04 旅の道連れ
村を出た桃太郎は、しゃくしゃくと丘の小道を下っていた。この先どんな困難が待ち受けているとも知れないのに、足取りは軽かった。
「鬼ヶ島とはどういうところだろう?舟で渡らなければならないと聞いたけれど、そういえば僕は海を見たことがない。海は川よりもずっと大きいとおじいさんが言っていたけれど、舟で浮かぶときっとぷかぷかして楽しいのだろうなあ」
と、半分観光気分であった。
旅行先で浮かれている者はカモにされやすい。しかし旅慣れていない桃太郎はそんなことは知らなかった。
「おや、こんなところにサルが倒れている。どうしたんだろう?」
近づいてきた人をちらりと見やると、サルは横になったまま腹の辺りをおさえて言った。
「うう、オイラここ3日何も食べてなくて……もしよければ何か食べ物を恵んでほしいんだけど」
「それは大変だ!僕の黍団子を分けてあげよう」
桃太郎は腰の巾着からひとつ黍団子を取り出し、サルに差し出した。
「どうも…ありがとよ!」
するとサルはガバッと飛び起き、巾着のほうをかすめとって走り出した。
「あっ、そっちはだめですってば!」
サルは猛スピードで走りながらほくそ笑んだ。
「へへっ、こんな簡単にひっかかるやつは久しぶりだ。あいつ、とんだお人好しだぜ」
「たしかに、僕もちょっとうかつでした」
「んっ!?」
気がつくと、サルは首根っこをつかまれて宙ぶらりんの状態だった。
「元気そうなのでこれは返していただきます」
桃太郎はサルの手から黍団子の入った袋を取り上げる。
「あんた、何もんだよ。人間のくせにやけに瞬発力がいいじゃねえか」
「僕は桃太郎といいます。わけあって鬼退治に向かうところです」
「鬼退治だって!?」
サルはすっとんきょうな声を上げた。
「何だってわざわざ死にに行くような真似すんだ?…わかった、金だろ」
サルは思ったことは口にするタイプだった。
「そうですね、否定はしません……でも僕はお金よりまんじゅうのほうがいいです」
「そうか、うまいものもくれるのか!」
サルはちょっとの間考え、
「よし、オイラもあんたについてくよ。その代わりほうびも山分けな」
「えっ、いっしょに来るんですか?危険ですよ……」
「大丈夫、オイラが何もしなくてもあんた強そうだし」
「役立つ気は、ないんですね」
無理やり仲間になったサルに、桃太郎は黍団子をひとつあげた。
またしばらく歩いていくと、今度はイヌに出会った。
「これは食べ物の匂い、そしてろくでなしのサルの臭いだな」
「おや、君たちはお知り合いなんですか?」
「というより、宿敵だな。そいつがしょっちゅう悪さをはたらくから、私はこうして見回りをしていたんだ。おい猿公、今日こそこらしめてやる!」
「けっ、いい度胸だな犬っころ!」
サルは歯をむき出した。
「へえ、犬のおまわりさんというわけですか」
桃太郎はのんきなことを言っていたが、サルとイヌが今にもどんぱちやり始めそうな体勢になっていたので、慌てて仲裁した。
「僕はこれから鬼退治へ行くところなんです。このサルさんは、自ら協力すると言ってくれたんですよ。別に悪いことしてないんで、今日のところは一時休戦にしませんか?」
「鬼退治に協力?この猿公が?」
イヌは思い切り疑り深い顔をしたが、しまいにはフンと鼻をならした。
「どうせ何かたくらんでいるに違いない。よし、私も同行しよう。こいつがよからぬことをしないように、見張っておかなければ」
「えっ、君も来るんですか?ふたりとも仲悪いんですよね?……」
ぎすぎすした旅路を想像し、桃太郎は憂鬱になった。
「あんたの言いたいことはわかる。だが正義の推敲とはときに犠牲を伴うものだ」
なんだか腑に落ちない気持ちだったが、桃太郎は仲間になったイヌに黍団子をひとつあげた。
またしばらく歩いていくと、今度はキジに出会った。
「これは珍しい、サルとイヌが仲良く行軍してるぜ!」
サルとイヌとの双方からぎろりとにらまれ、キジは少し首を縮めた。
「ちょうどいい……あ、いえ、僕ら鬼退治に行くところなんですが、よかったらあなたも一緒に来ませんか?今ならサービスで黍団子がひとつついてきます」
桃太郎はこのキジをぎすぎすパーティの潤滑剤にしようと勧誘を試みた。
「お生憎様。オレ、これからデートだから。何が悲しくてこんな男連中と鬼退治なんてしなくちゃいけないわけ?冗談きついって!じゃ、サイナラ」
そそくさと行こうとするキジの両翼を、サルとイヌがガシッとつかんだ。
「わわっ、何すか何すか?!」
「なあ、女の子とのデートと世界平和、どっちが大切だと思う?」
「え、そりゃもうデー…」
「もう一度チャンスをやろう。翼とデート、どっちが大切だ?」
「いたた…も、もちろん翼に決まってるじゃないすか、あはは……」
ちょっと強引だったかなとは思いつつも、桃太郎は新たな仲間が加わるのを喜び、黍団子をひとつやった。
「まさかこんなに賑やかになるとは。でもやっぱり、話し相手がいると旅は楽しくなるのだなあ」
と、やっぱり観光気分の抜けない桃太郎だった。




