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遊び人は、童貞賢者をイジります。

 

「あの、ライズさん?」

「ん?」


 ライズは、後ろに手を組んでおずおずと話しかけてきたコンソメに目を向けた。


 無事『キンリンの街』の大通りに入ると左右には屋台が立ち並んでおり非常に賑やかだった。

 買った鶏肉の串焼きを頬張りながら、彼女に問い返す。


「なに?」

「さっきのは一体、何だったんですか?」

「何の話?」


 ライズが串焼きを一本渡すと、コンソメは『ありがとうございます』とぴょこんと頭を下げた。


「通行手形じゃないのに、何で通れたんですか?」

「ああ、そのこと?」


 尻尾が左右にパタパタと振られているのは、鶏肉の串焼きをもらって嬉しいのか、泣きぼくろの目元に浮かぶ強い好奇心のせいなのか。

 上目遣いに見つめられるのを、めんどくさいなー、と思いながら、ライズは二口目の鶏肉をほおばる。


 ちょっとお高いやつを買ったので、塩コショウがしっかりと効いたパリパリの皮がいい食感を伝えてくる。

 少しだけ振りかけられたバジルの風味が、鼻へと抜けて爽やかに香った。


 塊を奥歯で食めば、柔らかく焼き上げられた肉から、じゅわりと下味のついた肉汁があふれる。

 脂身のとろけ具合と混じって、舌を柔らかく撫でる旨味を存分に味わってから呑み下した。


「美味い」


 ライズは、その間ずっとおとなしく待っていたコンソメをちらりと見る。


「コンも食べれば? 冷めるよ」

「あ、はい」


 はくっ、と小さく肉を噛んだコンソメが、もぐもぐと口を動かして目を丸くした。

 満面の笑みを浮かべて、こちらを見上げてくる。


「美味しいです!」

「よかったね」

「それで、さっきは何をしたんですか?」


 串焼きのウマさだけでは、彼女の好奇心をごまかすことはできなかったようだ。

 ライズは、後ろにいるサモンにも買った串焼きを差し出した。


「お、何や珍しいな」


 自分で買ったホットドッグをペロリと平らげた童貞賢者は、串焼きをいそいそと手にとる。


「じゃ、オレの代わりに説明して差し上げて」

「何やワイロかいな」

「だってめんどくさいもん」


 すると、横のコンソメが軽く肩を落とす。


「うぅ、まためんどくさいって言われました……」

「ほっとけほっとけコンソメちゃん。コイツは元々こういうヤツや」


 俺が説明したるわな、と言いながらサモンも串焼きを頬張った。


「人間って、人でも獣人でも神の加護を受けて生まれるやん?」

「はい」

「オレは、魔力持ちの素質を持っとる。コンソメちゃんは?」

「同じような素質、です」


 コンソメは、ふんふんと真剣な様子でサモンの話を聞いていた。

 手元の串は、さっさと食わないと冷めて固くなってしまうのにもったいない。


 しかし、そんな内心を口にするのもめんどくさいので黙っておく。


「遊び人って加護は、手先が器用でちょっとだけ運がええ。代わりに、加護としてはザコもザコ、最弱レベルの加護や」

「おい」

「はい」

「はい、て。おい」


 しかし二人は珍しくツッコんだライズを無視して話を進める。

 まぁ本当の話だから否定するつもりはなかったが、言い方というものがあるだろう。


「でもな、遊び人に利点がないわけじゃないねんで」

「そうなんですか?」

「おう。遊び人を極める奴は芸人が多いねん。『奇術の技』って呼ばれるもんで、人を楽しませるのが目的やからな」


 な? とサモンは意味ありげにこちらに目を向けてくるが、ライズは軽く肩をすくめて特に言葉は口にしない。


 遊び人だけが得ることのできる『奇術の技』。


 多分、本当に芸で身を立てる者以外は極めることのない遊び人の技の中には、色々と有用なものがあった。

 その一つが『隠しポケット』で、奇術のタネを隠すくらいの使われ方しかしなかっただろうそれを、荷運びに役立てたりしたのだ。


