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8・魔法術考察その1

「とりあえず本題に戻ろう」

「え、ええ、そうですね……」


 緑の魔結晶をしゃぶりながら満足げな表情をしているクエレブレ君の周りを似たような魔結晶で囲み、これ以上邪魔されないよう予防線を張る。その様子に父さんが凄い渋そうな顔をしていたが、仕方ないだろう。これ、下手すればそれなりの宝石に匹敵する価値があるらしいし。


「さて、まずはおさらいだ。俺……じゃなくてグレイキンが使える魔法術の属性は基本四属性+回復、闘法術、召喚、偽物(ぎぶつ)、木、錬金術、そして正体不明(アンノウン)と闇、あと銀眼だ。まったく、この俺、天才魔法術美少年クエレブレ・フォン・ヴォルケンゼルベリオスすら羨む才能の素質だよ。ちなみに、俺の生前の属性は基本四属性+闇+正体不明(アンノウン)だった。正体不明(アンノウン)は最後まで正体不明のままだったな」

「どちらも希代の天才魔法術士として歴史に名を残すことが出来るでしょうね。闇さえなければ」

「お黙りなさい」


 大体、闇って結構便利なんだぞ? 暗闇、すなわち『絶対に動かない』という性質から強度が弱すぎなければ炎と風の魔法術を完全に無効化できるし、夜どころか昼ですら使うと目立つ光の魔法術に比べれば隠密性も抜群。


「さらにこの俺、クエレブレ・フォン・ヴォルケンゼルベリオスは天才魔法術美少年であり、同時に科学者でもあった。ああ、科学っつうのは魔法術に頼らないで文化を発展させる学問の事で、今は錬金術の中に生きているだけっぽい」

「魔法術全盛期の時代にそんな学問が発達していたのですか?」

「まあ、半分お遊びみたいなもんだったけどな。でもおかげで雷の魔法術が使えない者でも水と氷の魔法術、あるは風と土の魔法術を組み合わせて使えるようになったり、偽物の魔法術の精度が向上したり、水の魔法術だけで爆発を起こしたり出来るようになったから、馬鹿に出来るもんでもないぞ」

「なるほど……そのカガクとやらの考え方をグレイキンにも受け継がせたからあんな規模の魔法術が娘にも使えたのですね」

「それもあるが、八割くらいはグレイキンの才能だな。魔力も俺の時代基準で基本的な大人の魔法術士と同等量だし、そもそも四歳児の時点で科学を理解するって俺の時代でも普通じゃなかったぞ」

「…………本当に、闇さえ無ければ」


 いや、だから闇だって結構使えるっての。誰も使わないから対処法なんか誰も知らないし、剣に纏わせれば間合いを狂わせられるし、他の魔法術に溶かし込めば遠距離操作だって可能だ。火山地帯で氷の宮殿とか作れるんだぞ。理論的には。


「それと、たまに夢の中で俺が体験していた事を見るらしい。俺の時代には今……というか、この地域とは異なる系統の文化が広まっていたし、その中には英才教育で使うような物もあった。夢っつうのは意外と子供への影響が強いもんだし、そこら辺もからんでるかもしれん」


 という設定だがな。けど、あながち間違いじゃない。魔法術っつうのは確固たるイメージが大切だ。いくら理論を知っていても実際に想像できなければ魔法術は使えない。

 逆に、想像が出来てもしっかりした理論(どうも自己流で構わないようだけど)が無ければ最低限の威力しか出せない。ここら辺も父さんに聞かないと。


「……まあ良いでしょう。娘がどんな夢を見ようと娘の勝手ですし、銀眼の持ち主は宿り手の経験を夢に見ることがあります。非常にイラ立ちますが、良いでしょう」


 ここら辺、理性で押さえてくれるから楽なんだよなー父さん。どうでもいいがここら辺とかそこら辺とか多用しすぎじゃね俺? 便利だから直す気はねぇけど。


「それで、ウチのグレイキンは今、どんな事が出来るんですか?」

「一応、触媒とか専門知識の問題で手を出せない錬金術と召喚、正体不明(アンノウン)、銀眼以外のどの魔法術でも最低中型魔獣の下位なら倒せるレベル。略式魔法術が使えれば万全状態のベロでも倒せると思う」

