遊び人は、大道芸を見せるようです。
ライズは、カクン、と頭が前に落ちたことで目が覚めた。
「あっ」
同時に可愛らしい声が聞こえて、頭の後ろを何かがすり抜けた。
続いて、ガッ、と背後の木が音を立てる。
「……ん?」
何か普段と違う異音に、重いまぶたを開くと。
ーーー目の前に、ふくよかな女性の胸元があった。
「お、デカい」
「ふぇ!?」
思わずつぶやくと、ビクッと相手の体が震えて、たゆん、と巨大なそれも揺れた後に目の前から離れる。
目をこすって改めて見ると、そこにコンソメが立っていた。
顔を真っ赤にして、胸元を両手で覆っている。
ふさふさの耳がせわしなくパタパタと動いている。
「な、なんでそんなところ見てるんですか!?」
「いや、起きたら目の前にあったから?」
言いながら背後に目を向けると、木の幹に小さなナイフが突き立っていた。
先ほどゴロツキに絡まれた時にコンソメが持っていたものだ。
「……えーと」
ライズはぽりぽりと頬を掻き、まだ眠くて回っていない頭でウェイトレス姿の少女に目を戻した。
「なんでオレ、コンに命を狙われてるのかな?」
コンソメが、サッと青ざめてからブンブンと首を横に振った。
「ちちち、違います!!」
「何が?」
「こ、コケたんですぅ!!」
言葉の意味が一瞬理解できずに、ライズは改めて彼女を見た。
膝丈のスカートから覗く滑らかな膝頭を見ると、確かに少し擦りむけている。
「えっと、じゃ、なんでナイフ抜いてたの?」
「そ、それは……サモンさんが」
少し目を泳がせながら口を尖らせ、胸元を抱いていた腕を解いて、そのまま両手の人差し指をこすり合わせる。
「そ、その、私がか、可愛いから……ライズさんを迎えにいくならナイフ抜いて行きなさいって……」
「いやおかしいだろ」
これだけ人のいる広場で、このそそっかしいヤツに抜き身のナイフを持たせるんじゃねーよ、と、ライズは心の中でツッコんだ。
「おかげで危うく死ぬところだったじゃねーか」
たまたまラッキーなことに、首が落ちたから良かったようなものの。
「ウゥ……ごめんなさい」
ケモ耳をパタンと閉じて、コンソメはうなだれた。
ライズはため息を吐いて立ち上がると、さらに尋ねる。
「んじゃ、そろそろ順番?」
「あ、はい。中に入るから呼んできて、って言われました」
ライズはしょぼくれているコンソメの横を振り抜けると、スカートの上部に空いた穴から伸びているこれまたフサフサの尻尾を軽く握った。
「ふにゃ!?」
「わざとじゃないならいーよ。これでおあいこな」
ケモノは尻尾が敏感なので、獣人もそうなんじゃないかと思ったら案の定だった。
ピシィ! と背筋を伸ばして全身を震わせた彼女は、こちらを涙目で睨みつけてくる。
割と可愛い。
興奮してちょっと頬が赤くなっているのもポイントが高かった。
「い、いきなりひどいじゃないですか!」
「うっかりで殺されるよりはマシだと思うんだけども」
う〜、とうなり声を上げながらも、彼女はおとなしく木の幹に突き立ったナイフを抜いて戻ってくる。
「じゃ、行こう」
あくびしながらサモンの元へ向かうと、ちょうど受付の手続き順が回ってきたところだったようで、サモンが何か書類を記入していた。
王都で発行された通行手形もその横におかれている。
「終わった?」
「もうちょいや。どっちにしろお前が来なきゃ全員で中に入れんやん。通行手形」
「うん」
ライズも自分の通行手形を取り出そうとしたが、コンソメは動かない。
「通行手形は?」
尋ねると、コンソメはくちびるを軽く噛んでから、小声でささやいてくる。
「わ、忘れました……」
「は?」
「よ、用事を言付かって、一回家に帰ったんですけど、その時に、玄関先に……」
ボソボソと言う彼女に、ライズはため息を吐いた。
本当に、めんどくさすぎるくらいにそそっかしい少女である。
「これ持って」
ライズは自分の通行手形をコンソメにこっそり握らせた。
「え、でも」
「通行手形には名前書いてないからな」
王の認可を示す割印が押されているだけだ。
しかしコンソメが心配していたのはそういうことではないようだった。
「でも、それだとライズさんが入れないんじゃ……」
「入れるよ?」
ライズは、隠しポケットからもう一つ、自分の身分を示すものを取り出した。
冒険者になった時に、適性検査の後に渡される冒険者証だ。
形は通行手形と同じで、普通なら、ただの『冒険者ですよ』という証明書である。
これがあっても、どっちにしろ依頼を受けた時に渡される通行手形がないと街へは入れない。
そう、普通なら。
「何しとんねん。はよ手形出しぃや」
「今出すよ」
ライズはコンソメを目でうながして、窓口に自分の冒険者証とそれを置いた。
「通行手形が二枚と、これは……ああ」
メガネをかけた受付の老人は、通行手形二つを割印と称号し、ふとライズの冒険者証に目を留めた後に、にこやかに目を向けてくる。
「遊び人……旅芸人の方ですか」
「そうだよ」
ライズは『隠しポケット』と小手先の技を使った。
指先程度の小さなボールを手を開くだけで、四つほど指の間に出現させて、閉じるのと同時に仕舞う。
続いてパチンと指を鳴らすと、小さくつぶやいた。
「〝女神様は最高神〟」
その呪文とともに。
『ナンヤテー』
という声が辺りに響き、キラキラとした光がライズの手の上に集まり始める。
輝きを強めるとともに渦を巻いた光は、やがて一つの形を取った。
犬の頭を模した装飾を三つの方向に持つ、美麗な模様を描いたツボだ。
荘厳にも、見ようによっては禍々しくも見える、青と白で染め上げられたそれは、何もない空中から現れた。
「ワン、トゥー、スリー。……〝ご苦労さん〟」
『ナンヤテー!?』
パチン、と再び指を鳴らすと、今度はポン! と音を立ててツボが一瞬で消えた。
オォオ、と順番待ちをしていた旅人たちがどよめく。
「こういう芸をやってます」
ニッコリとライズが愛想笑いを老人に浮かべると、彼は軽く拍手をしてくれた。
「では、許可を出しましょう。ぜひ見にいきたい」
「ええ、やる場所が決まれば、また」
滞りなく通行許可を得て、旅づれの二人に目を向けると。
コンソメは、何が起こったのか分からない様子でポカンとしており、サモンは口もとを引きつらせていた。