第一話 『悠久の終焉』
「ん....」
目が覚めた、と言う表現が正しいかどうかはわからない。
俺には眠った覚えがないが、気が付くとそこは見知らぬ暗い部屋のベットの上であった。
「どこだここは...?」
独りごとを呟く。もちろん返事は返って来なかった。
どうやら寝室にしては広すぎるこの部屋に居るのは自分だけのようだ。
「誰か居ないのか!」
声を張り上げる。返事は無い。
やはり誰も居ないのだろうか。
頭が混乱している。この状況を理解する事が出来ない。
考えろ。考えるんだ。
...そうか。俺は奴隷として売られたのか。
いや。そんな記憶は無い。
仮に奴隷として売られたのであればこんなにも丁重な扱いを受けているはずが無い。
それに俺は何かとても大事なことを忘れている気が...
と、そんな思考を巡らせていると一つのランプが目に入った。
優しく火が灯り、この暗闇を照らしている。
「火が着いている...誰かが居るのか?」
間違いない。俺はランプに近づく。
蝋燭はそこそこ新しい物だ。少なくとも一日は経っていないだろう。
ならば一日以内にこの部屋に入った者が居るはずだ。
「...探してみよう。」
このままでは拉致が明かない。第三者の口から今の俺の状況を確かめなければ。
そう考えるとすぐに俺は片手にランプを持ち、部屋の扉を探す。
ふと自分の召し物に目がいく。そういえばこの着物も随分と高価な様子だ。
部屋の広さやインテリアからも察するに、ここはお屋敷か何かなのだろうか。
ベットから一番離れた場所に扉はあった。
ノブに手をかけると鍵は開いているようであった。
俺は躊躇なくドアを開け部屋の外へ出た。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
扉を開けるとそこは長い廊下だった。
廊下に沿っていくつもの部屋の扉が並んでおり、一番向こうの突き当りは下りの階段になっていた。
逆を振り向く。
そこにも廊下といくつもの扉、そして突き当りには上り階段がある。
「めちゃくちゃ広いなこれ...」
溜息と同時に言葉がこぼれた。
人を探すにしてもこれではどこから探せばいいのかわからない。
そんなことを言っていると、不意に階段を登る足音が聞こえてきた。
俺はやっと人と会える期待をすると同時に身構えた。
どんどん足音が近くなる。
そしてついに足音の正体が姿を現した...のだが...
「あ、あ、主さまぁ!!」
大きな声と共に俺のもとへ駆け寄って来たのは年端もいかぬ少女であった。
「主様!遂にお目覚めになったのですね!わ、私、このまま一生主様がお目覚めにならないのかと思い、心配で心配で...。でも、と、突然今日お目覚めになられるなんて...私、びっくりして...」
少女はかなり興奮した様子で俺に話かけてくる。
主様?俺が?この娘の?
ますます頭が混乱する。ありえない。
そんな俺を側に謎の少女は言葉を止める気配を一向に見せない。
「主様が眠りに就かれてからロヴトベルクも大きく変わってしまいました...。我々の力ではこの城を守り抜くのが精いっぱいで...。で、でもでも!主様がお目覚めになったのですからそんなの関係ありませんよねっ!またこの国も昔のように...」
何を言っているのかわからない。
それにこの娘には角がある。
角だけじゃない。蝙蝠のような二枚の翼に先がスペードマークの形の長い尻尾が着いている。
人じゃない?いや。
俺は知っている。こいつは魔族だ。
「...って、どうしたんですか主様?お疲れしたような顔をしておられますが...」
娘が喋りかけてくるが、そんなもの頭に入ってこない。
どうして俺はこの娘を魔族だとわかったんだ?
他のことは何もわからないのに...。
「.....っ!」
ここで俺は一番重要な事に気が付いた。
なぜ今まで気づかなかったのだろう。愚か極まりない。
「俺は.....誰だ?」
俺は自分が誰なのか、今まで何をしていたのか、それさえ覚えていないではないか。