「…………ちょっと待っててください」


 そう言って父さんが現実からエスケープした。ふむ、こうなると二十分は戻ってこないよな……

 ……少しくらいは労うべきか。




 作業開始から三十分。

 父さんの意識がリアルに帰還。


「……お待たせしました、クエレブレ殿」

「おかえり。ほい、これ」

「…………なんですか、これは」


 なんですかって、見れば分かるだろう?


「偽物の魔法術で作ったペンダントだよ。前に少しだけ見た父さんの……ヴァルゲン子爵家の紋章を模ってみたんだけど、上手く出来てる?」


 前世で言うならばシルバーアクセサリだろうか。オシャレさんではなかったからよく分からんが、とりあえず銀色の魔結晶と金属を混ぜて頑丈かつ錆びにくくした鎖の先に回復の魔法術と同じ色彩の緑の魔結晶で作った一本の大剣(ツヴァイハンダー)と回復の魔法術を表す四つのひし形ダイヤの紋章を繋げてみた。本当はもう少し凝って鎖の部分はウロボロス(尾を食う蛇)っぽくしたかったんだけど、時間と魔力が足らなかった。


 って、そっちはどうでもいい。

 問題は紋章の方だが……


「うん。よく出来てい……ます」


 今、砕けて「よく出来ているよ」って言いかけたな。しめしめ。

 っと、そんな打算的な部分はともかく。


「よかった。いつも父さんには俺のせいで苦労かけてるから、その礼みたいなもんとして受け取って欲しい」

「…………」

「おい、なんだその非常に気まずげな表情。怒らないから今思ったことを素直に言ってごらん?」

「……付与の魔法術で回復の魔法術を付与すればカーバンクルを召喚する触媒になりそうだな、と」

「やっぱ返せ。もっと禍々しく凝った意匠に作り変えてケルベロスとかヘルハウンドを呼べるようにしてウチの番犬にしてやる」

「やめてください、洒落になっていませんから!」


 まったく、たまに人が善意を抱いたかと思えばそれを無碍にするような真似をしやがって……やはりグレイキンとして渡せば良かったか。


「……ありがたく、受け取っておきます」


 ちょいと気恥ずかしそうな顔に免じてグレイキンには告げ口しないでおこう。

 ところで。


「その、付与の魔法術というのはどんなものなんだ? 俺の知ってる付与の魔法術は特別な力を持った道具に魔法術を宿らせるという魔法術なんだが」


 どっちかってとソロに不向きなエンチャーターって方が馴染みあるけど、こっちの世界の魔法術の傾向と父さんの言葉を考えればこれくらいが無難かな、と。


「その認識で概ね合っています。正確には魔力を有する物質に対して発動中の魔法術を貼り付ける、という魔法術ですね。ただ、魔法術具と違って魔法術自体ではなく魔法術の規模に応じた属性を付与する、という形ですが。いわゆる人工魔導物を作るための魔法術ですね」


 なるほど。

 魔力が一定の形を取った時に現象として現れるのが魔法術だ。そして魔力の形はイメージに由来する。そんな魔法術だから、仮に一部を削り取られてしまえばそれは魔法術を構築する一つの要素でしか無くなってしまう。


 例えるなら、火矢か。火矢から火の部分を削ってしまえば矢にしかならず、矢の部分を削ってしまえばそこには火しか残らない。

 付与の魔法術とは、この『火』の部分。つまり属性を削り取って魔力を有する物質に付与する。という魔法術なのだろう。想像だが。でもそうでもないと属性だけを付与する、なんて不自然を解消する事が出来ん。


