お姫様の誕生日会
「眠り姫」をモチーフとした物語です。
三歳の時の記憶なんて、あってないようなものだけれども、その日起こった出来事は燦然たる輝きを放って、私の中にしっかりと残っている。
そう、その時、とても眩しかった。西向きの窓から刺す黄金の夕日、幾つもの燭台が立てられたシャンデリア、そして、その光を受けてきらめく金銀の食器、硝子杯。翠、藍、朱・・・虹色に輝く貴婦人の首飾りに耳飾り、腕輪に指輪。せわしなく動いては光を弾き返す、金管楽器。そうして三歳の誕生日を盛大に祝われている私は、とても眩しくて退屈で、眠たくってたまらなかった。けれどもうつらうつらすると客人に笑われてしまうものだから。必死で薄目を開けて踏みとどまっていた。
はっきり思い出せているように感じるけど、実際は父母や付き人達に何度もこの日の事件を聞かされて、そこから生まれた想像がこの日の記憶を肉づけているのだろう。私が本当に覚えているのは、眩しかった。眠かった。その二つだけなのかもしれない。
私が眠気と戦っているうちに、招かれた三人の「偉大なる魔法使い」からの祝福を受ける時が来た。一人目の魔法使いは、
「あらあら、なんとまぁ可愛らしいお姫様。こんなに愛らしいのでしたら必要ないかもしれませんけど・・・バラのように気高き姿、穂波のように輝く金の髪、勿忘草のように可憐な青き瞳。この世の全ての美しきものを、この姫を讃える為に捧げよう。」
と唱え、私の頭の上で杖を振った。
二人目の魔法使いは、
「どうしましょう、賢き父王様、優しき母妃様の御子様ですもの。必要のないことかもしれませんけど・・・千尋の海より深き智慧、千畳の森より広き御心、天翔る星より高き志。この世の全ての言の葉を、この姫を讃える為に捧げよう。」
と唱え、私の頭を軽く杖で叩いた。
三人目の魔法使いは、
「さてはて、いかが致しましょう。考えていた言祝ぎを、全て取られてしまいました・・・柳のようにしなやかに、欅のようにほがらかに、樅の木のように健やかに・・・どうぞ姫様、お元気に、長生きなさって下さいませ。」
と唱え、私の頭を軽く杖で撫でるようにした。
そして父王が三人の魔法使いに礼を述べようとしたその時、俄に一陣の黒い風が舞い込んだ。
「あなた達、本当にダメね。何も分かっちゃいないんだから。」
黒い髪、黒い瞳に黒い衣。影絵のように真っ黒なその人は、周囲のざわめきをよそに片手を振り上げた。すると次の瞬間、三人の魔法使いの杖はふわりと宙に舞い上がり、その手に集まった。
「あなた達は魔法の何たるかをちっとも分かってない。魔法とは願いであり、欲であり、その人そのものだというのに。ちょっとそこで見てなさい。私が手本を見せてあげる。」
そういうとその漆黒の瞳で私の目を真っ直ぐ見据えた。
「だ、誰だ!この不届き者め・・・!」
父王が叫ぶと、
「私?私は名無しの魔女。私が誰かなんて、どうでもいいじゃない・・・ちょっと静かにして下さる?私がお話したいのはこちらの姫様なの。」
と言って、名無しの魔女は三本の杖を父王に向けた。途端に父王は硬直し、陸に揚げられた魚のように口をパクパクさせるだけとなった。
「さて・・・初めまして、小さな小さなお姫様。三歳のお誕生日、おめでとうございます。先の三人の魔法使い、本当に失礼な方でしたね。あなたのお考えを聞こうともせず、勝手に願いを決めつけて、魔法をかけて。でもね、姫様。ご安心下さい。私はそのような無礼なこと、致しませんから。さあさあ姫様。あなたの願いは何ですか?」
目が痛む程まばゆい光の宴の中で、その人の黒く静かな瞳はとろりと優しく、柔らかく、安らかだった。あぁ、眠りたい。暗く、深く、静かな闇に抱かれて、こんこんと眠り続けたい。
「あらあら、姫様はおねむでしたか。お可哀想に。こんなに眩しくてやかましい所で、お休みになれなくて辛いんですね。」
名無しの魔女は黒い瞳を丸くして、片手で三本の杖をくるくる回して弄んでいた。
「それでは早速・・・眩しき太陽、騒ぐ風、巡る星々、欠ける月。さあ、目を閉じましょう。あなたはあなたの世界の王。目を閉じて、暗く、静かな、永遠に紡がれるあなただけの世界へ・・・きゃっ!」
私に触れようとしていた、三本の杖が急に弾け飛んだ。名無しの魔女はとっさに床を蹴るとすいっと飛び上がってシャンデリアに乗り移り、杖を奪い返した魔法使いを睨み下ろした。それは三人のうち、私に長寿の魔法をかけた一人だった。
「詠唱の邪魔をするなんて。あなたも魔法使いの端くれでしょう?それがどれだけ危険な行為か分かっているの?」
「永久の眠りは死と変わらぬ。そのような恐ろしい魔法、決して姫様には・・・」
「何よ、私のこと人殺しとでも言いたいの?本当に失礼な人。でもね、残念でした。私はあなた方なんかよりずうっと優秀な魔法使いですから、この程度の邪魔、なんてことないの―ごめんなさいね、姫様。とんでもないお邪魔虫のせいで、今すぐお眠り頂けなくなってしまいました。けれども、必ずその時が来ます。ほんの少しの、きっかけさえあれば・・・では、さようなら。」
名無しの魔女はひらひらと手を振ると、また一陣の黒い風となって消えてしまた。
止まっていた時の流れが急に動き始めたかのように、固まっていた人々は突然動き、騒ぎ立て、母様は私をきつく腕に抱き、父王はさらに私たち二人を抱きしめた。荒い呼吸が耳元にうるさかった。私は、いつになったら眠れるのだろうかと、あくびをこらえた。