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遊び人は、魔神と対話するようです。


『ライズ……』

「ん?」


 隣町が見えて来た頃合いで、頭の中に低くおどろおどろしい声が響いた。


『ライズよ……』

「ちょっと待って」


 神託のごときおごそかな呼びかけに小声で返事をしたライズは、談笑している旅づれの二人を振り向く。


「サモン」

「おう」

「めんどくさいから、街に入る手続きよろしく」


 王都の隣町である『キンリンの街』は、田舎の村やら平和な場所にある街と違って頑丈なレンガの壁に囲まれており、入るのにちゃんとした手続きが必要なのだ。


 昔は通るのに通行料を取っていた関所が、発展して出来た街である。


「ええで」


 サモンがあっさりとうなずく。

 いつもならやりたくないと駄々をこねるところだが、コンソメがいるのでいい格好すると思ったのだ。


 思った通りすぎて軽く笑えてくる。


「お前はどないするん?」

「昼寝」


 入れる順番が近くなったら起こしに来て、とライズは手続き待ちの行列から少し外れた木を指差した。


 この辺りは人通りも多いので、街の前は軽い広場になっているのだ。

 その木は、平らにならされた広場と街道のちょうど中間くらいの場所にあった。


「ごゆっくりー」

「えっと、おやすみなさい?」


 コンソメと二人きりになれるからだろう、サモンは満面の笑みでひらひらと手を振った。

 ついでになぜか疑問形で言ってくるコンソメにうなずいきかけて、ライズはさっさと二人から離れた。


 木の下に腰掛けながらパチン、と指を鳴らして手を広げる。


 手のひらの中にぼんやりと手の中に青白い光が浮かび上がり、それは人の上半身に似た姿を取った。


 青白い肌をした、マッチョな男に似た上半身。

 イヌに似た頭と、禍々しい気配。


 体が半分透けているそれは、暴食の大悪魔レイ=シュといった。


 はちきれんばかりの胸筋の前でぶっとい腕を組むそれが、手のひらの中で瞳のない目をこちらに向ける。

 

「なんか用?」


 あまり人目に触れさせたくないこの悪魔は、肉体を持っていない。

 本来なら強大な存在なのだが、今はライズに憑依した状態で生き長らえているのだ。


 彼は重々しくうなずくと、質問に答えた。


『用がなくても、たまには外の空気が吸いたいのでな』

「またそんな理由かよ」


 ライズはうんざりした。

 レイ=シュは勝手に表に出るなという約束は守るが、代わりに事あるごとに話しかけてきては外に出ようとするのだ。


 出てきていない時は真っ暗闇の中にいるような状態で、外のことは何も見えないし聞こえないらしい。


「てか、あんま表に出てきてほしくないんだけど」


 ぶっちゃけた話、コイツはライズたちが倒した魔王である。


 なんでその魂に憑依されているかというと、レイ=シュが倒された後に渾身の力を振り絞ってトドメを刺したこちらを乗っ取ろうとしたからだった。


 しかし女神ナンヤテから与えられた能力を極めた結果、どうやらライズの体は聖属性を獲得していたらしく……乗っ取れないまま魂が中途半端に融合したため、魂のままにっちもさっちも行かなくなったらしい。


 間抜け過ぎる。


 この状態だと力も使えないらしく、結局特に害がないということでミーツの兄貴も放置を決めた。

 下手に浄化しようとしたら、ライズの魂まで傷つけかねないらしい。


 そんなのはイヤだし、考えるのもめんどくさいし、とりあえず処遇は保留してあるのだ。

 ライズのワガママをミーツが聞いたのも、こういうことがあったからだった。


 英雄として人目につくと、何かの拍子にバレないとも限らない。


『余の肉体美を隠し続けることは、世界の損失だと思うのだがな』


 レイ=シュは腕組みを解くと、マッチョなポーズを決めた。


 このバカは非常に容姿が有名なのだ。

 辺境に住む村の子どもまで知っている。


 なんせ宣戦布告の後、事あるごとに空に浮かぶ幻影として姿を見せては、その筋肉を誇示しまくっていたからだ。

 

 なのでバレると、一発で正体を見抜かれたあげくにライズの命まで危うくなるのだ。

 そんなめんどくさいことは断固としてゴメンである。


「見飽きた。それにそもそも見たくもない」

『なんと!?』


 レイ=シュはアゴが外れるほど大きく口を開けた。

 威厳のカケラもない。


「何が悲しくて、イヌ頭のマッチョを見せつけられなきゃいけないの」

『この筋肉の素晴らしさが分からんとは……それで余が体を乗っ取れなかったのか……』

「いや関係なくね?」


 別に魔王軍だって、コイツの筋肉が素晴らしいから付き従っていたわけではないだろう。

 頭の中身まで仕上がったメンタルの持ち主でも、異常なほどに強かったから魔王なのである。


 それに、コイツを放置している理由はもう一つあった。

 実は邪悪な存在ではなかった、という理由が。


「魔族領を壊滅させない代わりに大人しくしとく、って約束だっただろ」

『しているではないか』

「人目があるとこで呼び出せって言い始めるのがどう大人しくしてんの?」

『外の様子は見えんのだから仕方があるまい。それにおぬし、いつも昼過ぎまで寝とるから朝は遠慮したのだぞ』

「あ、そうなの?」


 律儀な魔王である。


「今からちょっと寝るから、バレない程度に外を見るくらいはいいけど」

『問題ない。すぐに中に戻る。息抜きがしたかっただけだ』

「息抜き?」

『うむ。余は物語をつむぐのが趣味でな。闇に封印されし状態は非常にはかどる』

「おい、悪魔」

『余が認めたマッスルダンディ、ミーツの物語を一大叙事詩として作り上げているところだ』


 どこの世界に、自分を倒した勇者の叙事詩をつむぐ魔王がいるんだ。

 しかしそんなライズの内心は意に介さず、レイ=シュはまたしても重々しくうなずいた。


『逆にこの状態の難点は、筋トレをしていても刺激がないことだな。筋肉に返ってくる負荷が全くない』

「そりゃ筋肉ないしな」


 魂だけの存在である上に、ライズはそんなことを聞いていない。

 ツッコミどころしかないのだが、レイ=シュは気が済んだのか軽く腕を上げた。


『ではな』


 しゅるん、とあっさり姿を消した悪魔にライズはもう一度ため息を吐いてから、腹の上で手を組んで目を閉じた。


 眠っている間は、一番めんどくさいこともなくて平和なのだ。

 木漏れ日と柔らかい風を感じているうちに、すぐに眠気がやってきてライズの意識は途切れた。

 


 

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