6・かっちゃだめなの?
連続投稿第三回目です。
「グレイキン! なんてものを連れてきたんだ!」
「反省はしてる。けど、後悔はしてない(キリッ」
「クエレブレ殿! 娘で遊ばないで頂こう!」
「うぇ、ご、ごめんなさい!」
あれから、
真っ先に魔獣の気配を察知したクーメスが父さんと一緒に飛び出してきて絶望の表情を浮かべた直後、その背に俺の顔を見つけ、三十分ほど顎が外れた。その後正気に戻った父さんが俺に正座させ、今に至る訳だ。いや、こうなることは半ば予想してたけどさ。そこまで怒られる事だったのか。
「ああ、もう……色々と叱りたいのに叱りきれないじゃないか!」
デスヨネー。
しかし、これはいかん。状況が複雑すぎて訳が分からなくなった人間ってのは無駄に強情になるもんだ。その流れで恐竜を飼えなくなったら困る。
俺は闇の魔法術を使って頭上に黒い球体を作る。これは『天才魔法術美少年』がクーメス経由で話がしたいというサインで、クーメスが精神の魔法術を使って通訳してくれるのだ。
『いかがされましたかな! クエレブレ様!』
(声でけぇって。とりあえず、俺からの情報その一。グレイキンは『仄暗い森』に入り浸って魔法術で弱い魔獣を相手に遊んでいた)
「ベルネルト様! クエレブレ様からの伝言です! グレイキン様は『仄暗い森』に入り浸り、小型魔獣と戯れておられたそうでございます!」
「そうか……そうかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ひっ……!」
父さんの目が据わった。ヤバイ、これは今まで見たこと無い怒り方だ。
「グレイキン! あれほど『仄暗い森』に行くなと教えただろう! あそこは危険な魔獣や意地悪な木々が一杯で、危ないと!」
俺としてはここで素直に謝りたい。しかし、お転婆娘グレイキンは少しどもりながらも反論する。
「で、でもお父さん、森の木さんたちは皆お話がしたくて意地悪をするだけで、そんなつもりは無いって言ってたよ」
実際、木の魔法術でそこら辺を聞いてはみたのだ。その結果、『仄暗い森』の木々はツンデレだという事が発覚した。何本かヤンデレもあったな。普通にデレる木もあったが。
ちなみに、普通の人間はツンデレを理解しないと説明したら寂しいから二度とやらないと言っていたが、たぶんまたツンデレる。ツンデレは持病みたいなもんだからな。
「そういう話をしてるんじゃない! そもそも、魔獣がいたら木の気持ちなんて意味が無いだろう!?」
「あんなの、ちょっと動くだけの玩具だよ! それに、危なくなったら、クエレブレが助けてくれるもん!」
「クエレブレ殿ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ヤベ、俺にまで飛び火してきた。
(クーメス、伝言その二。闇の魔法術を見せると父さんと母さんがほんの少しだけ憐れんだ視線を向けるから、それが嫌で人目が付かないところに行ったと伝えてくれ)
「クエレブレ様からの伝言でございます! 曰く、グレイキン様が闇の魔法術をお使いになられると、ベルネルト様とフリスチーナ様が憐れみの視線を向けるので、それが嫌だから人目の付かない場所に行ったそうでございます!」
「うっ、むぐっ……」
強く言えなくなったようだ。そりゃそうだ、これは言い訳じゃなくてれっきとした事実なのだから。俺自身は大して気にしていなくても、グレイキンなら絶対に気にする筈。
(伝言その三。グレイキンには適度に痛い目に合わせているが、一度も死の危機に触れさせた事は無い。幼い頃から死線を見せるのも闇を制御する糧となるのだ。と、伝えてくれ)
「クエレブレ様は安全を確保しつつグレイキン様に死線をお教えしていたそうでございます! さらに、それは闇を制御する糧となるのだそうでございます!」
「……」
もう完全に沈黙した父さん。そりゃ、元ベテラン旅人なんだから死線確保の重要さくらい分かるだろうし。
