遊び人は、無事に勇者の花嫁を取り戻したようです。
吹き飛んだライズは、着地と同時に地面を転がって受け身を取った。
「ゲホッ」
勢いを殺してそのまま膝立ちになると、一つ咳きこみながらステーキを見る。
鳩尾への攻撃は、見盗った技から繋いだカウンターを放って威力を抑えた。
その上で防御結界によってダメージを軽減したが、それでもかなりキツい攻撃だったのだ。
ステーキの方は吹き飛ぶ勢いを殺した結果できたらしい、二つの靴底で描かれた地面のラインが終わった場所で鳩尾を押さえている。
「スゲェな……あの一瞬で全部マネされるとは思わなかった」
「こっちもまさか、魔王の攻撃を吹き散らされるとは思わなかったけどね」
ステーキは感心したように言うが、別に技を完璧に真似したわけではない。
ライズが奪ったのは、闘気で体を強化する『鬼相神化』までで、その後の攻撃は元々知っていた気功に類する技を繋いだだけなのである。
大きく息を吐いてから立ち上がったライズは、体の中心に受けた攻撃で軽く痺れた手を握ったり開いたりして動くように筋を伸ばす。
ステーキの方も背筋を大きく伸ばしてから、大きく首を回した。
カウンターの一撃は、多少効いたらしい、と思っていると、彼はなぜかほくそ笑んだ。
「魔王の攻撃ね……」
「あ」
つい興が乗りすぎて口を滑らせたライズに、ステーキはククク、と楽しげに喉を鳴らす。
「なるほどなぁ……お前さん、魔王を倒した勇者パーティーの一人か」
「つい先日追放されたばっかだけどね」
今さら誤魔化しても仕方がないのでそう告げると、ステーキはチラッとサモンの顔を見た。
「ほう。っていうことは、あそこの賢者も追放されたのかい?」
「さぁ。本人に聞いてみたら?」
わざとらしく聞いてくるが、ステーキも当然ながら、サモンがライズの放つ攻撃の余波から皆を守ったのは把握しているだろう。
ライズがサモンに顔を向けると、なんでか知らないが怒った顔をしている。
「どうしたの?」
「どうしたもクソもあるかァ!! 遊ぶのに広範囲殲滅魔法なんぞ使いよって!! 周り巻き込まんようにらやんかい!!」
「言われなくても、効かない技は使わないよ」
発動に多少時間のかかる大技でもあったし、何よりここから先は、おそらく一合で終わらせないといけない勝負になる。
ダメージの回復をお互いに待っていただけなので、ライズは次にどう遊ぶかを考える。
「ステーキが得意なのは、突進だよね……なら、こうかな」
ライズは右足を前に出した半身の姿勢をとると、左手を開いて前に伸ばし、同じく開いた手を腰のあたりに構えて腰を落とした。
膝も腕も、軽く曲げた程度だが、その構えにステーキがほう、と声を漏らす。
「サマになってるな。陰陽拳の受けの型か」
「そう。山に住んでたケンセイとかいう人に教えてもらったの」
妙なじいちゃんだったが、ひたすら強かった。
彼と遊んでいるうちに気まぐれに教わった技だが、物理的な攻撃だけでなく闘気や魔法まで受け流せるので非常に役に立つ。
「遠慮がいらねぇ相手ってのは、やっぱいいやね」
ステーキも回復したのか、両手を軽く開いて前傾姿勢になる。
それまで以上の闘気を練りこんでいるように見える彼は、白目が真っ赤に染まっていた。
「次は全力だぜ、ライズ。真正面から、本気の一撃を叩き込んでやる」
「そんなことバラしたら、逃げるよ?」
ライズが軽口を返すと、ステーキは犬歯を剥いて凶悪な笑みを浮かべた。
「いいやーーー逃げれやしないさ」
瞬転。
前方から風のように吹く圧を感じた瞬間に、ライズは動いていた。
ステーキの姿は、真正面から突っ込んできているにも関わらず目で追いきれない速度で……まるで、かき消えたように感じられた。
ライズは、目をほんのわずかに下に動かすと同時に反射的に受けた。
ーーー突き出されたのは、掌底。
先ほどの動きから見てそれが最初の一撃だ……などと、考える暇すらなくライズは応じる。
繰り出された掌底の軌道をカンで読み、幸運がそれを補助した。
ステーキの手に触れた瞬間、その手を引っ掛けるように巻きつけてわずかに逸らす。
チッ、と火花すら散らしそうな勢いで、相手の掌底が左脇のあたりを突き抜けた。
そのまま体をひねる動きを利用して、ライズは逆の手を相手の顎があるだろう位置に向かって放つ。
が、その腕は相手に袖口を掴まれて逆に下に向けて引き込まれた。
ーーーあ、ヤバ。
思わずそう考えたライズは、凄まじい膂力によってガクン、とバランスを崩す。
こちらの右手をつかんだまま、ステーキは腕を交差させた姿勢で頭突きを繰り出してきた。
ライズは、それを受けて立つ。
自分も額を突き出して、真正面から頭突きを受ける。
お互いの額のあたりから、ゴッ!!!! という音とともに衝撃波が周りに広がって、お互いの髪を後ろになびかせた。
ーーーいっ、てぇなぁもう!!
