遊び人は、暗黒魔導士に制裁を加えるようです。
「さてと」
これであらかた、やる事もなくなったのでライズは進化の秘宝を渡されたペンダントヘッドから外し、本体をサラに返した。
「レイ=シュ」
『なんだライズよ』
魔王は状況がイマイチ把握出来ていないようだが、ライズの手元を見て、む、と声を上げた。
『おお、珍しい闇のアイテムだな』
「知ってるのか?」
『うむ。確か先々代の魔王を殺したのが、その宝珠を使って失敗した人間だったのだ。凄まじい強さのバケモノでな』
ゴキンジョの国と仲が良かったタイガンの国が壊滅した原因らしい。
今その領土はゴキンジョの国に取り込まれており、未だに瘴気の毒沼が大量にある平野になっているのだとレイ=シュは言った。
「あのやたら魔物が強い平野か。ていうか、先々代の魔王って?」
魔族を統一したのはレイ=シュが初めてだったはずだけど、とライズが首をかしげると。
『魔王の称号は、それまで単純に一番強い魔族の称号だったのでな。魔王そのものは昔からいるのだ』
「へー」
『で、そのバケモノが次の魔王になったのだが、さすがに知性のない奴をトップにしておくのもどうかという話になって、仕方なく余が殺して魔王になったのだ』
「魔王になった経緯が仕方なくっておかしくね」
どうやら魔王以上の力、というあたりの話は、その辺の出来事かららしい。
レイ=シュはその頃、人間の師匠に叙事詩の書き方を習っていて、たまたま知り合いだった昔のゴキンジョ王に事情を話して預けたのだそうだ。
『さすがに魔神の秘宝までは余でも砕けんしな』
「ていうかさ」
『うむ』
「魔王倒したバケモノ殺した、って、それ元々お前のほうが前の魔王より強かったんじゃないの?」
『先々代はその頃、死にかけのジジイだったのでな。全盛期ではなかった』
レイ=シュ自身があんまり興味がなさそうなので、ライズは話を戻した。
「つまり、これ使うと魔王を超える存在になれる、ってのは字面的には本当だったんだな……」
『確率的には、自我を保ったままその力を取り込むのは難しいと思うが。人間であればなおさらだな』
「どうやって使うんだ?」
『一番手っ取り早いのは呑み込めば良い。勝手に魂と融合する』
つまりそのやり方だと、ほぼ確定でバケモノになるんだろう。
とんでもなくはた迷惑な代物だ、が。
「なぁレイ=シュ」
『なんだ』
「幸運の加護ってさ、コレにも効くと思う?」
ライズが宝玉をかざすと、レイ=シュはあっさりうなずいた。
『魔神とナンヤテは仲が良いので、彼女の邪魔はせんだろう』
「ほーん」
そこで、サラが引きつった声を上げる。
「ちょ、ちょっとライズ、あなたまさか!」
「いやだって、一番手っ取り早いじゃん?」
どこかに隠すのも問題があって、いちいち気にしておくのもめんどくさい。
「魔王を超える力を得られるっていうコイツを、魔王と魂が融合した俺が呑み込んだらどうなるんだろうな?」
言いながら、ライズは、パクリ、と進化の宝珠を飲み込んだ。
「ンなぁ!?」
「お……」
『む?』
体の中を闇の気配が駆け巡って少し気持ち悪い感じがした後に、何処かから力が流れ込んでくる。
その力はこちらの魂を呑み込もうと体の中心に向かっていき。
魔王とライズの魂に触れると、しばらくモゾモゾした後に大人しくなった。
「成功したっぽいな」
『なかなかの力だ。魔神そのものの意思は感じぬところを見ると、召喚魔法ではなく契約魔法だな』
「つまり魔神と契約した、と」
『うむ。余とおぬし、どちらかは分からぬが』
そこは大したことじゃない。
どっちにしたってレイ=シュでなければその力は扱えないのだ。
ライズに、魔力を扱う才能はないのである。
『暴食の大悪魔改め、暴食の魔神レイ=シュとでも名乗れば良いか?』
「好きにしたら?」
『では、体を貸せ。ライズよ』
「いいけど、何するんだ?」
一応、ライズの許可があればレイ=シュが自分の体を操ることは可能である。