と思ったら、再爆発。
「だからなんだって言うんだぁぁぁぁ!! グレイキンは僕とフリスの大事な娘だ! そういう事は事前に言ってくれないと、僕達はとても心配するんだ!」
うっ……それに関しては、素直にごめんなさい。
(クーメス、そこまで気が回らなくてごめん。以後気をつけると伝えてくれ)
「お父さん……ごめんなさい」
「クエレブレ様も反省されておられるようでございます! このような事は今後一切しない、とも!」
「当然だよ! まったく! グレイキン! 今度勝手な真似をしたらラフランシュ漬けを食べさせるからね!」
そ、それだけは絶対嫌。本当に気をつけよう。
そっちが一段落したところで。
(伝言。魔法術で作ったトロッコの中身はアルス系の魔獣)
「なんですと!?」
「クゥゥゥメェス! 今度はなんだい!?」
「……ベルネルト様ご自身が確認なさったほうがよろしいでしょう! 戯れに炎の命を駆ける狗よ」
若干壊れ気味の父さんから眼を逸らしつつ、例の炎の犬を作り出して魔法術トロッコの蓋部分に飛び乗らせる。氷で出来た蓋は炎の犬が発する熱によって溶け、びしょびしょに濡らしながらも中身をあらわにする。
当然、その正体は例の青い小型魔獣。正式名称は知らないが、こちらの世界では恐竜のような魔獣を纏めてアルス系と呼ぶ。分類としては『闘法術のみを使う龍型の魔獣』といったところだ。
父さんは別の意味で頭を抱えた。
「馬鹿な……そもそも『仄暗い森』にアルスなんていないはずだ」
そう。俺が最も気になったのはそこだ。
カルタノサウルス似の魔獣を見たときにすぐさま迎撃しなかったのは、全身の傷と妙な闘志意外に本来なら森にいない筈の魔獣を見つけ、驚いたからだ。その後に青い小型魔獣の群れを見つけたおかげでなんとなく事態は読めたが、そもそもアルス系の魔獣はここよりずっと南側の地域に生息している。俺が恐竜達と出会ったのはこの家より更に北に位置する『仄暗い森』の北側。方向がまったく逆なのだ。
……まあ、仮説くらいは立てられるけど。
(クーメス、グレイキンの許可は取った。後は父さんの許可だけだ。少しの間だけグレイキンを貸してくれ。仮説がある。と伝えてくれ)
「ベルネルト様! クエレブレ様が表に出てきたいと仰っております! なにやら込み入ったお話があるようでございます!」
「ぐくっ……グレイキン、本当に良いんだね?」
「うん! クエレブレだから大丈夫だよ!」
「そうか……そうか。そうか。分かった。許可しよう」
さて、窮屈な演技はおしまい。
「ふぁ、ふ……さて、話をしようか」
「クエレブレ殿……貴方には感謝していますが、娘を危険に晒すのはやめてください」
あ、愚痴られた。まあ、気持ちは分かるよ。気持ちは。
「そんな事言われても、俺天才だから? グレイキンが傷を負う事なんてありえないっていうか? そもそも体の制御はグレイキンが主導権握ってるし? 結論から言うと不可能。俺に出来るのは助言とオートガードだけだよ」
「ハァ……まったく。それより、話とは一体なんですか?」
「その前に確認だ。そこの青い小型魔獣とグレイキンが傅かせた恐竜について知っていることを話してもらいたい」
「グレイキンが飼い慣らしたのか……」
おい、俺が何かした結果従うようになったと勘違いしてたのかこの父さんは。まあ正解だけど。クエレブレはグレイキンだし。
「……青いアルスは見たことがないし、聞いた事も無い。ただ、同じような姿とサイズのアルス、ラウェイアレイスは確認されている。体色は赤くて、赤い牙が発達していた筈だけど」
ふむ、色と細部が異なる同種か。本当に某鳥竜種みたいだな。
そして父さんは、少しだけ体を震わせながら口を開いた。
「だが、そのアルスの事はよく知っている。カルダニアルス。別名『強龍』。一定周期でその性質を変化させ、積極的に人を喰らう悪鬼の如きアルス。かつて僕とフリスは『ラーセイディムの悪夢』と呼ばれたカルダニアルスを討伐した事があるけど、その獰猛さと人への憎悪は凄まじい物だった」