激痛と、チカチカと明滅する視界に歯を食いしばりながら。
ライズは自分の右袖を破りとる勢いで、ステーキに引かれた右腕を払った。
ーーー兄貴に、教えてもらった遊び!!
自由になり、手刀の形を取った右手に聖なる気が生まれる。
ライズに勇者の剣は使えないが、剣を模した形のもので同様の最強剣技を放つことは可能だったのだ。
聖気の刃を生み出したライズに対して、ステーキも切り札を切ってくる。
交差した両拳に青炎の闘気が宿り、顔を挟み込むように両拳の鉄槌を繰り出してきた。
「《戦竜連閃》……ッ!!」
「ーーー《煉獄渡リ》」
お互いに繰り出した攻撃はライズが9発、ステーキが16発。
だがライズは、その内の8発を左手の受けで払い、残りを右の剣閃をぶつけて相殺する。
「おおおおおお!!」
「ぬぅうううん!!」
そして。
「ッ殲!」
ライズは最後の一発を、袈裟斬りの形でステーキの左肩に叩き込んだ。
※※※
「……生きてる?」
全力で挑んだせいで、まるで手加減している余裕のなかったライズは、倒れ込んだステーキに向かっておそるおそる問いかけた。
しばらく反応がなかったが、やがてムクリと体を起こした彼は服が裂けて赤紫に腫れた傷を晒しながらも生きているようだった。
「いやぁ、負けたな」
闘気が失せて元のひょうきんな雰囲気に戻ったステーキは、座り込んだままバリバリと右手で頭を掻いた。
左腕はさすがに動かないようだ。
「10年ぶりかぁ……いや、もっとかな」
少しだけ悔しそうにそう言った彼は、片目を閉じながら親指を立てる。
「すげぇ楽しい戦いだったぜ」
「そう?」
条件が違うとはいえ、魔王戦並みの疲れを覚えてライズは肩を落とした。
「疲れた……歩いて帰るのめんどくさいなぁ」
「ライズさん!」
固唾を呑んで見守っていたらしいコンソメが、ライズに駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫ですか!?」
「えー……? うん、まぁ楽しかったよ?」
世の中には、表に出てこないだけで強い奴がいっぱいいるもんだなぁ、などと考えながら、ライズはコンソメに応じた。
でもレイ=シュにバレると怖いので、体を押し付けてくるのはやめて欲しい。
「んじゃ、フォクさんはもらって帰るよ?」
「おう。いちち、こりゃしばらく大人しくしとかねーとダメかな」
立ち上がろうとしてできなかったらしいステーキが痛そうに肩を押さえると、彼の仲間が数人、慌てて駆け寄っていく。
どうやら人望はあるらしい。
「サモン」
「しゃーないなぁ」
ライズが三下賢者に声をかけると、やれやれと言いたそうな様子でステーキに近づいていく。
「ちょっと退いてや。……〝慈愛の女神に乞い願う、奇跡をもって彼の者を癒せ〟」
ステーキの仲間を押しのけてサモンが回復魔法を行使すると、彼の傷が癒えた。
「おお、すげぇな」
「一応賢者やしな」
「服は弁償しないよ」
仕掛けてきたのは向こうなのである。
ライズの言葉に、ステーキが笑みを見せた。
「そんな細けぇことは、いいんだよ」
「そう?」
「あなた強いわね!」
サラは、どうやらステーキを気に入ったらしい。
ダッシュで彼に駆け寄ると、目を輝かせながらお誘いをかけた。
「ね、あなたカジノの用心棒なんかやめて、私の護衛として雇われない!? 王宮で窮屈にしてるのも嫌だったのよね! あなたがいれば危なくならなそうだし!」
そんなサラの言葉に少しポカンとした後、ステーキは苦笑した。
「ま、仕事もなくなったししばらくは構わねーけど。俺はポッティート殺したんだが、そっちはいいのかい?」
「フォクさんの話をすれば問題ないと思うわ。……いいかしら?」
「私は構いませんけれど……」
フォクがこちらを見るので、ライズは小さくうなずいた。
「オレも別にどうでもいいよ」
「じゃ、決まりね!」
パン! と手を叩いたサラがピョンピョン飛び跳ねるのを見てから、ライズはまだひっついているコンソメを見下ろした。
「じゃ、王都に戻ろうか」
ライズの言葉に、ピョコン、と耳を立てたコンソメは、可愛らしい顔に満面の笑みを浮かべてうなずいた。
「ーーーはい!」
※※※
その後。
王都で盛大に祝われた勇者の結婚式の会場には、なぜか勇者パーティーに馴染んでいる名も知られていない遊び人の姿があったらしい。
END.
ご愛読ありがとうございました(๑╹ω╹๑ )ライズたちの物語はこれにて終了ですお




