遊び人は旅に出ました。
翌日。
王都を出たライズは、さっそくため息を吐いた。
「サモン、お前ね」
「う、気持ちワル……頭痛ぇ……」
横を歩くサモンがフラフラ歩きながら、懇願するようにこちらに目を向ける。
いわゆる二日酔いというやつだ。
別にコイツは酒に弱いわけではないが、バカスカ調子に乗って飲みすぎなのだ。
いつもこうなるくせに、少しも反省しない。
どこが賢者なのかと言いたくなるレベルのおバカさ加減だ。
「頼む、ちょっと、回復してや……」
「自分でやれば?」
「魔法使える気分ちゃうねん……」
サモンは、ついに頭を抱えてうずくまった。
そのままリバースされても見苦しい。
「めんどくさいなぁ……そんなんだから、お前童貞なんじゃね?」
「それ、今関係あれへんがな! うぐっ……」
自分の怒鳴り声が頭に響いたのか、うぇっぷ、とサモンが口元を抑える。
いよいよ本格的にまずい様子だが。
「大声あげるなんて、元気じゃない。回復いらないかな?」
「ちょ、おま、いえ、ライズ様……! ほんまお願いします……!」
ライズは頭をボリボリ掻いてから、涙目のサモンの背に軽く手を当てて呪文を唱えた。
「〝女神様の朝ごはん〟」
遊び人が使える技の一つ『シジミのパワー』である。
酒に関係する技は、遊び人の特技の一つだった。
もう一つの技である『ウコンのパワー』を飲む前に使うと二日酔い知らずになり、『シジミのパワー』を使うと酒を抜くことができる。
「……ふぅ!」
ぼんやりと茶色い光に包まれた後、サモンがスッキリした様子で背筋を伸ばした。
「生き返ったわ!」
「生き返っても、童貞は童貞だけどな」
「だからそれ今関係ないやろ!!」
元気になったとたんに恩を忘れて噛み付いてくるサモンに、ライズは軽く肩をすくめた。
「そもそも、賢者になんかなるからだよ」
「あん?」
言葉の意味がわからなかったのか不思議そうな顔をするサモンに、ライズは話してやることにした。
「えっと、実は【才能開花の神殿】に行く前に聞いたんだけどね」
「? えらい昔の話やな」
「うん。大魔導士じゃなくて賢者になった奴は、それ以降女にモテなくなるらしいよ」
「何やとぉ!?」
ガガーン、と驚愕の表情を浮かべたサモンに、さらに話を続ける。
「モテなくなるというより、自分に好意を持つ異性と会えなくなるみたいだね。仮にその賢者を好きな人がいても出会えない、好意を口に出せない、みたいな」
「……そんなアホな」
「30過ぎると完全に縁がなくなるとも聞いたかな」
理由は正確には分からないが、そういう話があるのだ。
女性を知らないまま20歳を過ぎると、魔法使いはその能力が極端に増大するらしい。
賢者も同じように、こちらは30歳を過ぎると、魔法を扱う能力がさらに一段跳ね上がるのだと。
そう説明してやると、サモンは自分の両手を見つめてワナワナと震えた。
「まさか……じゃ、こないだ誕生日を迎えてからいきなり魔法が扱いやすくなったのは、それでなんか……!?」
「だろうねぇ」
魔王の城に向かう最期のダンジョンの中で、サモンは誕生日を迎えた。
するとそれまで援護を受けても苦戦していた魔物を、一気に掃討出来るようになるくらい、サモンの攻撃魔法や補助魔法の威力が強化されたのだ。
「な、なんでそんな大事なことを誰も俺に言わんかったんや!?」
「それは……多分、サモンが強くなった方が魔王討伐が楽だから、じゃないかな? 一応口止めされてたんだよね」
もう魔王も倒し、勇者パーティーの一員でもないので口止めを守る義理もないだろう。
事実を知ったサモンは、いきなり吼えた。
「あんの裏切り者どもぉおおおおおっっっ!!!」
「うるさっ……」
ライズが顔をしかめて耳を抑えると、道行く旅人がびっくりしたように目を向ける。
