遊び人は食事をとるようです。
ライズらは、サモンの提案で店に入って昼食を取っていた。
なぜかついてきた三バカもいるが、出かける前から疲れたライズはツッコむ気力もなくスルーする。
「『コーエキの街』から出ている乗合龍車を使うのはどないや?」
サモンは、運ばれてきた山盛りのポテトフライをつまみながら提案してきた。
それに対してライズが口を開くより前に、運ばれてきたトーフサラダを口いっぱいに頬張っているサラが答える。
「わひゃひはそれでいいわよ!」
「せめて口ん中のもん飲み込んでから喋れや」
守備範囲外の女性だからか、サモンは明らかにコンソメに対するより冷たい口調と目線を彼女に向けた。
ライズは自分のグラタンが運ばれてくるまでの間に、サモンのポテトを勝手に一つ失敬して口に放り込む。
揚げたてのポテトは厚切りの皮付きだ。
サクサクとした外側とほっくりとした中身の食感が素晴らしく、振りかけられた塩とピリリとしたスパイスの刺激を感じながら食めば、濃厚なポテトそのものの甘みが後からやってくる。
「幾らでも食えそう」
「いや俺んやからな? 何勝手に食うとんじゃ」
サモンはライズの手の届かないよう、自分の方にポテトの皿を引き寄せた。
その間にサラは、意外と素直に三下賢者言うことに従い、もぎゅもぎゅごっくん、とサラダを飲み込む。
「龍車なら歩くより楽だし、ぜひお願いしたいわね!」
「オレは歩く方が好きなんだけどな……」
歩くのは、何も考えずに頭空っぽでできるので、ライズの好きなことの一つだ。
「のんびりダラダラ行くつもりだったのになー」
「しゃーないやろ。お姫様連れてちんたらしとったら、面倒ごとに巻き込まれるかもしらんで?」
むしろ、連れて歩いている時点でもう巻き込まれているような気もするが。
天井を見上げながらアゴを指で掻いていると、グラタンが運ばれてきた。
いまだに表面がグツグツと煮たつそれを見ながら、チーズとホワイトソースの香りを堪能する。
「面倒ごとは、イヤだな……めんどくさいし……」
「それに乗合龍車使うなら、この先にある『チカクの森』を抜けるより、王都に戻ったほうが安全やし近いで」
「せっかく出てきたのに、戻るのめんどくさい……」
「なんでもかんでもめんどい言うなや!」
そうツッコまれても、ライズは特に堪えない。
めんどくさいものは、めんどくさい。
ただの本心である。
「龍車かぁ……」
龍車というのは、要は空飛ぶ宿屋のようなものだ。
かなり大きめの船のような箱を複数のワイバーンで吊るす乗り物で、国同士をまたぐような長距離移動に適している。
運ぶのが生き物なので休憩を挟む上にそれなりに揺れるが、速い。
飛んでいる間も、家具は固定されていて動かないし、蓋のついた飲み物や簡単な食べ物くらいなら口にできる。
「ていうか乗合龍車使えるなら、一人で帰れる気がするんだけど?」
そもそも不特定多数の客が使う乗合であっても割とお高いので、質のいい客しか基本的にいない。
ライズがそう疑問を口にすると、彼女は胸を張ってふんぞり返った。
「私、一人じゃ森を抜けれないのよね! 逆に王都に入るにも、専用の手形がいるけど持ってないし!」
「おい王族」
「一応、他国に無断で侵入したら色々問題になることだけは知ってるし、身分は明かせないわ!」
「じゃあデカイ声出すなや……」
サモンが指をくるりと回して『ナイショ話の結界』を張りながら、うんざりしたような顔をしている。
「つかそもそも、分かってんならこんなとこまで来んなや」
「すぐ帰るつもりだったの!」
「うぅ……耳が痛いです……」
ミートソースパスタを上品に口に運んでいたコンソメが、しゅん、とケモ耳をうなだれさせた。
「あ、いやコンソメちゃんは……」
とサモンが目を泳がす。
こうして一言余計なことを積み重ねるから、こいつは多分モテないのだ。
しかしコンソメはそこまで気にしていたわけではないのか、コロッと態度を変えてサラの方を向いた。
「でも、森を抜けれないって向こうの方にも関所があるんですか?」
ウェイトレスのスカートに開いている穴から伸びた彼女の尻尾が、パタパタと左右に揺れていた。
自分が街に入るのに、通行手形がなかったせいで危うく入れないところだったので、サラを仲間だと思っているのかもしれない。
サラはトーフサラダを平らげると、今度は鶏の手羽先に手を伸ばした。
甘辛いタレで照り焼きにしてあるそれは、炭火の香ばしい香りを漂わせている。
「一本ちょうだい」
「イヤに決まってるでしょ!? その前にグラタン食べなさいよ!!」
「猫舌なんだよ。熱いから冷ましてるの」
「さっきポテト食べてたじゃない!」
バレた。
「ナチュラルにしょーもない嘘つくなや……」
「龍の港は、そこしかないんだっけ?」
あっさり話題をそらしてみると、慣れているサモンは軽くうなずいた。
「せやな。『チカクの森』も、俺やお前なら安全やけど、コンソメちゃんには危ないんちゃうか?」
『コーエキの街』に向かう道がある森には、魔物が出る。
それに鍛えていないと方向感覚を狂わされたりもするので、素人さんの旅には向かないのだ。
だが、森を抜けないなら王都に戻って別の龍車に乗るしかない。
「てか、おサラ。森を抜けれないってのはなんなの?」
「そこはかとなく呼び方がバカにされてる気がするわね……」
「重力魔法が使えれば苦戦する魔物なんかいないと思うけど、あそこには」
『ゴキンジョの国』周りに出る魔物に比べると、この辺りの魔物はかなり弱い。
手羽先を、口の周りを汚しながらモグモグしたサラは、ペロリと口の周りを舐めてから質問に答えてくれた。
「あの森、ちょっと不気味じゃない?」
「そうかな」
「私、怖いのダメなのよね!!」
だから一人で入りたくないわ! というどう考えても極大にワガママな物言いに、ライズは軽く肩を落とした。
ずっとこの調子で一緒にいられたら、疲れる。
「というわけで、サモン」
「ゆーとくけど、俺一人で連れて行けとか言い始めても行かんからな」
「なんで分かったの?」
「何年付き合っとんねん」
やだ相思相愛、とか心の中でつぶやき、自分でくだらないなぁ、と思ってから。
ライズはさらなる交渉に乗り出した。
「コンソメもつけるから」
「む。……心が揺らぐ、が!」
サモンは悩ましげな表情をしてから、くわっと目を見開いた。
「それでもあかん!」
「何で?」
「……魔王の娘やで」
その言葉は、真剣そのものの危機感を帯びた小さな声だったが、その後に彼の心の声がはっきりと聞こえた気がした。
ーーー幾ら可愛くても手ぇ出されへんやろ、なんかヤバイ気ぃする。
サモンは、性格と女運以外は優秀な男だ。
本能的に何かを察しているのかもしれなかった。
「それに、お前は近くにおらんとまた別の女の子引っ掛けるかもせーへんしな!」
「ひっかけないけど……」
「その場におらんかったら、また俺だけ機会を逃すかもせーへんやろがい!」
「ムダだと思うけど……」
ナンヤテの加護のもと、赤い糸は断ち切られている。
それでもなお、サモンは諦める気はないようだ。
「てことで、お前の案は却下や。おとなしく全員で『コーエキの街』に向かおか」
「仕方ないね」
ライズはうなずいて、少し冷めたグラタンにフォークを突き入れた。




