遊び人は、恩人の苦境に本気になるようです。
「で、なんでお前がここにいるんだ……?」
ゴキンジョの国について、サラを王城へ送り届けた翌日。
ノロノロと起き出してきたライズは、朝食の席にちゃっかり座っているサラに問いかけた。
「むぐ、ひょれはね」
「口の中にモノを入れたまま喋るな」
ライズのツッコミに、大人しくモグモグと口を動かしてお口を空っぽにしたサラが、改めて言葉を続けた。
「それは、あなたたちについていった方が、面白そうだからよ!」
「そんな理由でし……家から出るなよ」
「お父様には、王都から出なければいいって許可を貰っているわ!」
それでいいのか、王族。
ライズは席につきながら思わずため息を吐いた。
せっかく貴族を連れて歩くという厄介ごとが転がり込んできそうな状況から解放されたと思っていたのに、目論見が甘かったようだ。
するとサモンも、隣の席でうんざりした顔で口を開いた。
「ロリババアはお呼びでないんやけど」
「〝跪け〟」
「オブァ!!」
サラが即座に魔法を発動させ、サモンが思い切りテーブルに突っ伏す。
「危ないな。料理がこぼれたらどーすんの」
テーブルが倒れないよう、ライズは下から膝と手で天板を支えた。
「一言余計だよ、サモン。だから童貞なんだよ」
「今それ関係あらへんがな!!」
「いやあるだろ」
少なくとも、口の軽い男は女性にモテないと思う。
もっとも、王都の中なので外よりもサラの警備体制は強固だろう。
姿が見えないだけで、あの2人のお供のように護衛がついているに違いない。
ライズがサラダにフォークを刺し、千切りキャベツのシャキシャキとした食感と酸味の強いドレッシングを味わっていると、食事を終えたコンソメがニコニコと話しかけてきた。
「今から、ミーツさんのお嫁さんを迎えに行くんですよね?」
好奇心からか、ケモ耳がピコピコと揺れている。
ライズは彼女の言葉にうなずいた。
「そうだよ」
フォクの家は、資産こそさほどではないものの、かなり格の高い家の令嬢だ。
いくら話をつけているとはいえ、現状を確認しないことには接触するのもためらうくらいの家柄である。
ライズは、それよりもさらに位の高い王族の女性に声をかけた。
「サラ」
「なぁに?」
「フォク・プラッターって知ってる?」
ミーツの想い人のフルネームを口にすると、サラはあっさりとうなずいた。
「うん。何回か舞踏会で話したあるわね。それがどうしたの?」
「俺たちが迎えにきた相手」
今どうなってる? と聞くと、彼女は首をかしげた。
「知らないわよ。昨日の今日だし。聞いてみましょうか?」
「うん」
朝食を終えてサラが席を外し、すぐに戻ってくる。
表情が少し曇っているのに嫌な予感を覚えていると、その予感は当たった。
「えっと。なんか没落したって言ってる……」
「理由は?」
「莫大な借金を抱えた、って」
サラの言葉に、ライズはサモンと顔を見合わせた。
※※※
その日の夜。
「なんや、こんなとこに居たんかいな」
もう一泊した宿のベンチでライズが座って星を見上げていると、サモンが現れた。
「何か用?」
夜の風は涼しい。
暗い中でもそれなりに目が利くライズは、サモンが苦笑しているのを見て取った。
「何笑ってるの?」
「お前がそんな真剣なツラしてんの珍しいやん。大方、フォクさんのことやろ?」
サモンが、くるっと体を回転させてベンチの横に座る。
そのまま背もたれに片手をかけて、ライズと同じように空を見上げながら足を組んだ。
調べてみると、フォクはすでに屋敷にいなかった。
どうやらプラッター家の事業管理を任されていた男が、莫大な借金を作ったあげくに横領して逃げたらしい。
その借金の肩代わりをした、という豪商がいて、つい先日融資の交換条件として召し上げられたのだと。
「……どう思う?」
「臭うなー。ハメられたニオイがプンプンするで」
サモンの軽さに、ライズは悪友を睨みつけた。
「そんな怖い顔しなや」
「ふざけてる場合だと思ってるの?」
ライズの言葉に、サモンは軽く肩をすくめた。
「豪商ポッティート・サラダ……あまり評判のよくない金持ちやなぁ」
その言葉に、ライズは胸が焼けるような焦燥を覚えた。
記憶の中にある、フォクのほんわかとした笑顔が蘇る。
ライズは足の間で両手の指を絡ませて握りしめながら、空を仰いで目を閉じた。
「フォクさんは」
「うん?」
「初めてオレを、兄貴以外に認めてくれた人だ」
ライズは記憶を思い返していた。
ミーツともに村を出たライズは、最初はお荷物だったのだ。
当然のことだが、遊び人の能力は低い。
ミーツの荷物持ちをしているくらいでは、旅の負担が軽くなるよりも魔物に襲われた時に彼が気にする対象を増やしているだけ。
村でも、ちょっと手先が器用なくらいで、戦士の素質を持つ連中などに体力で敵うはずもなかった。
そんな自分でもミーツは見捨てなかった。
途中から仲間になったサモンやほかの連中も、最初はライズに呆れていたのだ。
ーーーなんでこんなヤツが勇者の仲間やねん?