「ちょっと静かにしてくれない? まぁ少しは可哀想かなーとは思うけど」
「いくら口止めされてたからって、なんで言ってくれへんかったんや!?」
「何でって……」
顔を近づけてくるサモンを手で押し返しながら、ライズは内心をそのまま告げる。
「言わないほうが面白いかと思って」
「お前も同罪じゃあああああああああああ!!! むしろ余計ヒドい理由やないかい!!!」
「そうかな」
モテないモテない言っているサモンを見ているのが面白かったのは事実だが。
「正直、女と付き合うのってめんどくさくない? だからどうでもいいかなって」
「良かないわぁああああああああ!!! 昨日彼女持ち爆ぜろとかゆーとったやろがああああああ!!!」
「ちょっと、うるさいから静かにして」
「おのれが怒鳴らせとるんじゃぁああああ!!!」
まぁ彼女持ちは爆ぜればいい、とは思ってはいる。
めんどくさいからと言ってうらやましくないわけではないのだ。
ただ、めんどくさいの方が勝つし、そもそも女の人に縁がない。
しかしサモンは、教えてあげたのにも関わらず諦めきれないようだった。
「クソ、女に縁がないまま一生終わってたまるか……!!」
「お前って元々僧侶じゃなかったっけ?」
聖職者がここまで俗物的なのもどうかと思ったりもするのだが、サモンは元々教会で説教しているより、僧兵としてメイスぶん回して駆け回っている方が性に合ってたらしい。
そういうところから、戒律とかに縛られる感じが薄いのか、と思っていたら。
「いや、俺が崇めてたの、恋愛の神チューセエやで。むしろ存分に付き合えっていう教義やし」
「なるほど」
倫理観がどうとか以前の問題だったらしい。
なんでこいつがこんなに俗物的なのか、という謎も解けた。
「でも、赤い糸を切ることで賢者の力を増大させる、って加護なんだったら、逆らうの無理じゃね?」
たしか運命の糸に関する話は、感性と幸運の女神ナンヤテの領域だったはずだ。
遊び人が運が良かったり弱っちかったりするのと同じで、逆らうことは出来ない気がする。
「ナンヤテ……! ちょっとアイツ呼び出せや」
「なんでだよ。こんなことでホイホイ呼び出していいわけないだろ」
そもそも、めんどくさいからやりたくもない。
ライズ自身を加護する神なので呼び出すことは可能だし、サモンもそれは知っている。
というか、魔王を倒す道中で非常にお世話になった相手だ。
「クソ……ならあの女神は、次にお前が呼び出した時にシバく!!!」
「女性に手をあげるとか堂々と言っちゃうから、モテないんじゃないかな」
「人の運命の糸を切るような奴に慈悲なんかいらんやろが!! 大体人じゃなくて神やろが!」
もっと不敬な気がするが。
サモンには、それが天罰が下ってもおかしくない発言という自覚はないらしい。
「まぁ、どうでもいいや」
ライズは、相手をするのがめんどくさくなった。
別にサモンが天罰喰らおうが女にモテなかろうが、自分に害がなければどうでもいいのである。
そう思いながら、ライズが肩をすくめて両手を広げると、突然、道の先に向かってサモンが駆け出した。
「?」
「ちっくしょおおおおおおう! どっかに絡まれてる女の子とかおらんのか!! 俺がカッコよく助けたんでぇええええ!!」
「おーい」
声をかけるが、サモンは立ち止まる気配も見せずに走り続けた。
そのまま、少し先の道が曲がったところに隠れて姿が見えなくなる。
「……ま、いっか」
気が済んだら戻ってくるだろう。
サモンの暴走はわりといつものことだ。
そう思いながら、ライズがよく晴れた青空を見上げてのんびりと歩いていると。
「きゃっ!」
後ろから可愛らしい悲鳴が聞こえた。
「ん?」
振り向くと、今来た王都に続く道……その途中で、ゴロツキっぽい男たちに髪が真っ白な少女が絡まれていた。