遊び人は、勇者の花嫁を取り戻したようです。
「ライズ」
「何?」
サモンの呼びかけに、ライズは素っ気なく答えた。
結局。
完全にこちらの行動はステーキにバレており、連絡の後に見張り虫が潰された。
当然改めて周りに虫を撒いたのだが、その時にはもうステーキとフォクは姿を消していたのである。
「ンな不機嫌になんなや。ステーキは信用出来るて」
仕方なく宿に戻り、翌日晴天の中チカイ草原に赴いたライズたちは、ステーキを待ち続けているのだ。
「ライズさん、まだ機嫌直らないんですか……?」
少し面倒くさそうに頭を掻いているサモンに、耳をへにょりと畳んだコンソメがこっそりと話しかける。
「ここまで機嫌直さんのも珍しいねんけどな」
「お前のミスだろ」
「あのおっさんが想像以上やったんや。自分かてそこまで手練れやと思ってへんかったんちゃうん?」
遠慮するような間柄でもないのでズケズケとお互いにモノを言う。
が、ライズがもう一度口を開く前にサモンがさらに続けた。
「俺とフォクさんにはナンヤテの幸運の加護もあったんや。それでも見張り虫潰されてんねやで。やったら、それは不運な話とちゃうやろ」
「……わかってる」
サモンの言っていることを、ライズも理解できていないわけではない。
ナンヤテは最高神で、ライズは遊び人を極めて攻撃すらも避けるほどの幸運を持ち合わせている。
そんな幸運を分け与えられているのだから、2人の命が危うくなるようなことはないはずだ。
だが、それと心の折り合いはまた別の話なのである。
「いっつもやる気なさそうなのに、今日はずいぶん感情的なのね!」
相変わらず、ちっこい割に態度の大きいサラが特に気にした風もなくこちらの顔を見つめてきた。
「フォクさんに恩があるらしいしなぁ。……お、噂をすれば来たで」
崖の間の道から、馬車の音が響いてきた。
ライズが目を向けて凝視していると、ポツンと四頭立ての馬車の姿が見えて、みるみる内に近づいてくる。
「……えらい大勢やなぁ」
馬車の後ろから、ゾロゾロと馬が現れて平原に出ると左右に広がった。
目算でおおよそ40頭。
馬はライズらの周りを囲み、その背中から男たちが次々と飛び降りる。
最後に、目の前で止まった大きめの馬車からステーキが姿を見せた。
うやうやしく馬車に向けて手を差し出すと、その手を取ってフォクが姿を見せる。
何事もなさそうだ。
出てきたフォクの無事な姿にライズがホッとしていると、彼女が金髪を陽光にきらめかせてこちらを見た。
その顔が、ふんわりと笑みに変わる。
「ライズ様、それにサモン様と……サラ第二王女……?」
「久しぶりね!」
元気よく手を上げるサラに対して、驚きと戸惑いを浮かべたフォクがこちらに向かおうとするのを、ステーキが腕を掴んで止める。
「おっとすまん。まだ行かせるわけにゃいかなくてな」
「……?」
フォクが表情を曇らせてステーキを見上げるが、彼は気にした様子もなく頭を右に倒してゴキリと首を鳴らす。
「よう、ライズ。約束どおりにきっちり連れてきたぜ」
「そう。……それで、この周りの連中は?」
ライズが馬に乗った男たちを親指で示すと、ステーキはニヤリと笑った。
「もちろん、お前らを逃がさないための壁だよ」
「……どこが信用できるって?」
「ちゃんとフォクさん連れてきたやん」
サモンはライズの嫌味に対して、あっさりとそう答えた。
口の減らない童貞賢者だ。
「……お前今、なんか失礼なこと考えたやろ」
「気のせいじゃないの? この童貞野郎め、としか思ってないよ」
「考えとるやないかい!!」
フォクの無事が確認できたので少し気分が持ち直したライズの言葉に、サモンが振るってきた拳をヒョイっと避ける。
「危ないなぁ」
「避けんなや!」
「やだよ」
ライズはサモンを放っておいてステーキに目を向ける。
「で、フォクさんは返してくれるの?」
問いかけると、ステーキがニヤリと笑いながら、軽く手を挙げた。
それを受けてサモンが手に魔力を込め、サラが杖を構える。
ライズ自身は、コンソメを庇いながら軽く目を細めた。
緊迫した空気と、周りで膨れ上がる殺気。
「ーーーやれ」
ステーキが上げた手を振り下ろす。
すると、周りにいた連中がその号令で動き出し……。
ーーー半分の男たちが、残りの連中に不意打ちを仕掛けて一斉に気絶させた。
「「「「え?」」」」
ポカンと口を開けるライズたちに、ステーキはフォクの腕を離して両手の手のひらを空に向ける。
「今倒れてる連中は、あの好色ジジイの子飼いでな」
ステーキはぽん、とフォクの背中を押した。
「もういいぜ」
彼女がこちらとステーキを見比べているので、ライズは手招きしてみせる。
「フォクさん、こっちに」
近づいてきたフォクをサラが迎えに行ってその手を取った。
コンソメの近くに女性陣を固めると、サモンがさりげなくライズと反対側に移動する。
二人で女性陣を挟む形になったのは、周りの半分になった男たちが包囲を解いていないからだ。
「約束どおり、女は返した。こっからは俺の用事だ」
「その前にさ」
膝に両手をついて準備運動を始めたステーキに、ライズは気になっていたことを訊く。
「ポッティートに黙ってこんなことして、大丈夫なの?」
「ああ、そのことか?」
グッと前に肩を入れて背中を伸ばしながら、ステーキがこともなげに言った。
「あの好色ジジイは、始末したよ。ーーーもう、今頃地獄にいるんじゃねぇか?」