「ほぉ……ちなみに、父さんは使えるの?」

「ええ、まあ」


 だろうな。というか使えなかったら勝手に付与するとか考えなかっただろうし。


「他に使える魔法術ってあるの? 回復と召喚は知ってるけど」

「……普通、人間は三つも魔法術の適性があれば才覚者として扱われるのですが」


 あ、そうなの。


「母さんは?」

「フリスが使えるのは闘法術だけです。出力が常人の非ではありませんが」


 あー、そういや大型魔獣ぶった切ってたもんな。なるほど、一点集中タイプか。


「……グレイキンのデタラメな数の適性に比べれば大したことではありません」

「十二属性に加えて魔眼も持ってるしな。二代目魔王サリエス・ローチェスとやらの血が覚醒でもしたんじゃないか?」


 サリエス魔王って初代魔王……古代魔導文明を滅ぼしたらしい奴の孫って話だし、何千年もの時代を経ているのだからそろそろ隔世遺伝が重い腰を上げて仕事をしてもなんら不思議ではない。


「あ、そうだ。いっそのこと今代の魔王を打倒して新たな魔王にグレイキンを据えるってのはどうだ?」

「冗談じゃありません!!」


 ちぇ。今代の……というより六代前の魔王~今代の魔王は人間と敵対して戦争まで起こしてるっていうし、さくっと魔王を潰して魔族の王になり、手っ取り早くグレイキン=闇の魔法術使いの評判を上げ……あ、ダメだ。新たな敵対魔王として勝手に討伐されそうになる未来しか見えない。そんな事されたら大魔王と化して世界……というか、この星を支配するか滅ぼすけどな。


 この星の為にも魔王への道は諦めよう。


「冗談だ。まあ、今後魔王がグレイキンと敵対して、グレイキンが魔王殺しちゃったらその時は……」

「…………」

「え、何その沈黙」


 小説で例えるなら三点リーダーが四つくらい並んだな。いや、アニメと原作小説の比較から来る勝手な予測だけどな。


「魔王は……魔王は、魔王を殺した者が魔王となるのです。くれぐれも、くれぐれも魔王と敵対だけはしないでくださいよ。あなたが言えば本当にグレイキンが魔王を殺しそうだ」


 マジか。日本語で言えば文字通り襲名ってところか。こっちの言葉だと『名前を継ぐ』って感じの意味だから、漢字にするなら『継名』だな。なんか人の苗字みたいになってるが、どうせ使う事もあるまい。


「了解。ただ、あくまで俺はグレイキンの意思を尊重する。例えばグレイキンに親しい友が出来たとして、そいつが魔王に殺されてグレイキンが魔王に復讐すると誓えば、遠慮なく手を貸す」

「……なんでしょう、普通は魔王と関わる人生なんてそうそうありえないのですが、とても嫌な予感がします」


 安心してくれ、転生系の小説だと大抵魔王は打倒しない、もしくは打倒して和解するのが定石だから。魔王を倒すだけの物語なんて、もはや時代遅れなんだよ。


「その事はもういい。どうせ平行線になるだけだし、その頃には魔王が代替わりして危険が減る可能性もある」


 よくもまあ脱線するもんだよな。いや、それが会話っつうもんなんだけど。


「それより、父さんがフリーズした理由(わけ)。そいつを説明するぞ」

「そ、そうでした」


 そうでしたってあんた……まあ、頭ごなしに意味の無い否定ばかりする一般人より面倒が無くて良いんだけどさ。実は案外楽しんでるだろ、知識披露。


 ……そういや学者ですもんね。当然でした。


「今まで無視してきたが、父さんとクーメス、ナジェさんが魔法術を使う所を見ていて俺なりに問題を纏めてみた。すると、グレイキンの異常点が二つと俺由来の消失技術(ロスト・アーツ)二つが浮かび上がってきた。答え合わせは後で頼む」


 父さんは無言で頷き、懐からメモ帳と羽ペンとインクを取り出した。や、消失技術(ロスト・アーツ)とか言ってるけどただの格好付けだから。まあ、役に立つ技術であるのに間違いはないが。