魔王は重々しくうなずくと、未だに拘束されたままのドリアンを指差した。
『おぬしの記憶を読んでな。あれがうちの娘を危険に晒そうとしたのを今知った』
「あー……」
『仕置きだ』
「右手だけだぞ?」
レイ=シュの怒りを感じて、ライズは右手を受け渡す。
彼は張り切って、幻影として浮き上がる自分の胸元をバシバシと両拳で叩いた。
『任せておけ。それで異空の彼方まで吹き飛ばしてやるわ』
「お……が……!?」
ドリアンはまともに喋れもしないまま、せわしなく目を動かして拘束に抵抗しようとしているが……最高神である女神ナンヤテの魔法をそうそう破れるわけもなく。
『ぬぅうん!』
魔王が、得た魔神の力まで使って右手に濃密な魔力を凝縮する。
レイ=シュが右手を弓のように引き絞るのに合わせて、ライズはグッと腰を落とすと。
ドリアンに向かって、地面を蹴った。
『〝最果ての一撃〟』
「まっ……」
レイ=シュの口にした呪文と共に拳が腹に叩き込まれた瞬間、魔力が解放された。
空中から染み出すように闇の気配がドリアンを覆い、徐々にその密度を増して完全に黒く覆い尽くす。
ーーーそしてボシュン、と音を立てて、あっけなく暗黒魔導士の気配が消えた。
「……なんか地味だなぁ」
『殺すわけではないからな。だが、この世界から消し飛ばした。どこへ行ったかは知らぬ』
ぷらぷらとライズが手を振りながら言うと、魔王が答えた。
時間の狭間か、ここでではない世界か、とレイ=シュが言うのに、ライズは肩をすくめる。
「お気の毒」
別に本心からの言葉でもないが、右手の主導権を取り返すとサモンたちの拘束も解けた。
「あのクソ女神、次にあったらシバく!!」
「そんな事言ってるとまた拘束されるよ」
吼えるサモンに対してライズは投げやりに言い、次にあんぐりと口を開けているサラに目を向けた。
「終わったよ。あとは君を国に送り届けたらおしまいだ」
※※※
ーーーライズたちのいる世界ではないどこか。
「うぅ……ここは?」
発光する闇とも、虹色の何かとも見える奇妙な場所で、ドリアンは呻いた。
長きに渡る雌伏に耐えて、魔神の力を手に入れ、これからというところだったのに、妙な遊び人に邪魔されたせいで全ておじゃんである。
しかし、命があってよかった、と思いながら、ドリアンは顔を歪める。
「くそ、復讐しようにもあの野郎魔神の力を手に入れやがったからな……とりあえずここから抜け出して近くの街に……」
そうブツブツ呟いていると、不意に声が聞こえた。
『ほう、珍しいな。実体を持つ人間がこのような場所に来るとは』
「げひぇ!?」
声は、圧倒的な魔力の波動を伴ったもので、どこから聞こえてきているのかわからない。
思わず肩をすくめたドリアンに、さらに声が続ける。
『我が力の一部が、どこかの異空に取り込まれたようだが……もしや、贄として捧げられたモノか?』
それは、正確には声ではなかった。
まるで直接脳内に刷り込まれてくる『意味の波』に、ドリアンは頭を抱える。
「な、なんだテメェは!? 俺の頭を……」
思わず言いかけたところで、不意に気づく。
ーーー我が力の一部?
『何、と問われれば何者でもない。我は意思ある力の塊とでも呼べようモノだ』
二マリ、と嗤うような気配とともに、虹色の闇が震える。
『貴様が今いるのは、我に満ちた時空の狭間よ』
その言葉に、ドリアンは絶望した。
つまりここは。
「あぎゃ……!?」
肉体にずるりと闇が潜り込み、その瞬間に凄まじい苦痛がドリアンに襲いかかる。
ーーー痛い、痛い、痛痛イタイタイダァあォアゥグルーーー!?
『せっかくの贄であるがゆえ、即座に滅してしまっては面白くない』
痛みに支配され、ビクン、ビクン、と体を震わせるドリアンに、闇は一方的に話しかける。
『ゆっくりと、我が一部として取り込んでやろう。この退屈な場所で、少しでも長く悲鳴をあげて楽しませてくれ』
もはや痛み以外の何も意識できないままに、ドリアンは永劫に近い苦しみに身を委ねることになった。




