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遊び人はパーティーを追放されました。


「王よ。我々はあの遊び人を追放します」


 魔王を倒して凱旋した勇者は、彼の横に並んだパーティーメンバーの端っこ、つまりこちらを指差した。


 謁見の間にいる全員の視線が、頭の後ろに腕を組んで話が終わるのを待っていた自分に一斉に向けられる。


「……え、オレ?」

「他にどこに遊び人がいるんだ、ライズ?」


 振り向いた相手は、額に青筋を浮かべていた。

 村を出た時から付き従った兄貴分である勇者ミーツは、筋骨隆々のヒゲダンディである。


 凄まれるとそれなりに怖い。


 対して睨まれている自分のほうはといえば、冒険についていって普通より鍛えられてはいるものの、細身の村人レベルの体格だ。

 割とボーッとしていると親しい奴には評価されるが、よく知らない奴からは『うさんくさい』『見た目ヤクザ』などと言われる。


 目つきが悪いかららしい。

 そんなライズは、ミーツが神託を受けて魔王を倒す旅に出るのについて村を出た。


 18歳の時だ。

 それから12年かけて魔王城にたどり着き、ようやっと倒した今は30歳になっていた。


「勇者ミーツよ。どういうことだ?」


 彼の英雄の素質を最初に見抜いた国の王は、威厳のある人物だがかなり気さくである。


 最初に知り合った理由も、正体を隠して街中に降りていた時にライズとカードゲームをして仲良くなったからだった。


「こいつはですね、王」


 額にビキビキと青筋を浮かべたまま、ミーツは問いかける王に目線を戻す。


「最後の最後まで遊び人のまま、魔王のところまで付いて来やがったんです」

「ふむ……? しかしその者は、この王国をそなたが訪ねた頃よりパーティーにいる仲間であろう?」


 王は、今度はこっちに直接問いかけてきた。


「なぜ、賢人の素質を開花させていないのだ?」

「んー」

 

 ライズは腕を解いて軽く頭を掻いた。


 人間は、生まれた時に何かの神の加護を受ける。

 ライズは、生まれた時から芸術と幸運の女神によって『遊び人』という加護を受けていたのだ。


 そのため少しだけ人より運が良く、遊ぶことや人を楽しませる能力に長けている。

 しかし、他に大した能力は持っていない。


 だが遊び人は、肉体を鍛えて素質を開花させることで、賢者や大魔導士といった存在になることが出来るのである。


 そのため、遊び人の多くは弱いまま苦難に耐えた後に【才能開花の神殿】へ向かうのだが。


「神殿にたどり着いた時には、十分な練度はあったのだろう?」

「あったっすね」

「なぜならなかったのじゃ?」




「え〜……めんどくさかったんす」




「めん、ど……?」


 素直に答えると、王はポカンとした顔をした。


「そう!」


 ミーツは、もう振り向きもせずにブルブルと肩を震わせて、王に向かってまくしたてた。


「こいつは、訪ねた日に【才能開花の神殿】がたまたま休みだったという、ただそれだけの理由で! 『めんどくさくなったからもういーや』と! そのまま先に進んだんです!!」

「なんとまぁ……」


 王がこっちを見て呆れた顔をするのに、ライズは軽く肩をすくめた。


「まぁ、世の中そんなもんじゃないかと」


 ちらりと横に立つ仲間たちに目をやると、いくつかの白けた視線が返ってきた。

 どうやら、同意は得られないようだ。


 ミーツは怒りの滲む声で、さらにライズが旅の間にやっていたことを暴露していく。


「それからは遊び呆けてばかり! 戦闘では逃げ回って無傷! しまいには人が戦ってる横で踊り出す! あげく美味しいとこばっかり持っていく! こんな奴に魔王を倒した報酬を分けるなんて冗談じゃないんですよ!!」

