遊び人は、進化の秘宝を手にしたようです。
「せっかくまどろっこしいのを我慢して、宮廷魔術師になったってのによ」
モヒカンの暗黒魔導士ドリアンは、冷たい目でサラを見た。
「予言士に邪魔されて努力がおじゃんだ。真に受けた王女様が秘宝を持って逃げなきゃ、今頃は俺様のもんだったってーのによ」
コンソメが驚いた顔でサラに目を向ける。
見られた彼女は、厳しい顔でドリアンを睨みつけていた。
「だが、まぁ結果オーライだ。見つけちまえば後は、いつでも取れたし……その間に、成功率の低い儀式を確実に成功させる方法を編み出せたしな」
後は秘宝を奪うだけだ、とドリアンは話を終えて足を踏み出し。
「ほい、ご苦労さん」
ライズは全てをあっさり暴露してくれた小物に声をかけながら、下生えの間から這い出した。
「……あ?」
「いやぁ、ここまで思い通りに動いてくれると助かるわぁ」
ぽかん、と間の抜けた顔をするドリアンの後ろから、ライズと同じようにサモンが出てくる。
「ら、ライズさんに、サモンさん?」
「おー、コンソメちゃん。怖い思いさせてゴメンやでー」
サモンがひらひらとコンソメに手を振りながらヘラヘラ笑うのを横目に、ライズはサラに声をかけた。
「こんなもんでいいんだろ?」
すると彼女は追い詰められていた演技をやめて、ニヤァ、と腹黒そうな笑みを浮かべる。
「ええ、完璧よライズ。わざわざ撒かれたふりをしてくれてありがとう!」
「ど、どういうことだ!?」
ドリアンは、幻影魔法でコンソメたちと分断したつもりだったのだろう。
だが。
「お前なぁ、たかが一介の魔導士程度が、ほんとに俺らに気付かれずに魔法なんかかけれると思っとったんかいな?」
サモンは呆れたように肩をすくめ、ライズと自分を交互に指差す。
「そもそも俺の耐性は突破できてへんかったし、ライズは範囲魔法を確定回避すんねや。その程度も読めんレベルやのに、大それたこと考えたなぁ」
「バカな……! たかが遊び人と三下っぽい賢者が!?」
「誰が三下やねん!」
「しかも童貞だしな」
「なんでさりげにお前までディスっとんじゃ!!」
しかし、ドリアンにわざわざ自分たちのことを教えてやる気は、ライズにはさらさらなかった。
森に入る前。
道中でサラに小さく話しかけられた時には驚いたが。
『ねぇ、ライズ。……勇者パーティーのあなたたちに、お願いがあるんだけど』
サラには、自分たちの素性を気付かれていた。
その上で彼女はさらにしたたかだった。
「まさか、ただで依頼を受けさせられるとは思わなかったよね」
「あら。国に戻ったら払うわよ。後払いにしてほしい、ってだけの話だし」
結局、なし崩し的にこうなる前に逃げられない状況にされていたのもあれだが、事情を説明した後の彼女の一言が効いた。
『このまま知らないフリにすると国に戻らせても、後々めんどくさいことに『する』し、このまま放り捨ててもめんどくさいことに『する』わよ?』
と。
「ま、今ここであのモヒカン叩き潰すのが、一番めんどくさくないのは間違いないよな……」
幻影魔法の直後、動こうとしたサモンを制してコンソメたちを見送った後、事情は説明しておいた。
ライズはサラを見て、1つ教えておく。
「後、君自身も気づいてなかったことがもう一つあったみたいでさ」
「え?」
サラがライズの言葉に目をまたたかせるのと、さらに二ヶ所で下生えがガサリと鳴るのは同時だった。
出てきたのは、子分の二人だ。
「テメェら……!?」
ドリアンが驚いたように声を上げると、子分の二人は腰から同時に剣を引き抜いて、顔の前に構える。
「〝聖装〟!」
二人が声を張ると、剣の宝珠が輝いて子分たちの体を光が覆う。
ほんのまばたきの間に、子分の二人は青い全身鎧の騎士に変化していた。
「ゴキンジョの国、王下聖騎士団筆頭、スープ」
「同じく聖騎士団第二席、ポタージュ」