 とりあえず書きやすいように偽物の魔法術で金属板を生成し、下敷き代わりに使ってもらう。金属板を受け取った時の呆れた表情は見なかった事にしよう。


「まず、グレイキンの異常点二つだ。つっても、こっちはそう複雑じゃねぇ。オール無詠唱と魔力の量……と、質か?」

「両方で合ってますよ」


 おお、そうか。良かった良かった。

 答えが合ってたと安堵し、懐から虹水晶を取り出し魔力で被う。すると虹水晶から三年半前とは比べ物にならないくらい強い光が発せられた。


「さっきも言ったような気がするが、グレイキンの魔力は魔獣を討伐せずに育った平均的な大人の魔法術士と同等の量と質を誇る。いくら魔獣討伐経験があるとはいえ、四歳児でこれは明らかに異常な才能だ。質に関しては……まあ、俺がいたからこその異常だが」


 魔力の量はそのまま扱える魔法術の規模を示し、質は効率や応用性を示す。後者は厳密に量る基準が無いからどうとでもできるが、量はとても誤魔化せるものではない。身分を証明する時に偽造防止の為、今みたいに魔力を発させるからだ。本人じゃないと反応しないって、便利だけど不便だこと。


「それともう一つ、オール無詠唱。こっちは単純にグレイキンの想像力とソース(情報源)がクッキリしているからだろう。むしろなんでお前ら出来ないの? って思うけどな」

「常識に根腐れの概念は無いんですよ」


 この時代(設定の時代も知らんが)の魔法術士は詠唱を行って魔法術を顕現させるらしい。文句が長ければ長いほど容易に魔法術を発動しやすく、流派によって様々な詠唱がある……いわゆる典型的な補助装置だ。イメージを詠唱で縛り付けているのだ。


 俺はそれをしなくても魔力を直接動かせるので長ったらしい詠唱なんていらない。


「さて、お次は消失技術(ロスト・アーツ)二つだ。これは科学魔法術と略式魔法術……あ、複合魔法術も三属性使えるけど、グレイキンだとまだ出来ないからカウントしてないぞ」

「分かりました。それでは早速消失技術(ロスト・アーツ)とやらを説明してください」


 おい、鼻息荒くすんな魔法術マニア。母さんに見られたら問答無用でぶった斬られるぞ。


「そんじゃ……科学魔法術っつうのは、その名の通り科学技術を用いた魔法術だ。例えばさっきの雷だが、あれは水の魔法術で生み出した水と氷を良い感じに擦り合わせ、電圧……電位? プラズマ? そこら辺はちょっと忘れたが、まあそこら辺の法則を活用して生み出したオリジナル魔法術だ。端的に言うと、雷雲から雷が発生するのと同じだな。科学技術で証明されている自然現象を魔法術で再現する、でも良いかもしれん。例えば……」


 水の魔法術で右手に水塊を生み出し、一旦酸素と水素に分離してから気体のまま混ぜ合わせる。そしてそのままの状態を球形で維持。

 さらに土の魔法術で白い粉末を生み出し、風の魔法術で小さな台風を生み出して球形に留める。


 フィナーレは爆発。

 右手と左手の球に火の魔法術で火を付ける。


 両手の球はちょっとした中級魔法術並みの威力を持った爆発を引き起こした。うんうん、我ながら惚れ惚れするような威力調整だ。


「な……い、今のは一体なんなんですか!?」

「落ち着け。これは水素爆発と粉塵爆発っつう奴だ。水素爆発の方は水を構成する二つの物質を分離して気体のまま混ぜ合わせ、着火すると非常に強い爆発を引き起こす性質を利用した物で、粉塵爆発は微粒子レベル……メッチャ小さい物質が一定濃度&範囲で空気と交わる事で着火元の火が物質間で伝播しやすくなり、その速度がとんでもないから必然的に爆発となる性質を利用した物だ」