「兄貴、ちょっと言い過ぎじゃね?」

「この程度じゃちっとも言い足りんわ! このアホタレが!!」


 ミーツの怒鳴り声に、仲間たちは一斉にうんうんとうなずいた。


「ということで王。追放です。荷運びとして役に立ったので、俺からその分の報酬だけ支払ってあります。それでおしまいです」

「むぅ……ライズよ、それは本当の話なのか?」


 一応仲が良いからか、まだ疑わしげに困った顔をしている王に、ライズはうーん、と腕を組んだ。


「まぁ……間違ってはいないすね」


 ミーツは何一つとしてウソは言っていない。

 返事を聞いた王は、額に手を当ててため息を吐いてから、一つうなずいた。


「では、そなたには報酬はなしだ。追放がどうとかはそちらに任せるが、祝祭のパレードからは外そう。それで良いのじゃな?」

「あー、はい。いいっすよ」


 別に食べるのに困っているわけではない。

 ミーツから荷運びの報酬はすでにもらっているので、むしろラッキーだろう。


「てことで、お前は追放だ。とりあえず出てけ。じゃーな」

「うっす」


 ライズはしっし、と手を振るミーツに適当に答えてから、あくび交じりに頭を掻きつつ謁見室を後にした。


※※※


 そのまま宿に帰ってもう一度ぐっすりと眠った後、昼過ぎにダラダラと起き出したライズは支度を整えた。


 自分の荷物を前にパチン、と指を鳴らすと、荷物が消える。


 遊び人が高い練度を得ると手に入る上位奇術の一つ『隠しポケット』と呼ばれる術だ。


 重さを無視してモノをどっかに隠すことができて自由に取り出せる。

 どこにあるのかは自分でも知らない。


 ミーツの言っていた荷運びというのは、この『隠しポケット』でいっぱい荷物を持ってあげたことを指しているのである。


「ふぁ……」


 寝ぐせのついた頭を手で触りながら、いつもの通りに少しだらしない服装で宿を出た。


 料金は前払いなので、呼び止められることもない。


 勇者のパレードでごった返す人混みの中でホットドッグとオレンジジュースを買ってモグモグしながら、大通りのそばにある建物の一つを選んで壁にもたれた。


 ライズはそのままボーッと待ち、巨大な龍車に乗って大通りを練り歩く仲間たちの姿を見る。

 最後にピー、と指笛を鳴らして見送ってから、とある居酒屋に向かった。


「あ、いらっしゃいま、せ?」

「ん……?」


 無愛想な店主しかいないはずの店に、とても可愛い女の子がいた。

 思わずマジマジと見つめると、少しこわばった顔で、ヒッと声を上げられる。


 明るい茶色の瞳に、抜けるような白い肌。

 たれ目気味の目もとは左に泣きぼくろがあり、真っ白な髪の隙間からぴょこんと伸びているのは、ケモノの耳だ。


 ウェイトレスの格好をしていて、エプロンを押し上げる華奢(きゃしゃ)な体に似合わない豊かな胸元の前で身を縮こめるように手を重ねていた。


「獣人……?」


 王都では珍しい相手である。


「おい、うちの日雇い脅してんじゃねーよ」


 少女が固まって動かないのでそのまま見つめあっていると、カウンターの奥から野太い声が飛んできた。


 見ると、刀傷で潰れた片目に眼帯をした顔なじみのマスターが奥から顔を覗かせている。


「脅してないっすよ。入ってきたら固まられただけっすよ」

「目つき悪ィからだよ。直せ」

「あー、うん」


 なんか無茶なことを言われた気がしたが、めんどくさかったのでうなずいておいた。


「ま、マスター? この人は……」


 獣人のウェイトレスが口を開くと、その口から高く澄んだ声が発される。

 外見通りに明るさを感じさせる声だ。


 マスターは、そんな彼女におざなりに答えた。


「ああ、コイツはいいんだよ。勇者パーティーの一人だ」

「え?」


 ウェイトレスは大きく目を見開く。

 まぁ、自分がそう見えない自覚はあるのでそんな反応も特に気にしない。


「そう、なんですか?」

「一応はね」


 今朝がた、追放されたばかりだが。


「失礼しました!」


 ケモノ耳の白髪少女はぴょこん、と頭を下げて、準備に戻っていく。

 お気になさらず、と思いながらパタパタと可愛らしい少女を軽く目で追っていると、マスターがまた声をかけてきた。


「ライズ、そこらに座っとけ。そんであの子を見るな」

「えっと。なんでっすか?」

「目線がエロいからだ。獲物狙う肉食獣みてーな目ぇしやがって」

「そんなつもりカケラもねーんすけど……」

「うるせぇ、見た目ヤクザが」


 あんたの方がよっぽどそれっぽいだろ、という言葉はめんどくさいので飲み込んだ。


 目つきが悪いのは生まれつきで、別に望んでなったわけではないのだけども。

 ライズは軽く肩をすくめると、邪魔にならないように隅っこのイスに座って寝始める。

 

 しばらくして周りがガヤガヤし始めたので目を開けると、勇者パーティーの仲間がいた。


「お疲れ。王城での晩餐ばんさん、終わった?」

「おう、肩がったぜ」


 ライズはミーツの言葉にうなずいた。


「ったく、一人だけ逃げやがってよ。茶番がバレねーかとヒヤヒヤしたじゃねーか」

「王様、人がいいからねー」


 あまりにも人がいいので、カードゲームでも散々勝たせてもらったのだ。

 肩に手を当てて首を回すミーツから目を逸らして時計を見ると、どうやらさらに4時間近く寝ていたらしい。

 

