1剣嫌いな王子
英雄の国ザハトスの王都、アルフェン。ザハトスは決して大国と呼べるような国ではないがアルフェンは活気に溢れ、人々の生活水準も極めて高かった。それは、かの魔導国家にも引けを感じさせないほど街中に魔導具が多用されていたことに起因するだろう。しかし、英雄王として知られる初代ザハトスの王が武技に秀でていたこともあり他国から剣技の国として認識され、国民たちも剣至上主義であった。
「じぃじ!じぃじ!」
王城の裏庭にそびえる魔術塔の書庫で幼い声が響く。
「どうされました、レイ坊っちゃま」
宮廷魔術師筆頭であるバイスが応える。
「この前の話の続きを聞きに来た!」
「左様でございますか。しかし、狩の方はよろしいのですかな?またお父上に怒られてしまいますぞ?」
ザハトスの貴族の子供達は王都にある林でホーラビットなどの低級魔物を剣のみで狩って遊ぶのが習わしである。特に王族であるレイが狩りをせず塔で魔術に関心を抱いていることは王マトゥールにとっては頭の痛い話であった。
「うぅ、でも、でも」
ジャルージがいる。レイが剣技を嫌い、魔術に没頭したのはジャルージの存在が大きい。貴族の子達は幼年学校で王国騎士に剣術を習い、卒業すると林へ入る許可が出される。レイが同期の子供達と一緒に初めて林に入った時、通常種より一回り大きいボールネズミが現れた。大きいといってもボールネズミは低級の中の低級、攻撃、ましてはやられるなんてことはまずありえなかった。背中が鱗で出来ていて危険を察知すると丸くなる臆病なネズミのはずであった。初めての獲物であるボールネズミを王子であるレイに、周りの子供達は当然のように譲る。レイも意気揚々に斬りかかった。しかし、刃が全く通じなかった。通じないだけでなく、跳ね返され、レイはよろけ、さらにボールネズミの体当たりもろに食らった。周りの子供達は驚き怯えながらも主である王子を守ろうと足を踏み出そうとしていた。そこに現れたのがレイの腹違いの兄、第3王子ジャジールであった。ジャジールは躊躇もせずボールネズミを一撃で斬り伏せた、まるで空気でも切るかのように軽々と。
「ボールネズミに負けるやつなどこの世にいたのか、しかもそれが我が弟だとは。お前はこの国の恥だ。」
住む館の違うジャジールとは全く話したことのないレイにとってその言葉はとても重いものだった。
その後、レイがボールネズミに負けた噂は王都に広まり父からは失望され、周りの子供からは軽く扱われるようになってしまった。唯一、第1王子のドルスだけはどんなに失敗しても諦めないことが大切だと励ましてくれた。しかし、レイはそれ以来、狩ではなく魔術塔に通うようになった。林に行くたびにジャジールにドヤされ、他の子供達から馬鹿にされる。そんな日々から救ったのは魔術だった。レイは決して剣の才能がない訳ではなく、むしろ常人よりは優れていた。しかし、周りからの声により、自分には剣の才能がないと自己暗示にかかっていた。剣が上手く扱えなくなる一方で、魔術は嘘のように上達して行った。さらに、じいじ、バイスは面倒見が良く、魔術を熱心に教えてくれた。そして今に至る。