサモンに、ライズは眉をしかめる。
「うるさいなー。今受付してるんだから少し静かにしててよ」
「お前が言う!? お前がそれ言うんか!?」
「それに、さすがに男の身で清らかな乙女でなくなるのはちょっと……」
「誰が野郎を襲うかァああああああああ!!」
青筋を立てているサモンに、コンソメがおずおずと口を開く。
「あ、あの? サモンさんが一人部屋のほうがいいなら、私はライズさんと同室でも……」
「コンソメちゃんまで!? それ信じるのとか話聞いてないとかライズとはいいのかとか、ツッコミどころ満載過ぎるやろ!!」
「あ、この女の子を別室でお願いします」
サモンをイジるのにも速攻で飽きたので、ライズは笑いをこらえているのか迷惑しているのか微妙な表情の受付にそう告げた。
「最初からそう言えや!!」
何となくサモンをいじりたくなったので、適当に遊んでいただけだ。
しかしもうどうでもいいので、黙殺しながら金を先払いで支払う。
鍵を受け取って振り向くと、まだブツブツ文句を言っているサモンの横で、コンソメがなぜか少し残念そうな顔をしていた。
※※※
その日の夜。
夕飯を済ませて眠っていたライズは、魔力の気配を感じて目を覚ました。
ドアの外で誰かの気配がして、カチャリ、と部屋の鍵が開く。
安宿なので鍵はかんぬき型だったので、ドアの隙間からナイフを差し込めば外せるのだ。
ギィ、と音を立ててドアが開くのに、ライズは眠ったふりをしたまま音に耳を澄ました。
サモンは横のベッドでいびきを掻いている。
こっそりと、忍ばせているつもりなのだろうゆっくりとした歩調で近づいてきた誰かが、目の前に来たところで立ち止まった。
しかし相手は、ジッとしたまま徐々に息づかいを粗くするだけで動こうとしない。
立ちすくんだままの相手が、ためらうような気配を見せた後でさらに一歩前に踏み出したところで。
ーーーライズは、パッと目を開いてその手を掴んだ。
「……ッ!」
「夜這いにしては物騒だね」
掴んだ腕ににぎられた小さなナイフを見て、ライズは体を起こしながら話しかける。
青ざめた顔で、落とし窓の隙間から差し込む月の光だけでも、その真っ白で特徴的な髪は照り輝いていた。
「昼間もそうだけど、一体どういうつもりでオレを殺そうとしたのかな」
「ッ!」
「おっと、ここは行き止まりやでー」
手を振り払ってドアに向けて駆け出そうとしたコンソメを、いつの間にかそこに立っていたサモンがさえぎる。
「え、え!?」
未だにイビキを掻いて眠りこけているサモンも、ベッドの方にいる。
ライズはナイトテーブルにある明かりに火をつけて、改めてコンソメに目を向けた。
眠っていたサモンがその間にふっと消えて、後には乱れたベッドだけが残る。
「幻覚魔法だよ。いくらサモンが童貞で三下気質だって言っても、一応魔王を倒したパーティーにいた賢者だからね」
「余計な一言が、三言くらいになってる気ぃすんねんけど」
「気にしすぎじゃないかな。使われたのは催眠魔法?」
「やなぁ」
サモンの返事に、ライズはうなずいた。
彼は練度の高い賢者なので、魔法耐性が高い上に察知能力もある。
大して強くもないコンソメの催眠魔法では弾き返されるのだ。
おそらくサモンは、ライズと同時に魔法の気配に気づき、即座に幻覚魔法を使ったのだろう。
「じゃ、なんであなたは眠ってない、んですか」
「オレに範囲魔法は当たらないから」
遊び人が持つ『ささやかな幸運』の加護だ。
もちろん、練度の低い遊び人がそんな幸運を持っているわけではない。
「遊び人のまま、練度を上げていくとね。幸運の加護も強まる。肉体の強さや速さは大して変わらなくてもさ」
ライズは、皮肉交じりにコンソメに笑いかけた。
「当たらなければ意味がないよね?」
仲間内では『確定回避』と呼ばれているが、強い魔法を使う魔物がいる戦場に遊び人のまま向かう奴などいないので、誰も知らないのだ。
感性と幸運の女神ナンヤテは、以前出会った彼女の従者が言うところによると全ての神々の中で最高神と呼ばれているらしい。
「で、理由を説明してくれるかな」
そのまま憲兵に突き出してもいいが、理由もないまま金でこんな凶行におよぶような少女には見えない。
そそっかしいのは演技でもないだろうし、眠っていると思っていたこちらを前にためらいを見せたところを見ると、荒事に慣れてもいない。
脅されて暗殺者になったのか、あるいは別の理由でライズに恨みがあるのか。
コンソメは、くるりとこちらに向き直った。
くちびるを噛んだ後、意を決したように口をひらく。
「ーーーあなたが、私の父を殺したからです」
「へー」
「ライズが?」
ライズは旅の間に起こったことを思い返してみたが、獣人を殺したことはなかったように思った。
物を覚えておくのはめんどくさいので、確信は持てない。
「サモン、獣人と敵対したことってあったっけ?」
「俺が覚えてる限りではないなぁ」
「私の父は、獣人ではありません」
一度話し始めて感情が高ぶっているのか、闇に慣れて瞳孔の開いた瞳を潤ませながら、コンソメは耳を逆立てていた。
「大悪魔レイ=シュ……魔王が、私の父です!」
「「は?」」
あまりにも思いがけない名前に、ライズはサモンと声をハモらせる。
ヤバい話になりそうだな、と思っていると、三下賢者がくちびるに人差し指を立てた。