「「王命により、サラ姫を陰ながら護衛しておりました!」」
ビシッと背筋を伸ばして宣告する二人の子分に、サラが唖然とした顔をする。
「あ、あなたたち……」
「国王は、予言を受けて潜伏した王女を放っておいたわけじゃなかったね」
ぽん、とライズはサラの頭を叩いてから前に出て、頭をボリボリと掻いた。
「最初茶番かと思ったんだけど、君が暗黒魔導士だっていうことまで気づいてなかったんだってさ」
「そら俺ですら微かにしか感じひんかった魔力の気配やったしな。実力を隠す方法だけは一流やって褒めたんで」
サモンも一歩前に出て、四方を囲まれたドリアンが焦った顔をする。
「ぐ、こんな、まさか……!」
「ねぇサモン」
「なんやライズ」
「進化の秘宝に関して、なんか知ってる?」
「おう。魔神の力を得ることが出来る秘宝ってのは、さっきそこの魔導士が説明した通りや。伝承によれば、失敗すると知性のない魔獣と化すらしいで」
どこかで伝承を読んだらしいサモンの説明にうなずいて、ライズはサラに向かって手を差し出す。
「サラ」
「何?」
「進化の宝珠をくれる?」
それなら、報酬はなしでいいよ、とライズが言うと、サラはためらう様子を見せた。
王家の秘宝なのだから当然ではあるが、さらに言葉を重ねる。
「残しといても結局、役に立たないでしょ? またああいう奴が現れないとも限らないしさ」
だから、とライズは、サラに笑いかける。
「オレに報酬がわりにちょうだい。悪用はしないからさ」
サラはジッとライズの顔を見てくる。
目をそらさずにいると、彼女は意を決したようにネックレスを外した。
「どうするの?」
それを悔しげな顔で見ながらも、二人の聖騎士と一人の賢者に囲まれて動けないドリアンを前に、ライズはパチンと指を鳴らした。
「こうするのさ」
『なんだ、ライズよ』
ひょこっと姿を見せたレイ=シュを見て、二人の聖騎士とドリアンが固まる。
サラも大きく目を見開いていた。
「「「「魔王!?」」」」
『ぬ?』
「お父様?」
「「「「お父様ぁ!!??」」」」
呼びかけられてレイ=シュはマッスルポーズをキメ、続くコンソメの言葉でさらに四人が声を張り上げる。
『どうした人間ども。余の筋肉美の驚嘆したか?』
「なわけないだろ。……〝女神様は最高神〟」
『ナンヤテー』
その呪文とともにパチンと指を鳴らすと、目の前に光とともにツボが現れる。
「〝呼ばれて飛び出て〟」
『ナンヤテー!!』
カチャリ、とツボの蓋が鳴り、パンパカパーン!というファンファーレとともに、にゅ、と不可思議な小人が顔を覗かせた。
大きくクリクリとした目で周りを見回し、鼻の上だけを恥ずかしそうにツボから出した相手を見て、サモンが声を上げる。
「あー! ナンヤテこら!! お前俺の赤い糸切るのやめろや!!」
そんな抗議の声を受けて、軽く視線をさまよわせた彼女に、ライズは小さく言った。
「ちょっと逃げられるとあれだから、あの辺に『素晴らしいツッコミ』しといてくれる?」
ツボから顔を見せた小人……感性と幸運の女神ナンヤテは、ライズに目を向けてコクリとうなずいた後、大きく息を吸い。
『ナンヤテー!!』
とツボに反響した声を周りに響かせた。
ヤテー、ヤテー、ヤテー……と声は、尾を引きながらドリアンと……ついでに聖騎士たちとサモンに、神聖魔法の効果を及ぼす。
「てめぇライズ……ゴボァア!!」
サモンがビクビクと震えると、続いて全身をイナズマ型の光が無数に走って彼を拘束する。
他の3人も同様に動けなくなった。
「……わざとだな」
『ナンヤテ?』
噛み付かれて、それ以上追求されないようにサモンも巻き込んだに違いない。
ライズはため息を吐くと、再び指を鳴らした。
「まぁ、害はないしいいよ。ご苦労さん」
『ナンヤテー!?』
ワントゥースリー、の掛け声とともに、ぽん! と音を立てて女神ごとツボが消えた。