 四年前の知識だからちょっと間違ってるかもしれんが、大体こんなもんだろう。知らない単語は日本語を使ったが、きちんとした理論に基づいた現象だっつうのは分かってもらえただろう。


 しかし、父さんはとても怖い顔をして俺の肩をガシッと掴んだ。ちょっと、痛い。痛い。


「クエレブレ殿、その魔法術は絶対に人前で使わないで下さい。見たところ主席魔法術士並みの技術が無ければ再現は出来なさそうですが、もし下賎の輩に知られれば……」


 ……あ、テロ。


「了解した。流石にこの魔法術を使われれば犯人が俺もしくはグレイキンと断定されても文句が言えん。水素爆発の方はそう真似されるもんでもないと思うけどな」


 魔法術を原子レベルで操作するって俺でもキツい所業だからな。


「まあ……粉塵爆発の方は小麦粉とかでも再現出来るから、俺にはどうしようもないぞ。例を挙げるとしたら、鉱山で起こる謎の爆発のうちのいくつかがコレだと思うぞ」


 粉塵爆発は非可燃物でも起こりうる。だから土の魔法術で再現出来たんだし、恐らく土の魔法術使いの中には無意識のうちに使ってる奴らがいる。ソースは冒険記……この世界のラノベだ。それに出てくる土の魔法術使いがとんでもない爆音と共に土の槍で強力な魔獣を串刺しにした描写があったから間違いない。


「……にわかには信じ切れませんが、なんとか呑み込んで見せます」


 おお、ここら辺柔軟なのが父さんの良いところだよ。まあ実際に見せたのとソース(情報源)がはっきりしてるっつうのもあるだろうけど。古代魔導文明については未だ謎が多いのだ。


「ん。それじゃあ話を戻すとして……科学魔法術についての理論は理解したな? 分かりにくいなら消防隊を想像すればいい。あそこに所属する連中の中には魔法術で水や土を生み出して火を消す奴がいるだろ? でも、魔法術を使えない奴らだって水や土を運んだりして支援している。これは水と土を被せると火を消すことが出来るからだ。魔法術で無ければならない理由は無い」

「なるほど、自然に存在する水も魔法術で生み出した水も飲料水として使うことが出来ますからね」


 うっ、俺より簡素かつ納得感のある例えだ。むむむ……まあ、いくら俺が転生者で天才といえど、人生経験の濃さで言えば確実に父さんの方が上だからな。諦めよう。


「まあ、納得してもらえたようで何よりだ。規模に関しても、科学を使ったと解釈してくれ。そんじゃ、お次は略式魔法術について話をしよう」

「はい、お願いします!」


 元気の良い現金な父さんの言葉を聞きながら、俺は詠唱(・・)を口ずさむ。


「『若草に黒を持って白と化し、橙に(くる)(べに)(そう)に混じりし(すい)(おう)の軌跡』」


 木の実を取り出して蒔き、あっという間に芽を出し急速な成長を開始する合間に闇の魔法術でクローシールド、偽物の魔法術で水晶のバスタードソードを造り、闘法術の応用でオレンジに輝くオーラを纏う。その後木の魔法術によって若木程度まで育った木に突撃し、それを足がかかりに宙を飛ぶ。その下では熱湯を打ち付ける小規模な台風が発生していて、その目に飛び込む。


 台風が治まるとそこには、綺麗な黄色の土が俺の軌跡をくっきりと再現していた。むぅ、少しキモいな。


 この間、約一分。


 父さんの顔が冗談抜きで固まった。まるで氷の魔法術を使ったかのようだ。


「こいつが略式魔法術だ。まあ、俺が独自に開発していた理論に基づく使い方だから資料なんかはたぶん残ってねぇ。正真正銘俺とグレイキンしか使えない消失技術(ロスト・アーツ)だ」


 そう言いながら俺は全魔法術を解除する。本来なら一度顕現した後に魔力と切り離された魔法術は解除出来ないのだが、略式魔法術なら仕組み上可能なのだ。もっとも、一度切り離されてしまえば全部解除出来ないのだが。


「……どういう事ですか。今のは仙人の技じゃないですか!」


 は? 仙人っつうと……


「いや、俺は別に霞を食ったり雲に乗ったりランクAオーバーの人間種族とかじゃないんだが」

「あなたの時代の神話の話ですか? そうではなく、我々人間の上位種族ですよ!」


 なんと。そんな奴らがいたのか。ハイエルフやホブゴブリンみたいな?