今でこそ認めてくれているサモンですらも、そんな風に言うくらいに。
ライズは諦めていたのだ。
サボりたいと思う。
眠りたいと思う。
働きたくないと思う。
そんな自分の気持ちに、嘘をつけないこと。
不甲斐ないと思うこともあったが、同時にそれが自然だという意識もあった。
無理はしない。
でも、生まれた時からお荷物扱いだった自分は、そんなものだと。
「雑魚のオレが、必要だって言ってくれたのは、フォクさんが初めてだったんだ」
ミーツが自然体でいるのは、ライズに対してだけだと。
『ミーツ様は、勇者として常に気を張られています。私と2人きりの時でも、紳士たろうとしてくれます。それに、仲間を導く者として弱音を吐かないように努めておられます』
そんなミーツが、ライズにだけは歯に絹着せない、と。
『あなたはいつでも普段通りにしておられます。そんなあなたの存在は、ミーツ様の拠り所になっています』
私がねたましいくらいに、と。
フォクは、ふんわりと笑ったのだ。
だからライズは、彼女に珍しく本音を漏らした。
ミーツが小用を足しに席を外して2人きりにならなければ、そんなことも話さなかっただろうが。
『オレは諦めてるだけですよ。いても迷惑なだけなのもわかってますし』
フォクは、こちらの返事に意外そうな顔をした後、今度はおかしそうに口もとに手を当ててクスクスと笑ったのだ。
『本当にそうなら、ミーツ様のほうであなたを見捨てますよ、ライズ様。あなたはきっと、そのままでいいのです』
フォクの言葉はーーー後に、ライズの指針になった。
『心の思うままに、あなたとしてそこにいて下さい。きっとそれが、いい結果を生むでしょう』
そうしてライズは、本当に大切な選択の時に自分の意思を優先した。
ーーー遊び人のままでいいや。
なぜか、賢者や大魔導士になるのに忌避感を覚えた。
なればきっと、もっと早くミーツの役に立てていただろうが。
選ばなかったことで……もっと大きな、役割を果たせたのだ。
「サモン」
ライズはゆっくりと目を開けると、横にいる悪友を見る。
おどけていて、三下っぽくて、ついでに一言余計なことばっかり言うが。
ーーー本当は賢くて、努力家で、誰よりも仲間想いな親友に問いかける。
「そのポテトとかいうクソに近づく方法は?」
サモンは、ライズの問いかけににんまりと笑った。
「サラに聞いた中に、いい情報あったわ。フォクさんは、ここから一日かからんスグソバの街におる。そこのカジノはポッティートの経営らしいで」
カジノ。
それを聞いて、ライズはサモンが何を言いたいかを悟る。
「なるほど……」
「得意なフィールドやろ? ーーーおっさんのケツの毛までむしるくらい、稼ぎに行こや」
ーーー慌てて飛び出してくるで、と。
彼は悪どい顔をして、親指を立てた。




