遊び人は、カジノで稼ぐようです。
「お兄さん、えらく儲けてるね? ちょっと一緒に来てくれる?」
ーーー来たな。
ルーレットテーブルで、山盛りの金貨を前にディーラーの顔を引きつらせていたライズは、椅子に腰かけたまま後ろを振り向いた。
さほど背丈はないが、屈強な体格をした男がにこやかにこちらの肩に手をかけてくる。
「別に逃げないけど」
その手をチラリと見てから、ライズは男の顔に目を戻した。
かなりの年上のおっさんでおそらくは40歳以上だろう。
ニコニコとしているが眼光は鋭く、添えられた手のひらの感触は分厚い。
かなり強そうなのが、そのにこやかな雰囲気に混じる鋭さで分かった。
「そいつ一緒に来たヤツなんだけど、連れてっていいの?」
ライズは、少し離れた場所に立つサモンを指差した。
コンソメとサラは、さすがにここまでは連れてきていない。
本当は2人ともゴキンジョの王都に置いてこようとしたのだが、サラの護衛をしていた2人が随伴するというのでスグソバの街までは連れてきていた。
屈強な男は、ライズの申し出に少し意外そうな顔をした。
「なんだ、てっきりしらばっくれるかと思ったんだが」
「もしかして、イカサマ疑われてる?」
「ま、正直な。えらく目つきも悪いし」
軽く肩をすくめた男の剽軽な様子に、ライズは逆に警戒を強めた。
連れあいだと知っている、ということは、つまり入ってきた時から見られていたのだろう。
目端のきく相手は油断が出来ない。
正直めんどうくさいな、と思いながら、ライズは立ち上がった。
「目つきの悪さは生まれつきなんだけど」
周りを見回すと、半泣きのディーラーはホッとした様子を見せており、周りの客も負けているヤツは恨みがましく、勝っているヤツは興味深そうにこちらを見ている。
注目を集めるのはあんまり好きではないが、この場合は仕方がなかった。
「ま、細けぇコトはイイんだよ」
ニヤリと笑った男は、ライズの肩を抱くようにして声を小さくしてささやいた。
「バカ勝ちしてる奴を放っとくと、妙なヤツに絡まれっからな。俺としちゃ荒事になった方が面白いんだが、上がうるさい」
戦うのが好きな気質らしい。
ライズには全く理解できないが、そういう人間は一定数いるのも理解していた。
「別に抵抗なんかしないよ」
指を鳴らしてテーブルの金貨を『隠しポケット』にしまいながらライズが告げると、男は納得したようにうなずいた。
「遊び人か。どうりでバカ強ぇわけだ。……が、それにしても勝ちすぎだよな」
「そう?」
男に連行されながらサモンに目配せすると、彼も後ろからついてくる。
その後ろに、黒いスーツの従業員らしき人物がそっとついた。
「おっちゃん、名前は?」
「ステーキ・ステキだ」
あっさりと名乗った男に、ライズは少し意外さを覚えた。
こういう類いの人間は、質問をされるのを極端に嫌うものだと思っていたのだが。
最初に感じた雰囲気同様、彼はどうやらあまり型にはまっているようなタイプではないらしい。
「お前さんは?」
「ライズ」
「なるほど、ライズ。多分お前さんは俺の雇い主と会うことになるが、妙な気は起こすなよ」
ふたたびニヤリと笑うステーキにうなずきかけると、彼に奥の小部屋に連れ込まれた。
テーブルと椅子だけの空間だが、どこか高級そうな雰囲気にも見えるのは多分VIPルームなのだろう。
しばらく立ったまま待たされた後に、カジノと逆の方向にあるドアから一人の男が現れた。
鼻頭が上向いていて、目が小さくずる賢そうな光を宿している。
高価そうな服を着て踏ん反り返るようにして歩いているが、その腹はでっぷりと突き出していて全体的にまん丸かった。
ゴフゴフと、歩くのもしんどそうに鼻を鳴らしている。
「フヒュ、そいつか?」
偉そうなブタ男がステーキに問いかけると、彼はニッコリとうなずいた。