「すまんが、知らん。ハイオークとかドラグマンなら知ってるけど」


 前者はオーク、後者はリザードマンの上位種である。


「ドラグマンとやらがどの亜人かは分かりませんが、ハイオークはソルオークへ到る前のオークですね」


 ほう、ソルと来たか。


「ソルオーク? 話の流れ的に人間の仙人みたいなもんか?」

「その通りです」

「という事は、ソルエルフにソルゴブリンもいる訳だ?」

「エルフはともかく、ゴブリンがソルと呼ばれる程強くなる可能性は無いと思いますが、存在するとしたらそのように呼ばれるでしょう」


 ハイとかホブがソルに変わって、少し強化された……みたいな認識で良いんだろうか? 流石異世界、テンプレからは少し外れている。


「現実逃避気味にソルの話を出したところ悪いが、仙人の技っつうのがどういうもんなのか説明してくれ」

「うっ……分かりました」


 また頭を抱えかけて、面倒になった俺が頬を引っ叩いた結果、渋々(あるいは覚悟を決めて)口を開いた。


「仙人やソルを冠する亜人は、身体能力もさることながら魔法術を同時に放つことが出来るんです。複合ではなく、完全に別の魔法術を同時に」

「それは魔力の解放点が複数ある、という意味か?」


 魔法術は魔力が一定の形と大きさで空間を包むことで発現する。その制約がある限り、魔法術を同時に別々作る事は不可能だ。

 しかし、別の言い方をすれば魔力が別々に存在、もしくは出口が複数存在すれば、魔法術の完全同時使用が可能になる。という事だ。


 父さんはあっさりと首肯した。


 なんだ、違うじゃん。


「だとしたら俺……というよりグレイキンは仙人じゃねぇよ」

「ならきちんと説明してください! この事がバレたら闇の属性とは違う意味で厄介なことになるんですから!」


 え、マジで。

 凄く気になるが……その話は後だ。


「略式魔法術は、イメージを添付した言葉で詠唱をする事で、異なる魔法術を一つの魔法術として誤魔化す……つまり、魔力の形成を同過程で行うって事だ」


 詠唱はイメージを縛り付ける。

 火の矢と言えば赤く燃える矢が脳裏に浮かぶし、闇と言えば吸い込まれるほど優しい黒が広がる。闇は理解出来ないかもしれんが。


 略式魔法術は集中力次第で無詠唱も行けるが、流石に戦闘中は不可能だ。

 無詠唱が使えないのなら、詠唱するしかない。


 略式魔法術の詠唱は日本語を採用している。

 日本を除いた漢字圏はともかく、俺にとって日本語ほど短く意味を伝える言語は無い。

 そこで俺は、偽物なら白。闘法術なら橙。闇なら黒。という風に色と属性を関連付けてイメージを縛り、形や性質のイメージと魔法術の維持に集中力のリソースを割く事で比較的短い詠唱で済ませる事にしたのだ。


 分かりやすく説明するなら、大きく集中力を割かれる属性、形、性質、維持の内、属性だけを補助に回す事で大魔法術を使う。みたいな感じだろうか。この中で一番集中力を割かれるのが俺にとっては属性なのだから、そこに補助がいくだけでどれほど負担が減る事か……前世はわりと注意散漫だったんだが。これもグレイキンの才能か。