なる……ほど。それで、『なんてものを連れてきたんだ!』か。当の恐竜改めカルダニアルスは暢気に欠伸をしているけど。とても父さんの言うような悪鬼羅刹には見えない。
「……へぇ、こいつ、カルダニアルスだったのか」
「知っているのですか?」
「まあな」
知らん。
だが、知っているフリでもしなければこいつが殺される。母さんが一刀両断にしてしまう。
「だが、俺がまだ生きていた時代では単なる強い魔獣だったぞ? 確かにちょっと強くなった個体とかはあったが、あくまで個体差。人里を避けるだけの知能を持ち、赤い体色だったんだが……この何千年かで種として進化したのかね。当時はもう少し大きかった筈だし」
ちなみに、『天才魔法術美少年クエレブレ・フォン・ヴォルケンゼルベリオス』は遥か昔に栄えて初代魔王によって滅ぼされた古代魔導文明時代の神童という設定だ。ヴォルケンゼルベリオスはともかく、フォンというミドルネームは古代魔導文明の人名によく現れていたらしい。偶然か必然か。真実は謎だな。
「と、昔話はともかく。恐らく、このカルダニアルスは北方領域から来たんだろう。未確認領域にいた魔獣がなんらかの要因によって他地域に来るなんて、よくあることだろ?」
北方領域とはこの世界の北部、前世で言うところのカナダやグリーンランドくらいの場所にある秘境の事で、空間魔力の異常によって常に異常気象が支配していて探索がまったく進んでいない地域の呼び名だ。正確な事は誰にも分からないが、古代魔導文明時代より遥か以前の時代の文献によれば、熟練の旅人が五十人くらいで挑んでようやく勝てるような特大型魔獣がゴロゴロしており、神話に出てくる魔獣の生き残りがいるとまで言われている。
カルダニアルスはアルス系魔獣の代名詞、『アルス』を名に冠していることから大型魔獣に匹敵する力を持つ種だろう。なら、北方領域の比較的浅い地域での生存競争に負けて南下してくる可能性はある。何せ、未確認の地域の事なのだから。
父さんは難しい顔をしながらもどこかホッとしていた。そりゃそうだ。『仄暗い森』でアルス系の魔獣が生息し出したら近くに領地を持つ父さんにとって死活問題となる。毎年、『仄暗い森』からはぐれた魔獣で小さくない被害が出ている。それなのに狡猾な(イメージの)アルス系魔獣の群れなんかが現れ始めたら、脅威以外の何物でも無い。
それだけに、これが一過性の事態であったと知って安心したのだろう。そりゃそうだ。俺だって安心するよ。
「あくまで仮説だからな。あるいは『仄暗い森』で生態系が狂ったかもしれない。油断はするなよ」
「言われなくても分かっていますよ……うぅ、娘の口からこんな言葉を聞くなんて」
ソレに関しては心中お察しします。
「まあ、このカルダニアルスはグレイキンに懐いたようだし、飼わせてやれよ。お前さん曰く人はコイツの事を嫌悪してるんだろ? 人を優先的に食うとかなんとかで」
「言っていることがまるで逆なんですが?」
「だから、グレイキンがカルダニアルスを飼えば人々に被害が及ぶ事も、このカルダニアルスに危害が加えられる事も無い。パーフェクトにWIN-WINな関係じゃね?」
「……確かに放逐すればいずれ人を襲いそうですが、しかし」
「食費ならグレイキンが作る魔結晶を幾つか売れば簡単に稼げるだろ? 富裕層の平民に人気とかなんとかで」
「……うむぅ…………」
ああもう、じれったいな。悩むのは良い事だと思うけど、天才の俺を前にしてそれはただ鬱陶しいだけだ。
そうは言っても始まらないので。
「何をそんなに悩んでんだよ? カルダニアルスにトラウマでもあんの?」
「いえ、そうではなく……カルダニアルスは危険度の高い魔獣です。魔獣を飼いならす者はいても、それは人間に対して友好的か非常に弱いものに限られていて、こんな化け物を飼いならすなんて常識的にありえないんです」
