遊び人は絡まれていた少女を助けました。
「ようお嬢さん、旅の荷物も持たずにお使いか?」
「獣人じゃん! きゃわわ!」
「ケモ耳ハァハァ」
……ゴロツキっぽい、というのは間違いかもしれない、とライズは思った。
どっちかってーと変態っぽいな、と男たちの様子をぽりぽり頭を掻いて眺めながら、感想を改める。
「危ないなぁ。そんな可愛い顔で一人で歩いてたら、悪い奴らに捕まるぜ? 俺たちが守ってやるよ」
「や、やめてください!」
「こ、声も可愛い……!!」
「たまらん……」
少女が抵抗するのに、男たちはますます興奮している。
周りの旅人たちは見て見ぬ振りをしていた。
運が悪いことに、行商人みたいな人々ばかりで、腕が立つ冒険者が通りかかる様子もない。
「あー……これってもしかして、オレが助けないといけないやつなのかな……」
正直、めんどくさい。
少し成り行きを見守ろうかな、とか後ろ向きなことを考えていると、頭が痛くなりそうな状況が白髪少女の行動によって一変した。
細い腕を掴まれた少女が、逆の手で何かを引き抜いたのだ。
チャキっと音を立てたそれはーーー小さなナイフだった。
「あ、それはダメなやつ」
ライズは、はぁ、とため息を吐いてから少女たちの方へと歩き出した。
「……おいおいお嬢さん。そういう物騒なのは良くねーな」
男の声の調子が変わり、彼女の左右を塞いでいた男たちもーーー。
「……オォ、そのちょっと怯えつつも凛々しい顔、イイ……」
「ゾクゾクする……」
ーーー多少小声になっただけで、言っている内容は相変わらずバカっぽかった。
「めんどくさいなぁ……ちょっと、そこの唯一まともそうなお兄さん」
「あん? なんだテメェは」
ジロジロとこちらを見る男に、ライズは首に手を当てながら軽く首をかしげた。
「ナンパ、下手っすね」
「……バカにしてんのか、コラ」
「いやそういうつもりはないんすけど」
ごく普通に話しかけたのだが、何がお気に召さなかったのだろう。
よく分からないな、と思いながら、ライズはこちらに目を向ける少女にも一言だけ注意した。
「そこの君、こういうヤカラに光り物見せたらダメだよ。バカだから本気になるし」
「え?」
少女が目を丸くし、シン、と男たちどころか周りでチラチラとこちらを気にしていた旅人たちまでも静かになる。
「ん?」
「オイ、テメェ……」
少女の腕を掴んでいた男が、彼女を離してこちらに向き直った。
ずいぶんと機嫌が悪そうな上に、額にビキビキと青筋が浮かんでいる。
ミーツの兄貴がキレた時と同じような様子だった。
もしかして体調でも悪いのだろうか、とライズは少し心配になる。
「……えっと、もし腹が痛いのとか我慢してるなら、そっちの草むらでてもさっさと済ませて来たほうがいいっすよ?」
「何意味のわかんねーこと言ってんだこのボケェ!!!!」
考えていたことをそのまま口にすると、ライズは男にガッと胸ぐらを掴み上げられた。
「そんな怒鳴らなくても聞こえるっすよ。後、服破れるんでやめてもらえません?」
別に高いものというわけでもないが、破れてしまったら買い替えに行くのがめんどうくさいのだ。
しかし男は、離してくれる気配がなかった。
「割り込んで来て、意味のわかんねーことばっか言いやがって! 死ね!!」
男が拳を振り上げてくる。
痛いのはイヤなので、ライズは殴られるより先に男の腹に右の拳を叩き込んだ。
「ゴブァ!?」
ドン、という重く鈍い音とともに男の体が軽く浮き、エリから手を離す。
そのまま、フラフラと2、3歩みぞおちを押さえながら後退した男は、小石につまづいて仰向けに倒れた。
「「あ、アニキィ!?」」
どうやら一発でリーダー格が倒れたのが意外だったのか、残りの二人が男に駆け寄る。
「て、テメ、ェ……」
「なんか、すんません。大丈夫っすか?」
手加減したつもりだったのだが、予想外のダメージを与えてしまったらしい。
男は、子分っぽい二人に支えられてなんとか体を起こすと、少女のものよりもだいぶ大きいナイフを腰から引き抜いて、それを腰だめに構えながら突撃して来た。
