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賢者は、覗き見をしているようです。


 サモンは、見張り虫を天井近くで飛ばしていた。


 確実に誰も目を向けないだろう場所から見下ろしているのは、苛立ったようにブヒュブヒュと鼻を鳴らしながら歩くポッティートと、その後ろからブラブラとついていくステーキである。


「……に、地下牢がある。そこに、フォクを連れて行け」


 どこへ向かうか、という具体的な指示を出した商人の言葉に、ステーキは最初に会った時から大して態度変わらない、どこかおどけたような雰囲気で肩をすくめる。


「地下牢ですか。監禁がお好きなようで」


 ポッティートは、そんなステーキをジロリと睨み上げた。


「なんだ、文句があるのか?」

「めっそうもない。単なる感想ですよ」


 ステーキのそんな態度を許しているのは、おそらく彼に実績があるからだろう。

 大した腕前でもないのなら、多分すでに殺されていてもおかしくはないくらいに舐めきった態度だ。


 ポッティートは、独白のように言葉を続けた。


「奴らに見つからぬ場所にしなければならんかな。窮屈ではあるだろうが、我慢してもらう。……どうせもう、あれは私の所有物だ」


 ブヒュヒュ、と笑うデブに、ステーキは指先で頬を掻いた。


「一応聞いときますけど、あの遊び人連中にそのフォクとかいうのは引き渡さないんですかね?」

「なぜ私が、あんな忌々しい連中との約束を守ってやらねばならんのだ?」


 平然とそう口にして、ポッティートはステーキの疑問を切り捨てた。


「どうせ、どこの馬の骨ともしれない連中にすぎん奴らだ」

「どこの馬の骨ともしれない、ねぇ……」

「なんだ?」

「いえ、それを言うなら俺もだなと思いましてね」


 はははと笑ったステーキは、少し剣呑な目つきになって足を止めた。

 頑丈な鍵がついたドア行き止まりにあり、左右に廊下が伸びていたのだ。


 おそらくはそこに、フォクがいるのだろう。


「連中と、やりあってみたかったんですがね」

「好きにすればいい」


 ポッティートは、腰に下げたキーホルダーをジャラリと鳴らして手に取ると、そこにある鍵を一本引き抜いた。


「お前の腕ならば、あの程度の連中どうにでもなるだろう。……だがやり合うのなら、確実に始末しろ」

「別料金ですが、いいんですかね?」


 鍵を受け取りながらステーキが訊ねると、ポッティートは平然と言い返した。


「お前がやりたいんだろう? 私は別に放っておいても構わんのだ。どうせ国との繋がりはハッタリだろう。役人どもには鼻薬を嗅がせてある」


 こちらに手出しなどできん、とタカをくくり、ポッティートは左に折れた。


「カジノは早急に別の場所の引き払う。もしその前に来店したら、どっちにしたってお前の仕事の領分だ。店に入れるな」

「今回の件に関してはずいぶんとケチくさいですね」

「せっかく今夜抱いてやろうと思っていたが、とんだ邪魔が入った」


 そう言って去っていくポッティートは、ハッタリと決めつけながらも油断はしていないのだろう。

 今からさっそく、カジノを引き払う準備をしに行くのだ。


 ステーキは、その背中に最後に言葉を投げた。


「ちょっと後でお話があるんで、終わったらお屋敷に伺ってもいいですかね?」

「明日にしろ」


 にべもないポッティートの言葉に、残ったステーキはやれやれと頭を掻いた。


「人望なんざカケラもねーのに、アレで商才があるってのがよくわからんな」


 ステーキは鍵をガチャリと開けると、中に入った。

 美しい女性が柔らかそうな揺り椅子に腰掛けており、窓の外からこちらに目を向ける。


 怯えている様子はなく、落ち着いた態度だったが入ってきたのがポッティートではなかったからか、わずかに戸惑いの色を浮かべていた。


「あなたがフォクさんかい?」

「はい」

「想像以上に美人さんだ。あのヒヒジジイがご執心なのも分からんでもない」


 フォクは10代での婚姻が普通のこの国において、婚期を逃している、と言ってもおかしくはない年齢だ。

 しかし、知的で柔らかな雰囲気を持つ美貌の女性だった。


 ステーキは、そんな彼女に大きく手を広げてみせると、片頬に笑みを浮かべて言葉を続けた。


「君をね、地下牢に連れて行け、というご指示を受けてね」

「牢、ですか?」


 軽く眉をひそめて、長いまつげを伏せた彼女は特に衝撃を受けた様子も見えない。


「私は、何かポッティート様の気に障ることを?」

「いんや」


 フォクの言葉を、ステーキはあっさりと否定した。


「ライズとか言うのが、あなたを迎えにきてるんだけども。取られたくないんじゃないかね?」

「ライズ様が?」


 伏せた目をパッとあげて、フォクが驚きの表情を浮かべる。


「なんのために、でしょう?」


 首をかしげた彼女は、本当に不思議そうだた。


「なんで迎えに来たのかまでは、俺も知らないね。だが、心当たりはねーのかい?」

「ひとつだけありますが……私がいなくなれば、実家に迷惑がかかります」


 フォクはそう言って、困惑したように頬に手を当てた。


 彼女は多分、ポッティートにその身を望まれた時に自分の意思でここに来たのだろう。

 勇者が魔王を討伐し、自分を迎えに来てくれるかどうかを待ちわびていただろうに……その前に起こった問題を解決するために、身を捧げたのだ。


 諦めた、のではない。

 助けを期待していた、のでもない。


 ポッティートの策略をどこまで見抜いていたのかは分からないが、彼女は貴族の子女である。

 ただの身分的な意味ではなく、子女たる教育を受けて、かつ自らの意思でそう在るべくして在る女性なのだ。


 ミーツが、迎えに来るまでに何かが起こったら結婚しない、と、そう約束したのも。

 彼女の意思をも尊重しての結論だったに違いない。


「そいつに関しては、多分心配いらねーとは思うよ」

「え?」


 なぜか断定したステーキは、フォクを指差した。


「俺は、お前さんの意思が聞きたいね。周りの状況は抜きにして、お前さん自身の望みが知りたいって意味だ。……何も問題がなければ、あの遊び人について行きたいと思うかい?」


 問われて、フォクは迷いすらしなかった。


「そうですね。それがミーツ様のお迎えなのであれば」

「なるほど」


 ウンウン、と頷いたステーキは、笑みを大きくして指を下ろした。


「あんたを確実に、奴らの元に届けよう。今すぐどうこう、ってのは難しいが……そうだな、明日、街の近くにあるチカイ草原あたりで」

 

 それまで牢屋で窮屈な思いをさせるが、と言うステーキに、フォクは小さく了承した。


「元々、文句などを言うつもりはありません」

「そうかい。ワガママに生きれないって立場もなかなか窮屈だね」

「あら」


 そこでフォクは、初めてふんわりと柔らかい笑みを見せる。


「お父様は、この歳まで私を独り身で待たせてくださったのです。十分にワガママに生きてまいりましたわ」

「なるほど」


 ステーキはその言葉を否定せず、代わりに空中に向かって……サモンがこの場を見ている見張り虫に向かって、パチリと片目を閉じた。


「じゃ、そういうことでひとつ、よろしく頼むよ」

 

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