ははぁ、なんとなく分かってきたぞ。
「ですから、僕たちに用があってここに訪れる一般人が理解できずに僕たちを排斥しようとするかもしれないんですよ。特にこの辺りの古い伝承では姿形が定まっていない怪物が多いですから、下手をすれば……」
「極悪な魔獣を使役する悪魔扱いされる訳か」
その通り。とばかりの表情だ。
悪魔扱いっつうのは、まあ、前世で言う中世ヨーロッパの魔女みたいな感じで、特に確たる根拠がある訳ではないが怪しいのでとりあえず迫害しとけってヤツだ。悔しいことに、その大体が本当に悪魔憑きなので反論し辛いのだ。
ふむ、俺としてはそんな理不尽どうでもいいが、まだ一騎当千レベルの力すら持っていない。弱いうちに粋がってもすぐに死ぬだけだ。
「なら……うん、とりあえずそれは置いといて」
「そんな簡単に扱われるような問題じゃないんですが!?」
「簡単じゃないからとりあえず置いとくの。それより、この青いアルス系魔獣はどうすんの?」
「どうるするもこうするも、まずは死体を旅人互助組合に提出して新種かどうかを調べないといけません。新種でなければ良いのですが、新種ですと、その……」
「え、何。なんか面倒な手続きとかあんの?」
「ええ。新種の魔獣は討伐者が名付けるという決まり事があり、この場合グレイキンが……」
「…………フリスチーナを矢面に立てれば?」
「…………彼女に名づけの才能はありません」
そういう問題か? あ、でも、一応この人お貴族様だし、その奥さんが壊滅的な名前を新種の魔獣に付ければ旅人介助組合とやらから大顰蹙を食らうやもしれん。それはそれで駄目だろう。
うむぅ……
「天才魔法術美少女グレイキン・ヴァルゲンが才覚を見せた! じゃダメ?」
「ダメに決まっているでしょう! ウチの可愛いグレイキンはまだ四歳なんですよ!?」
ええい、この親バカめ。
だが幸い、父さんの啖呵で一つ良いアイディアが思い浮かんだ。
「それだ!」
「な、何か……?」
「四歳でダメなら、十歳になってから討伐すれば良い!」
あ、度し難い馬鹿を見るような目だ。十歳じゃ足りないと申すか?
「申請を遅らせるとは、なんていいアイディアなんだ! ところで、どうやって六年後にタイミングよく同じ魔獣を狩ることが出来るんですかね!!」
そっちか。
「ふふん、天才魔法術美少年クエレブレ・フォン・ヴォルケンゼルベリオスの賢智を見せる時が来たな!」
そう言って俺は魔法術トロッコの一つを氷の魔法術で包み込む。それなりの大きさがあるので下部と上部に分けて凍らせる。略式魔法術を使えばもっと大規模に出来るんだけど、あれ集中力の入れ方を間違えると一気に疲労感が押し寄せてばたんきゅ~状態になっちまうんだよな。
一応、分かれ目部分は氷の魔法術で新たに覆って隙間を無くす。
「……またやらかしましたね」
「ふっ、無知者でいられるのも今のうちだ。俺が生きていた時代にはコールドスリープという技術があってな。なんと、百パーセント氷に覆われていると時が流れないのだ!」
厳密に言えば細菌やらなんやらが活動しなくなって保存されるだけだが、こう説明しておいたほうが分かりやすいだろう。
「なんですって!?」
「流石は、クエレブレ様でございますね!」
今まで黙っていたクーメスが駄々褒めしてくる。まあ、彼らにしてみればそれだけ凄い技術なのだろう。
「このコールドスリープという技術があれば死体を腐らせずに長い間保存しておくことが出来る。土の魔法術で地面に埋めるなりなんなりすれば誤魔化せると思うんだが」
「それで行きましょう。新種発見は旅人互助組合において高く評価される行動です。娘のマイナスイメージを払拭する材料になります」
よし、説得は出来た。
後は……まあ、性格が悪い天才がする事といえば、
「グレイキンが『娘のマイナスイメージ』って所で、「お父さん、われって嫌われているの?」と」
「ごめんねグレイキン! お父さんやお母さんは嫌ってなんかいないよ! むしろ好きだよ! 大好きだよ!」