「もう許さねぇ!! ここでブッコロしてやらぁ!」
「いや、死ぬのはちょっと」
イノシシのように低い姿勢で突撃してくる男に、どう対処しようか、とほんの少しだけ考える。
拳だと軽くこづいただけでもダメージがあったようなので、今度はパーで軽く頬をはたいてみたが。
「ボリュブァ!!!」
「「あ、アニキィィイイ!!」」
「……あれ?」
前傾姿勢だった男が、頬をはたいた方向に吹き飛んでゴロゴロと転がった。
そのままうつ伏せで倒れてピクピクする男に、子分たちがまた駆け寄る。
「で、デメェ、何者、だ……!?」
上半身だけ起こした男は、もう左頬がパンパンに腫れ上がり、右目まで塞がれそうなほどになっている。
ライズは、自分の力がずいぶん強くなっていることに驚いて、自分の手のひらを見つめた。
魔王城の前にくぐり抜けたダンジョンでは、多分そよ風にも満たないような威力だったはずなのだが。
「まざが、名のある冒険者、なのが……!?」
「えっと……冒険者は冒険者っすけど」
ライズは、右手でぽりぽりと頭を掻きながら、本当のことを言う。
「オレ、ただの遊び人っすよ?」
「嘘づげ! 遊び人がこんな強いわけねェだろが……!」
ねぇだろが、と言われてもなぁ、とライズが困っていると。
「おぼえでやがれ……!!」
子分たちに両脇を抱えられた男は、おぼつかない足取りで王都の方へ逃げていった。
「……なんか悪いことしたなぁ」
痛めつけるつもりはなかったのに、結果はそうなってしまった。
「あ、あの!」
「ん?」
男たちを見送っていると、少女から声を掛けられた。
ケモノ耳を生やした獣人の少女で、髪が真っ白だ。
たれ目気味の明るそうな顔立ちで、左目の下に泣きぼくろがあり、お仕着せのウェイトレスの服装をしている。
ライズは彼女をじーっと眺めて、腕を組んだ。
「な、なんですか?」
目を細めて、さらに顔をまじまじと眺める。
すると、少女は少し青ざめて表情を強張らせた。
ライズは、なんかこの言葉もナンパみたいだな、と思いながらも問いかける。
「なんか君、どっかで会った?」
「へ!?」
どことなく見覚えがある気がするのだが、気のせいだろうか。
思い出せないのめんどくさいな、と思いながら記憶を探っているうちに、それ自体がめんどくさくなる。
「……ま、いっか」
「よ、良くないです!」
あっさり考えるのを放棄したライズに、少女が声をあげた。
「私、昨日宴会で給仕をしてました! ほら! 居酒屋に入って来た時も挨拶しましたよー!!」
ぴょんぴょんと跳ねながら必死に自分の顔を指差す少女に、ライズは記憶が繋がってぽん、と手を叩いた。
「ああ、そういえば」
ひどく可愛らしい彼女に、ライズは曖昧に笑みを浮かべてみせる。
「あー、ごめん。オレ、人の顔覚えるの苦手で」
「昨日の今日なのに!?」
いつ会ったかなんて関係ないだろ、と思いつつも、口には出さない。
覚えるのがめんどくさいので覚えないのだ。
「だからごめん」
「えっと、まぁいいんですけど……」
なぜかしょんぼりと肩を落とした少女は、気を取り直そうとしたのか頬をペシペシと軽く叩いてから、笑みを浮かべてぴょこん、と頭を下げた。
「あの、ありがとうございました! 助けてくれて!」
「んー、別にいいよ」
別に他に助ける人がいれば助けなかったし、別に疲れるほどのこともしていない。
「それより、危ないから王都に戻ったほうがいいと思うけど」
そもそもなんで、こんなところにいるのだろうか。
少女はなぜか言葉に詰まった後、目線を泳がせて何かを考えていた。
「?」
「あ、の……ちょ、ちょっと隣町に用事があって!」
「へー、そうなんだ」
なんで言葉に詰まったのかわからないが、別に珍しいことでもない。
一人も護衛や仲間を連れて来てない理由はよくわからないが。
少女は、また自分の顔を指差しながら、名前を口にした。
「私、コンソメって言います!」
「? うん」
別に聞いてないのだが。
しかし彼女は、そんなライズの内心など気にした様子もなく、話を続けた。
「も、もしよかったら、その、隣町まで私も一緒に行かせてくれませんか!?」