遊び人は、新たな遊びを覚えるようです。
「遊び人ってのは、魔力を持たない。それは知ってるやろ?」
「そうですね」
サラが耳をそばだてるようにピン、と立てて、胸元で両手を握っていた。
目線はサモンの方に向いておらず、今まさに戦い始めたライズを心配そうに見つめている。
「その上、あんまり強くもないから役に立たないって言われてるのよね」
「せや」
サラは油断していないようで、杖をいつでも魔法を使えるように構えたまま、ライズたちの背後で戦闘を見守っている男たちを見ていた。
もっとも、彼らにはまるで物騒な気配が感じられないので、サモン自身は特に気にしていないのだが。
一応用心というか、ライズたちの余波に巻き込まれないために結界を張っている。
ライズの本気は危険すぎるのだ。
「やけど遊び人には特性がある……『隠しポケット』っちゅーのは、言うなれば次元魔法や。確かに攻撃系の次元魔法は使えんけど、魔力消費もなしに次元魔法をデフォで使う存在。それが遊び人や」
サモンは、遊び人のその特性に、ライズを見ていて気づいた。
「あの連中は、それが遊びの一種……要は手品とかそういう類いのモンやって認識したら『魔力0で魔法が発動できる』ねん」
最高神がもっとも強い祝福を与えた特性、それがなぜ弱いのか、という話に関しては。
世間的には『悟りや信仰もなしに賢者や大魔導士になれる』ことができるからだと思われている。
「そうね」
「そ、そうなんですか」
「でも、その話が本当なら、今までなんで知られてなかったの?」
サラとコンソメの反応に、サモンは指を立てながら当然のことを口にした。
「芸で稼ごうとする連中以外に、遊び人を極めようとする奴がいなかったことが一つ」
そして、2本目の指を立てる。
「もう一つはーーー何でもかんでも遊びやと思うような奴が、この世に存在せんからや」
その言葉に、二人はポカンとした。
「い、言われてみれば」
「それはそうかも」
「せやけどライズは、遊びやと言われれば疑問を持たん。その結果生まれたのが」
サモンは、二本立てた指を握って代わりに親指を立てた。
片目を閉じながら、目に追えないほどの速さで動き回るライズをその指で示す。
「『魔力0で何でもできる遊び人』……ライズ・ハーンっちゅー、常識はずれの男や」
遊び人のくせに踊り子のステップを使って仲間の速さを底上げして、戦闘の補助していたライズ。
その特異さにサモンが気づいた時に。
仲間たちが面白がって、あれもこれもライズに仕込みまくったことは、全員が口止めされている。
ライズ自身が吹聴されるのを嫌がったし、何よりも。
勇者パーティー全員の全てのスキルや魔法が使える遊び人の存在など、どんな災難に巻き込まれるか分かったもんじゃないからである。
悪ノリしすぎて全てが終わった時、サモンたちはこう思ったのだ。
ーーーやりすぎた、と。
※※※
「せぇ……のぉ!!」
動かないステーキの周りを飛び回ったライズは、その背後から蹴りを繰り出した。
後頭部を狙った飛び回し蹴り。
その一撃を、攻撃の気配を見せた瞬間に察した相手がゆらりと動いた。
半円を描くような最小限の仕草でくるりと振り返り、ライズの蹴りを片手で受ける。
ドン! と叩きつけた足が鋼鉄のような感触を跳ね返してきた。
「……《四足金剛》」
「はは、硬ぇッ!」
蹴りを受けたステーキは、さらにこちらの懐に潜り込むように足を滑らせ、肝臓に向かって拳を打ち込んできた。
「《参年殺シ》!」
「〝サモンに教えてもらった遊び〟!!」
空中に跳ねた姿勢のまま、大きく脇を締めて拳を受ける姿勢を取ったライズは、インパクトの瞬間に早口で技を発動する。
「《我が身に守護を》!」
単身を守る上位防御結界が発動し、凄まじく硬いステーキの拳を受ける。
ステーキの震脚で地面にひび割れが走ると同時に、ライズは体ごと横に吹き飛ばされた。
ダメージはそれなりに打ち消したものの、インパクトの勢いまでは殺せていない。
猫のように身をしならせたライズは、着地と同時に後ろに向かって跳ねた。
即座に追撃してきていたステーキが、目前に迫っていた。
陶器の威圧によって、実際よりも巨大に見えるその突進に、ゾクゾクと背筋を震わせながらもライズは笑みを消さない。
「っせぁ!」
下がりながらも態勢を整え、横に円を描くように突撃を避ける。
こちらを掴み取ろうとする腕を避けながら、ライズは考えた。
直線的な動きは向こうが上、しかし横の動きは確実にこちらの方が速い。
「〝レイ・シュに教えてもらった遊び〟!」
ステーキから距離を取りながら、ライズは両手を大きく広げた。
両手に、本来人間には扱えないはずの瘴気が溜まり、それが闇の気配を呼び起こす。
バチバチバチ、と赤い稲光が弾ける闇の渦を纏ったライズは、両手を交差させるようの振るった。
「《亡者を灼く裁きの暗黒》!!」
「やりすぎじゃこのアホンダラァ!!」
サモンの怒鳴り声と同時に、ステーキの部下がいる辺りと声が聞こえた方角で力の気配が巻き起こるのを感じたが、ライズは全く気にしなかった。
ステーキは、なんでスグソバの街のような場所でカジノの用心棒などやっているのか分からないくらい強かったのだ。
全力で遊べる相手だ、と肌で感じたライズは、もはや周りのことなど微塵も気にしていなかった。
ゴッ! と余波ですら人間の魂を闇に染めるほどの瘴気と、消し炭と化すレベルの赤い雷撃を振り撒いた一撃は、クロスの形を描いてステーキに迫る。
「ぬぅうん!!」
どっしりとその場に腰を落とし、全身から闘気を吹き上げたステーキは、その髪色を黒から真っ白に染めた。
闘気を極めた者に起こる身体変化現象、《鬼面神化》……白髪鬼と化した拳闘士が強く足を地面で蹴り出す。
そのまま、腰だめに握った右の掌底を突き出しながら闇雷へと突撃した。
「ーーー《鬼殺シ》!!」
白熱した掌底と闇がぶつかり合い、拮抗する。
そこからさらに、ステーキは大きく足を振り上げた。
「《竜落トシ》!!」
足が高く真上に振り上げられると、闇が半分払われて威力を削がれ。
「断!!」
さらに返しの踵落としで、完全に破壊された。
闇と雷が薄まって宙に溶けるーーーそこまでの動作を繰り出してなお、ステーキは止まらない。
「ぬ、ぅうううううううううん!!!」
踏み降ろした足を蹴り足にしてさらに神速でこちらに迫る相手に、闇の後ろから追撃を仕掛けていたライズも乗った。
突き出した拳が即座に弾かれ、そのままステーキの手がこちらの胸ぐらを掴む。
「蓮華起……《忿怒三昧》!!」
青い炎を纏う右の拳が突き出されるのに合わせて、ライズはニヤッと笑いながら早口で言った。
「〝今、ステーキから見盗った遊び〟ーーー《鬼面神化》!」
全身から闘気を吹き出して目の前で踊る前髪が赤に染まるのと同時に、ライズは全く同じ動作でステーキへと拳を突き出した。




