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「いやああああああ!!」

女性の悲鳴が響くと同時に、バチン、と、痛そうな音も聞こえました。はっと目を開けると、ガレン王子がのけぞり、頬を抑えています。私は考えるより先に手が動き、握っていた椅子でガレン王子の頭を殴りつけました。

「何なのこの人!急に、こんな、不躾な・・・この、変態!恥知らず!」

寝台の上に伸びてしまったガレン王子から逃げるように、身を滑らせて私の隣に立った人がいました。

「・・・姫様?」

60年前、この方は私よりも少しだけ背が高く、わずかに目を上げるようにしてお話ししておりました。今では私の方がずっと背が高く。そのつむじが見えてしまうほどです。

「・・・ええ、そうね。そうでした。私はグウェン国第一王女、モネ=カルタナ=イシュリア・・・ちゃんと覚えています。」

姫様の青い瞳が、私に向けられました。

「で、この人は何?あなたの主?少しは止めなさいよ。主君の恥は臣下の恥。諫言も臣下の重要な務めでしょう?」

 私は気が動転したままでしたが、慌てて寝台の布を咲き、気を失っているガレン王子を拘束しました。一刻も早く、ここを逃げ出さねば。

「姫様。事情は後ほど説明いたしますので、ひとまずここを離れましょう。」

手を差し伸べると、姫様は素直に私の手を取りました。小さく、柔らかな手。昔、こうして手を握ったことはあったでしょうか・・・それどころではありません。来た道を戻ると、ガレン王子の側近に見つかり、不審がられる恐れがあります。別の脱出経路を探すしかありませんが、あまり時間がかかってはガレン王子が目を覚ましてしまう・・・

 とにかく、と開けたとびらの先は、バルコニーでした。

「あら・・・素敵。」

暮れ始めた陽の光を浴び、バルコニーに咲き乱れたバラの花は、それぞれ違った輝きを放っていました。あれほど恐ろしく見えたはずのイバラの蔓も、柔らかく、安らかな様子でバルコニーの手すりにもたれかかっています。まるで、自らの役目を終え、安堵しているかのように・・・

「ねぇ、あの鳥は何というの?あの山を越えていくの?あの山の向こうには何があるの?」

姫様は子どものようにはしゃぎ、せわしなくあちらこちらへと指を向けています。

「・・・あれは、オボロガラスですね。あの山に巣があるのでしょう。あの山の向こうには、大きな国があります。とてもとても大きな・・・」

姫様は一層興奮した様子で、私の袖を引いてきます。

「あなた、随分博識なのね。ねぇ、もっと色々聞かせて下さる?私、忘れてしまったの。思い出してる途中なの。本当はもっと、沢山のことを覚えていたはずなのに・・・」

「あの、姫様。お答えしたいのは山々ですが、少し場所を変えたく思っております。何とかここを出て、追手から逃れなくては・・・」

「それもそうね、あの男、もう顔も見たくない。」

姫様は目を閉じ唇に指を寄せると、しばらく何かつぶやきながらお考えのようでした。

「・・・そうね、試してみます。」

ふわりと目を開いた姫様は、そっとイバラのつるに手を置くと、小さく―私の聞き間違いでなければ―

「お父様。」

と呟かれました。そして、イバラのトゲの一つを、指先で軽く触れました。

 するすると、塔を取り巻くイバラがほぐれ始めました。やがてそれは姫様の前に集まると、互いに絡み、編み込み・・・やがて大きな籠の形を取りました。

 姫様は躊躇うことなくその籠に足を乗せると、私を手招きしました。私が乗ると姫様はもう一度イバラに触れ、籠は大きな掌のように我々を包み、ゆっくりと下降を始めました。「姫様。」

「何かしら?」

「御足は痛みませんか?」

姫様はお目覚めになった時からずっと、素足でした。そしてそのまま、イバラの籠に乗ったのです。

「大丈夫です。むしろ、心地よいくらい。」

「左様でございますか。何か不足はございませんか?」

「いえ、特には。」

「・・・姫様。今から南へ向かい、川を渡ろうと思います。南の国、ラカタ国へ・・・よろしいでしょうか?」

「あら、楽しそうね。」

姫様は、鈴を転がすような笑い声を上げました。

「私、ラカタ国のこと少し覚えています。地理書や史書で・・・でも、一度も行ったことがないはずなの。ぜひ連れて行ってください。」

「かしこまりました。では、早速参りましょう。」

籠が下りた先は、開けた野で、柔らかな草が生い茂り、バラだけでなく、様々な小さな花が咲き乱れていました。姫様が再び目を輝かせ、私に何か聞きたそうに袖を引きましたが、構わず手を取り、走りだしました。

「姫様、お約束します・・・落ち着いたら、色んなことをお話しして差し上げます。どんなことでも、お答えします・・・このイバラの塔と、春の野に誓って。」

「ありがとう・・・私、信じてますから。」

振り返らずとも、姫様が笑っていらっしゃることが分かります。ほんの少し、手を強く握りあって、私たちは、春の野を駆け抜けたのでした。

最後まで読んで下さってありがとうございました。

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