 しかしライズのような使い方をしなくても、過去大魔導士や賢者にならなかった者たちは、その地位を確立していたのだ。


「人を楽しませる……」

「せや。楽しむことが嫌いな奴はそうそうおらん。やからな、遊び人ってのは戦闘力が低いこともあって、一つだけ特権があるんや」


 それが、冒険者証に記載された練度と、奇術の一つを受付で見せることで効力を得る『スルーパス』だ。


 旅芸人は通行手形や依頼がなくとも、街中に入る権利を有する、というのが、冒険者ギルドと国家によって定められているのである。


「それで、ライズさんが通れたんですね」


 コンソメは納得と感心が入り混じった顔でうなずいた。

 真っ白なケモ耳が、ピン、と立っていて、ずいぶんと熱心に聞き入っている。


「コイツは奇術もスゴいんやけど、なかなか見せへんねん。さっきのは珍しかってんで」

「そうなんですね……なんで見せないんですか?」


 ウロチョロとまたこちらに近づいてきたコンソメのデコを軽く指で押して遠ざける。


「あう。何するんですか?」

「近い」

「うぅ、すいません……」


 指の跡が赤くついたデコをさすりながら、ぴょこん、と頭を下げた拍子にコンソメは蹴つまずいた。

 コケる前に、腕を掴んで引き戻す。


「何してるの」

「あ、ありがとうございます」


 そそっかしい。

 バツの悪さをごまかそうとしてか、えへへ、と笑みを浮かべるコンソメにため息を吐くと、今度はサモンが話しかけたきた。


「そういやライズ。お前、さっきアレ呼び出しとったやろ」

「あれ?」

「ツボや!」

「ああ」


 さっき呼び出したのは『女神のツボ』と呼ばれるアイテムである。

 特に隠しポケットにしまっていたものではなく、ある種の召喚術によって呼び出したものだ。


 出現時の綺麗さと、ツボそのもののケレン味で奇術のアイテムとして重宝する、のだが。


「それがなに?」

「それが何じゃあれへんがな! お前、くだらんことで喚び出さんとかゆーとったんちゃうんかい!」

「そうだけど?」


 サモンが先ほど口もとを引きつらせていたのはそれらしい。


 大声で口にすることは出来ないが、あれは『感性と幸運の女神ナンヤテ』を呼び出す呪文によって出現するツボなのである。


 というか、あのツボの中にナンヤテが入っている。


 遊び人の神らしく、あれを喚び出した後に『呼ばれて飛び出て!』と呪文を唱えると、『ナンヤテー!』と言いながら中から女神が出てくるのである。


 要は最上位の召喚呪文を、ライズは街を通るためだけに使ったのである。


「それが、くだらなくない、やとぉ!?」

「うん。それに今まであいつの正体バレたことないし」

「誰もそんなこと心配しとらんわ!!」


 ちなみに今まで大道芸の一環として何度も呼び出したが、アレが女神ナンヤテだとは誰も気づかなかった。


 教会やら神殿やらといったところに飾ってある女神像は、ナンヤテ本人と似ても似つかない神々しく清楚な美女の像だからだ。


「ほんだらアレか!? 俺の要望は大道芸以下なんかいな!?」

「そりゃサモンが童貞こじらせてるからシバきたい、なんて理由はくだらないよね」

「こここ、こじらせてへんわい!」

「どうてい……」


 ごく普段通りのやり取りなのだが、コンソメが顔を真っ赤にしてうつむいた。

 えらくシモ方向に耐性がないな、と思うが、それは特に気にしない。


「いやいや、こじらせてなかったら30まで童貞とかないでしょ」

「縁がなかっただけじゃ!!」


 その縁がない、ということ自体が、神の手によって童貞こじらさせられている、ということなのだが。


 冷める前に残りの串焼きを食べてしまいたかったので、まだぎゃんぎゃん吠えているサモンを無視して、ライズは食べることに集中した。

 

もし面白ければ、評価などいただけると嬉しいですお(๑╹ω╹๑ )

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