「これはこれはポッティートさん。今日もムダな仕事のためにこんなところまでありがとうございます」
「……貴様は本当に口が減らんな」
いきなりそんな言葉を投げつけたステーキに、ブタ男……ポッティーとはピクピクと目尻を震わせた。
「そりゃすいません、性分なもんで」
おどけるステーキに、ライズは思わず悪ノリしたくなった。
「ねぇ、サモン」
「なんや?」
「オレ、ここにくるのがオークだなんて聞いてないんだけど」
それを聞いた途端、サモンがブフ! と吹き出した。
「ちょ、おま!」
「何?」
「いくら何でも、タダのデブ扱いはオークに失礼やろ!」
斜め上の反応が来て、ライズも思わず口元が緩みかけた。
ステーキもこらえきれなくなった様子で吹き出し、ポッティートについてきた方とサモンにひっついてきた方、二人の黒服も必死な顔で笑いをこらえている。
「……貴様ら、死にたいのか?」
ブルブルと、顔を真っ赤にして肩を震わせるポッティートに、ライズは肩をすくめた。
「だって理由も分からずにこんなとこまで連れてこられて、いきなり偉そうにされるとね。あんた誰?」
「この人はポッティート・サラダさんだ。カジノの経営者だって説明したろ?」
「ああ、この人が」
実は分かっていたが、ライズはぽん、と手を叩いてから慇懃無礼に頭を下げた。
「失礼しました。カジノの経営者様。お金は増やしてもいいですが、腹の肉は減らすべきだと思いますよ」
「きさ……ッ!!」
「んで、ポッティートさん。多分こいつイカサマしてねぇですが、どうするんです?」
怒鳴ろうとしたブタ野郎の言葉をさえぎって、ステーキが話を戻す。
最初に話を逸らしたのも彼だったが。
ポッティートは、どかっと椅子に腰を下ろすと、忌々しそうにテーブルを拳で叩いた。
「してなくとも殺せ!!」
「そんなこと出来るわけないでしょうに。追加料金もらいますよ」
殺すことそのものはできる、とでも言いたげなステーキは、逆にポッティートに向かって目を細めた。
「新しい顔が入ってきたら、毎度きっちり目で追わさせてもらってますよ。俺がイカサマ見逃すなら、ディーラーの方も気づかんでしょうしね」
ポッティートはしばらく黙った後、ぶるるる、と鼻を鳴らした。
「忌々しいが、貴様がそう言うのならそうなんだろう……」
思ったより物分かりがいい、とライズは思った。
それだけステーキの能力を評価しているのかもしれない。
大金持ちになるには、それなりに目はしが利く必要もあるだろうし、愚鈍なだけのバカではないのだろうと思われた。
「が、二度と、私の店に来るな!!! 無礼な上に、私の店でトラブルの種になりそうなことをする奴はいらん!!!」
「客を選ぶなんて商売人にあるまじきことちゃうか?」
サモンがさらに煽るのに、ポッティートはジロリと彼を見て反撃する。
「誰だ貴様は。童貞くさいツラしおって!」
「なんやとこのヒヒジジイ!? おどれこそ好色そうなツラしよって!」
「サモン……それは事実なんだから仕方ないじゃない」
「お前は黙っとれ!! どっちの味方や!!」
真実の友、という言葉が頭に浮かんだが、まぁそこまでやるとまた本題から逸れるので黙っておく。
「ま、なんでもいいんだけど。来るなって言うならこないし。……ただし、条件付きでね?」
「何だと?」
ライズはニッコリとポッティートに笑いかけると、一歩前に出てその顔を見下ろした。
「ーーーあなたの家に、フォクさんがいるでしょ?」
ピクリ、と眉を上げたポッティートに、ライズは指を鳴らした。
ジャラジャラジャラ、と音を立てて『隠しポケット』から先ほど稼いだ金貨が溢れ出してくる。
もともと金貨一枚からこのために増やしたものなので、別に惜しくもない。
カシャン、と最後の一枚が落ちたところで、ライズはさらに言葉を重ねる。
「これ、全部返すから、あの人を返してくれない?」