こういう意地悪だよな。
「ぐすん……お父さんなんてキライ。お話なんてしないからね! だって」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
崩れ落ちる父さん。まあ、一度くらい娘に嫌われる時期があっても良いと思うよ。こう、父親の醍醐味的な意味で。
「後でフォローしておくから、元気出せよ」
「む、娘に嫌われているのに娘の体に慰められるなんて……」
複雑だな。
「とりあえず、青いアルス系に関しては決定通りで良いな? 名前もグレイキンと一緒に考えとくよ」
「……なんだか子供の名前を考える娘とその夫を見ている親みたいな気分で色々とぶん殴りたいですが、了解です」
やたら詳しい嫉妬の表現をありがとう。
「そういう事言うから、「クエレブレをいじめちゃダメだよ! お父さんのバカ!」って言われるんだよ」
「グレイキン! お父さんは、その、決してそういうつもりじゃ……」
「はいはい、全部嘘という事にしておいてやるから崩れるんじゃない」
「それなんの解決にもなってませんよね!?」
この父さん、いじるのが楽しいという事実に今気づいた。これからも怪しまれない程度にちょくちょくいじる事にしよう。
「さて、次は『仄暗い森』についてだ。はっきり言って、俺はグレイキンが彼の森に行く事は賛成だ」
ここで父さんの雰囲気がガラリと変化した。
「それは許さないと言ったはずだ。あの森の危険度なんかに関係なく、危険であると分かっている場所に娘を行かせる訳にはいかない」
その理論は分かるし、理解できる。なるほど、ご立派だ。確かに、真っ当な親ならそうすべきだろう。
だが、
「甘えたこと言ってんじゃねぇよ青二才が」
「ッ!?」
強い怒気と共に魔力の波動を顕現させる。防御力強化系闘法術の応用。
「テメェの娘はなんだ? ガラスケースの中で愛でられるお人形さんか? 違うだろう! テメェの娘が、一体なんなのか。言ってみろ!」
「子供だ! 僕とフリスの、愛する子供だ!」
小型魔獣の中でも上位の力を持つ魔獣でさえ萎縮する威圧を受けて、それでも即答出来る辺り、この親というヤツは本当に……
否も無い。
「なら、千尋の谷に突き落とす覚悟を持てよ! テメェの娘はよ、差別される身なんだろうが!」
「くっ……それは」
「そのクソッタレた人生を歩ませない為にテメェは、無菌部屋に監禁して、一切の病気に晒さず抵抗力を衰えさせるつもりか!? そんなんじゃな、いざ外に出たとき、漂う病原菌が娘を殺すぞ!」
花粉症理論だ。昔はそんな言葉すら無かったのに、半端にお綺麗な空間が出来て、そこに人間が住むようになったせいで生まれた病気。
花粉を差別、人間をグレイキンに当てはめれば子供でも分かる事だ。
すなわち、必然に屈してしまうと。
「そうさせない為にはどうするべきか、テメェなら分かんだろが!? まだ弱い敵に慣れさせておいて、来るべき強敵に備えるんだよ! 言っておくがよ、『クエレブレ・フォン・ヴォルケンゼルベリオス』は魔獣に害、成された事は一度もねぇ。たった一つ、人間の下らねぇ姦計に人生を狂わされたんだよ!」
実際、『戦場の貴族ノブレスオブリージュ』の主人公、『クエレブレ・フォン・ヴォルケンゼルベリオス』の人生は恋人を権力で強引に奪われてから全てが狂い出した。そのまま、陰謀が関わらなければ普遍的であっても幸せな人生を送れたのは間違いないというのに。
まあ、言い方的に父さんは陰謀によって殺されたって解釈するだろうけど。そんなもん、極々初歩的なネゴシエーションだよ。仮にも貴族なんだから、この程度の言動誘導で騙される方が悪い。
「俺はな、絶対に失敗させたくねぇんだよ」
唐突に、
前世で誰よりも信頼していた言葉が浮かんだ。
「何の因果か、俺は俺と同じ天才のグレイキンに宿っちまった。だから、グレイキンの人生を『最短の輝き』にさせるつもりは毛頭無い。たったの十五年で輝きが消えうせた俺と同じ人生なんて、何が間違っても歩ませたくない」