 自分でも寝すぎな気がする。

 今から、パーティーメンバーだけで本当の凱旋祝いが始まるので、そろそろ起きておくほうがいいだろう。


 ライズはうーん、と背中を伸ばしながら、ミーツとの話を続けた。


「それに、ウソは言ってないしね」

「言わないように言葉を選んだんだろうが。お前がめんどくさいからパレード出たくないとかワガママ言うからよ」


 なぁサモン、とミーツが笑いながら声をかけたのは、パーティーの初期メンバーの一人だった。


「文言は俺が考えたんやけどな。ライズ、仕事料払えや」

「ヤだ」


 賢者の職についている彼はサモンという名前で、彫りの深い顔立ちの美形である。


「おま、ちょっとは感謝しろや!」

「なんで?」


 

 別に自分からコイツに頼んだわけではないのに、報酬を支払う必要は感じない。


 サモンは、非常にノリが軽そうなカンセー地方出身の三下っぽい男だ。

 そこそこランクの高い魔術師のローブを身につけているので、今は多少そういう本質は隠されているが、肩まで伸ばした茶色い髪は軽く天然パーマで、外側に向けてツンツンと跳ねている。


 そして割と背が低い。

 彼は元々モンクだったが素質を見出されて賢者になった、ライズと同い年の悪友である。


 要は強く賢く顔がいいのだが、そのほかが色々残念な男だ。


「まぁ、王様含めた全員、事実を知ったら腰抜かしそうやんなぁ」


 そんなサモンは、ライズの対応を特に気にした様子もなくすぐに話題を変えて、クックック、とおかしげに喉を鳴らした。




「ーーーまさか、遊び人が魔王を倒した、 なんちゅーハナシ知ったら」




 そう。


 遊び人は、芸人として以外にその道を極める奴がいなかったので、全く知られていない数々の能力があった。


 遊び呆けていたのも、逃げ回って無傷なのも、踊っていたのも、美味しいところを持っていったのも嘘ではない。

 ただ、それらが全て遊び人の戦闘能力をフルに活かして仲間を助けていたことを、『聞こえが悪く』言っただけで。


 最後も、魔王が出してきた奥の手である『最強の三連攻撃』をミーツとサモンが受け切り、運良く(・・・)死角に飛び込んだライズがトドメを刺したのだ。


 そりゃ一番美味しいところを持っていった、と言われても仕方がないのだった。


「お前は、これからどうするんだ?」

「兄貴たちは?」

「何人かは王国に残る。一応住む場所とかもらえるらしいしな……そろそろ、俺も待たせてる女と身を固めんといかんし」


 ミーツが照れ臭そうにそう口にするのに、ライズはサモンと目を見かわしてニヤッと笑った。


「ああ、フォクさんか」

「いい仲になっとったしなぁ。ちゃっかり約束しとるとか、兄貴は抜け目ないでホンマ」


 フォクというのは、旅の途中で救った貧乏貴族の令嬢だ。

 娼館に売られそうになっていたところを、一目惚れしたミーツが私財を投じて助けた儚げな美人である。


 助けたついでに、フォクの家が没落する原因になった貴族を成敗したら魔族だった、などということがあったりもした。


「サモンは?」

「俺は田舎帰ろうかと思っとったけど。お前がどっか行くならついていくで」

「んー……」


 別に先のアテはないのだが、ライズは適当にブラブラしようと思っていた。

 すると、ミーツが一枚の封筒を差し出してくる。


「特に予定がないなら、一つ頼まれごとをしてくれ」

「どんな?」

「この封筒をフォクに届けて、彼女が承諾したら王都まで送り届けて欲しいんだよ」


 ミーツ自身が迎えに行きたいが、その時間を使って王都でフォクが不自由しない環境を整えたいらしい。


「フォクに、結婚の約束と承諾はもらってるんだ。だが、魔王退治が終わった時に気持ちが変わっていたらやめておこう、と言っていてな」

「へー。彼女持ち爆ぜろ」

「まぁ、いつ死ぬかも分からんかったしなぁ。彼女持ち爆ぜろ」


 ライズが差し出された封筒を眺めながら言うと、横でサモンがうんうんと頷いた。


「黙れ童貞ども」

「やかましいっすわ! 好きで童貞ちゃいますわ!」

「オレは違うんだけど」


 ミーツは腕を組むと、鼻を鳴らした。


「どっちでもいいが、昨日それなりに荷運び代も渡したし、パレードや晩餐を免れただろうが。ちっとは働け」

「えー……めんどくさい。もうパーティーも追放されたし」

「どうせ暇なんだろうが?」


 ずいっとミーツが髭面を突きつけてきて、ライズは思わず体をそらした。


 目がちょっと笑っていない。

 ライズは口元を引きつらせながら、両手をあげた。


「あー、分かった。だからちょっと離れて。むさ苦しいから」

「ぶん殴るぞこの野郎」


 断るのもめんどくさくなったライズが渋々うなずくと、ミーツはニヤッと笑って封筒を押し付けてきた。

 

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