「…………理論的に言えば、確かに可能です」


 絶対認めたく無いという心に反して、実現可能な未知の技術に興味津々な表情を見せる父さん。技術者って難儀だねぇ。


「だろ? 流石に現代の言葉だと並の詠唱より長くなりそうだが、俺が開発した独自言語(という体の日本語)を使えば短くてすむ。『白』は白だし『紅』は紅だ」


 前者に日本語、後者にこちらの言語を使って説明する。こっちの言葉は英語とアルファベットに日本語の因子を組み込んだ感じの言語で、WhiteやRedより若干文字数と発音数が上だ。そのため、たった二文字から四文字までの日本語を使ったほうが効率面に優れるのだ。


「なるほど、魔法術の属性と同じ色を使うことで想像を確固たる物にするのですね。個人の技能はともかく、現在の詠唱と通じる部分もありますね。だとすれば……すいません、このペンダントを使っても?」

「何する気……ああ、なるほど」


 それなりに申し訳なさそうな表情で俺作シルバーアクセサリを首から外して見せる父さん。どうせ三十分で作った物だから、また作ればいいだけなんだが……そう上手くいくかね?


 父さんは何やらうんぬんかんぬん唸りながら三分ほど集中し、いきなりバッ! とペンダントを掲げ、叫んだ。


「緑を付与し、我が前に現れたまえ癒しの聖獣!」


 父さんから緑の粒子が生まれた途端、掲げられていたペンダントに漏れなく吸い込まれる。かと思えば父さんの前方にある空間が緑の稲光と共に光り始め、妙な存在感が現れ出す。


 やがて光が治まった地に、何かがいた。


 三キュビットのウサ耳鼠? っぽい体だ。尻尾は映画で見た悪魔バーログの持つ鞭にも似ていて、全体的な配色はクリーム色だ。額の宝石と瞳は血のような赤色をしているが、ヴァンパイアのような不安を抱かせるものではなく、むしろ温かく優しそうな色合いだ。


 これがカーバンクル……なのだろう。


「キュゥゥゥゥ!」

「……私の名はベルネルト・ヴァルゲン。そなたと契約を交わさんと……」

「キュゥ!」


 厳かな雰囲気の父さんが最後まで言い切る前にさっさとペンダントの中に入ってしまうカーバンクル。

 ……なんだこの気まずい空気。ていうか父さん、触媒だの使用前謝罪だの散々ビビらせといておきながらペンダント壊れてねぇじゃねぇか。さっきまでの感心を返せ。


「契約の文句すら無しに契約出来ましたね……偽物の魔法術を使ったからか? それとも単純にグレイキンの技量と才能が突出していたから? 僕の回復の魔法術の影響もあるかもしれない……」

「おーい、戻ってこい、父さん」

「ハッ! す、すみません」


 ふと、俺はこの先何度父さんの顎をストライキさせる事になるのだろうか、と思った。


「まったく……それより、今のは?」

「……あ、そういえばクエレブレ殿に召喚の適性は無かったんでしたね。ええと、召喚獣の契約に成功したんです。それも戦闘無しに」

「……つまり、戦闘がありだった場合に触媒が壊れる、と」

「正確に言えば召喚獣が自身の力を高める為に吸収するんですけどね。稀に触媒が気に入られるとその触媒に宿る事があるんです」


 なるほど。あれだな、職人が「違う!」と言って皿を割るヤツ。違うか、違うね。


「なるほど……よし。デザイン変えて大量生産と行こう。これは売れる!」

「やめてください! そんな事したら侯爵辺りに狙われます! 確かにグレイキンは強いですけど、侯爵位の私兵に囲まれれば負けは必定です!」

「ちぇ……だが、将来一騎当千の力を得た時、止められると思うなよ」

「……あれ? なんで一瞬許そうと思ったんだ僕!? だ、ダメです! ダメに決まってます!」


 まったく、なんて我侭な父さんだ。

 仕方ない。商業化は当分見送りだな。


 ……俺が使う分には良さそうだけどな!


 今話でストック終了です。話が出来たらまた投稿します。

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