正式な名前は忘れたが『ナイショ話の結界』を貼ったのだろう。
しかしコンソメはそんなことには気付かずに話し続ける。
「父は、昔から『強い力を持っている』というだけで人に追いやられていた魔族を、纏め上げただけなのに! 魔族が開拓した土地を奪えなくなったからって、攻め込んできていたのはあなた達の方じゃないですか!」
コンソメの糾弾に、ライズは頬を掻いた。
「あー、うん。そうだね」
「そうだね、って……!」
確かに、レイ=シュは犬頭で、コンソメも犬の獣人らしい。
共通点といえばそれくらいなので、言われなければ全く気づかないくらい似ても似つかない親子だ。
フーッ! と尻尾の毛まで逆だてる彼女に、サモンが声をかけた。
「コンソメちゃん、ちょっと落ち着きぃ」
ぶっちゃけた話をすると、ライズ達は旅の間にコンソメのいうようなさまざまな状況をイヤというほど見てきたし、聞いてきた。
魔王領に潜入してから先、ライズ達は普通に暮らす魔族たちも見てきたし、凶暴な魔物に襲われて困っていた村を助けて意気投合したこともある。
が、実際のところは、魔族も一枚岩ではなかったのだ。
魔王の権威をかさに来て、裏でこそこそ富を搾取していた奴もいれば、逆に人間を殺し尽くすべきだという過激派もいた。
エルフ族やドワーフ族、一部獣人などはそれまでも人間と共存していたし、そうした者たちの中にも人間に襲われて住処を追われたモノもいる。
そういう積み重ねが、より人間と魔族の溝を深めたのだ。
「いや、俺たちもさ。人間領に近い奴らとは協定を結んだり、逆に魔族を攻撃する奴らを懲らしめたりはしてたんだけど」
何で冒険に12年もかかったのかといえば、途中で魔王の評判を聞くにつけ、魔王自身が悪い奴ではなさそうだと思って寄り道してはそんなことばかりしていたからだ。
「結局、魔王と話し合って『戦うしかない』ってなったんだよね」
「……え?」
ライズが肩をすくめると、コンソメがポカン、と口を開けた。
「説明はしょりすぎやろ」
サモンがツッコミを入れて、話を引き継ぐ。
「実際魔王が悪い奴ちゃうってのがわかってから、ミーツの兄貴は何とか魔王とのツテを探しとったんや。んで、人間との関係とかに悩んでた四天王の一人に取り次いでもらってな」
実際、最終決戦に向かう数年前に一度、魔王の幻影とミーツはやり取りをしていた。
結果として両者のこじれた関係は、上同士の対話だけではもう解決しないという結論に達したのだ。
「何せ辺境の国はそろいもそろって好戦的でな。魔族から奪った領地をさらに肥えさせて儲けてたんやから当然やけど」
大陸にある人間側の国には全てまとめ上げるような指導者もおらず、いちいちひとつひとつの国を説得して和平を結んでいては、時間がいくらあっても足りない。
「やからな、魔王と約束してん。魔族側の腐った連中を潰したあと、魔王と勇者パーティーでやりあって、勝ったほうが片方を保護する、ってな」
勇者が負けたとなれば、人間側も怖気づく。
逆に魔王が退治できたのなら、勇者の発言権は非常に増す。
「魔族領の魔物達の中には、魔王に匹敵する力を持つ連中がたくさんいるっちゅー噂を流した。そいつらが出張ってくるような事態にならないように、って俺らは人間側を脅したんや」
ミーツが最初の街の王都に残ったのは、それが理由である。
今後は地位を固めて、魔族側と緩やかな和平に務めるつもりで彼は動いていた。
魔族側は、大体の膿を出し切り、意思統一が図られている。
強硬派に関しては、魔王本人の説得で保守派に転じた者もいた。
「魔王との決戦は、アイツ自身の意思だよ」
ライズは、サモンの説明を固まって聞いていたコンソメに話しかける。
「『手抜きの戦いなぞ面白くなかろう』とか言ってな。別に殺したつもりで降参させてもよかったけど、アイツの方が本気過ぎた」
おかげで、こちらとしても手が抜けず、結果としてレイ=シュは肉体を失ったのだ。
「悪あがきし過ぎて、余計にめんどくさいことになったけど」
「アイツなぁ……まさか和平交渉した相手の肉体を乗っ取ろうとするとか、脳みそまで筋肉かと思ったわ」
「ち、父を侮辱しないてください!」
「でも本人、『ついうっかり熱くなり過ぎてな、すまん』とか言ってたよ?」
脳筋呼ばわりも仕方がないと思うのはライズだけだろうか。
そう考えていると、コンソメはビシッとライズを指差してくる。
「う、ウソばっかり言わないでください! 父が死んだのに、何でそんなこと知ってるんですか!」
「えーと、死んだけど生きてるから、かなぁ……」
説明するのがめんどくさくなったライズは、パチン、と指を鳴らした。
「てか、本人に聞いたらいいんじゃないかな」
ライズの呼びかけに応えて、ぼんやりと手に青い光が宿る。
外で呼び出した時よりも大きな幻影として、レイ=シュは出現した。
『むぅ、ライズよ。今いいところだったのだぞ。なぜ邪魔をする』
「いやお前の客がいるから」
『客?』
こちらを向いていたレイ=シュが威厳たっぷりに腕を組んだまま、くるりと後ろを振り向くと。
「お……とう、さま……?」
コンソメが呆然と呟き。
『おお、コンソメではないか。変わりないか?』
魔王は、非常に軽い調子で口元を笑ませると、軽く片手をあげた。