そこで一旦言葉を切る。いくら天才とはいえ、グレイキンの体はまだ四歳の少女の物だ。こんな一気に話を続ければ息継ぎが必要になるし、喉にだって悪い。
息を整えて、前世時点ですら気の弱い奴は直視出来なかったような眼で父さんを真正面から睨みつけ、言う。
「これは俺のわがままだが、果たしてそれは俺だけのわがままか?」
違うだろう。
今、何かを乗り越えようと必死に葛藤を続ける父さん、俺の将来を瞬時に憂い剣を振り上げた母さん、命を張って助けてくれたクーメスと家族のナジェさんとクエレブレ君。その全員が俺……いや、グレイキン・ヴァルゲンの幸せを願っている。
なら、お前らだって共犯だ。
甘えるんじゃねぇ。俺だけに責任を持たせるな。俺は物理的に、父さん達は精神的に、グレイキン・ヴァルゲンの為に心身を痛めるべきだ。
ながい時間が経った。
その対価として、父さんが据わった眼で尋ね返してきた。
「……絶対に、グレイキンを傷つけないと約束できますか」
「出来る」
即答で良い。父さんの言葉を額縁通りに受け取れるほど平々凡々な人生だった訳じゃないんだ。
この世に絶対なんて無い。その程度は危険な旅人だった父さんの方がよほど分かっているだろう。それでも使ったという事は、それは結果を求めているんじゃない。覚悟を求めているのだ。
俺の覚悟はとっくに出来ている。クーメスに正体がバレた、その日にな。
「本当ですね?」
「くどい。それ以上確認を口にしたら名誉毀損で斬るぞ」
偽物の魔法術でバスタードソードを右手に出現させる。今回はわざわざ略式魔法術を使ったりせず、また他の魔法術を同時使用している訳でも無いので剣としてはさっきの剣をナマクラと言っても良いレベルだ。
幸い、父さんはその言葉だけで全てを悟ったのか、どこか吹っ切れた(諦めた、悟った、開き直った)ような表情になる。
フン、あまり余所者に弁を取らせるなよ。
「分かりました。あなたがそこまで言うのなら……娘を」
「ストップ。そのセリフはグレイキンが男を連れてきた時のために取っとけ。俺は頼まれる頼まれない以前に、グレイキンが死ぬともう一回死ぬから」
前半のセリフでおもいっきり頬を引き攣らせる父さん。まあ、いくら別の人格とはいえ、娘の口からそんな言葉を聞かされれば実父としては心穏やかではいられないのだろう。
ともあれ。
これで『仄暗い森』探索に後ろ暗くなる理由が消えた。
目的を確保しつつ、矜持を忘れない。人の道は外れても人の心は忘れず、常に身の内の柱を自覚し、道化たらんと己の錦を律せよ。
生前、口が酸っぱくなる勢いでるっくんに言われた言葉。
天才であるのなら、あるいは常人とは違う世界で生きる者ならば、最低でもこれだけは守れと言われ続けた。
俺はるっくんのようにはなりたくない。るっくんのような、失敗した人間には。
だから、二度と蘇ることが出来ない程に失敗したるっくんの忠言は聞かないといけない。幸い、俺とるっくんは顔以外瓜二つと言っても良いほど似ていた。るっくんの経験はすなわち俺の先に立つ後悔だ。
言うなれば、俺専用のバッドエンドフラグ。
どこかの黒マント仮面みたくそれが償いだとかではない限り、自分からバッドエンドに突っ走る奴なんていないだろう。俺だってそうだ。だから俺は俺の幸せを邪魔するフラグを折りまくる。なんでもかんでも良く考えずに賢そうな言葉に賛同するラノベ主人公じゃないんだ。
自分で考えて尚同じ考えで、自分より先に立った者の言葉だからより信用出来る。
それ故に俺は今日も、るっくんの言葉通り自分の筋を通しつつ要求を呑ませた。
グレイキン・ヴァルゲンではなく、
俺の字、『クエレブレ・フォン・ヴォルケンゼルベリオス』として。
……なあ、るっくん。
俺、ちょっとは成長したかな?
久しぶりに、声が聞きたくなったよ。
これにて連続投稿は終了です。次回はいつも通り月曜夜七時更新です。




