5・グレイキン・ヴァルゲン四歳
連続投稿第二回目です。
まあ結局、隠し事なんてすぐバレるもので。
クーメスと秘密の共有を図って一週間が過ぎた。
六日前に帰って来た父さんと母さんはクーメスの報告を聞いて一喜一憂していた。
何故と言えば、倉庫に荷物を運んでいた母さんが測定器の紛失に気づき、クーメスを問い詰めた結果、あっさりとゲロったからだ。まあ、父さんも母さんもクーメスも、自分の虹水晶を持っているんだから家にあった在庫も俺の虹水晶一つだ。なら、無くなっていると気づかれても仕方ないと言える。クーメスを責めるまい。
とはいえ、想定の範囲内だ。
クーメスは事前に作っておいた設定に従って父さんと母さんに説明をしたのだ。
最早俺の身分証明証と化してしまった虹水晶を見た父さんがぶっ倒れ、母さんが反射的にツヴァイハンダーで虹水晶をぶった切ろうとして屋根を切り裂いてしまった。その修繕にクーメスが当たり、それで一日が潰れた。
翌日、覚悟を決めた父さんと母さんにクーメスは俺がサリエス・ローチェスの第六魔眼、『継承の銀眼』の持ち主だと告げ、既に『天才魔法術美少年クエレブレ・フォン・ヴォルケンゼルベリオス』が宿っていると説明した。美少年は俺の拘りだ。
最初は信じていなかった父さんと母さんも、大型魔獣(バイベロスと言うらしい)と大犬(ただの狂犬だったらしい)の襲撃と、俺が炎の魔法術と回復の魔法術を使ってクーメスを助けた話をし、俺がクーメスに頼まれた形で例の炎の犬を出現させるとあっさり信じた。元々俺の右目は銀色だったので、可能性はあると思っていたんだろう。
それで、グレイキンを闇の魔法術に呑み込ませないとクーメスを介した『天才魔法術美少年クエレブレ・フォン・ヴォルケンゼルベリオス』の説得によって父さんと母さんは一応の納得を見せた。
纏めると。
父さんと母さんが喜んだ→魔法術の才能の数、魔眼持ち、将来有望。
父さんと母さんが憂いた→闇の魔法術の才能・大、虹水晶の固定化。
ってところだな。
俺に関する情報を知り、整理し終えるのに一日を費やした。
それからは特に今までと変化の無い日常が続いた。『天才魔法術美少年クエレブレ(ry』はグレイキンに自我が芽生えて、自分の判断で行動出来るようになるまでは不干渉を貫くと言ってあるので、父さんと母さんとしては普通に自分の子供として接しているのだ。
普通、こういう時は騙している罪悪感を覚えるのだろうが、別になんともなかった。そもそも俺がグレイキンになったのは俺のせいじゃないし、もし俺がグレイキンにならなければクーメスの言う通り、グレイキンが不幸せになっていたのだ。罪悪感を覚えろと言われても無理がある。
……なんて、免罪符でも持ってないとやってられん。
あれよあれよと時は進み、クーメスに正体がバレてから三年と半年の月日が経過した。
グレイキン・ヴァルゲン四歳。ちょっとお転婆な天才魔法術美少女だ。う~む、俺じゃなかったら告って玉砕しそうな容姿だ。四歳時点で美人と分かる。いやぁ、照れて良いのやら残念がれば良いのやら。
告ると言えば、三年前にクーメスが半年の交際期間を経てナジェさんと結婚し、二年前に第一子を授かった。俺と二歳差の男の子だ。現在はナジェさん共々家に住み込んでいて、それに伴ない俺が魔法術で新たな家を作った。どうも木の魔法術というエルフに使い手が多い魔法術にも適性があって、練習する内に簡単なツリーハウスくらいなら作れるようになったのだ。その為にドングリ(に近いタネ)三百個くらい犠牲にしたけど。木の魔法術はモノが無いと使えないのだ。
思い返せば、この三年と半年は色々とあった。
まあそれ以上に今後色々な事があるのだろうけど。
「おはようございます! グレイキン様!」
寝ぼけ眼を擦りながらここ三年と半年を振り返っていると、やたらテンションの高いイケメンボイスが脳を揺らすような勢いで耳に届いた。ええい、毎朝毎朝うるさい奴め。万年発情期の犬か貴様は。
「うぇぇん! うぇぇぇぇん!」
ほらぁ、クエレブレ君が泣いちゃったよ。
偽物の魔法術を使って二歳年下のクエレブレ君にキラキラ光る魔結晶を与え、苦労して再現した某アンパンのマーチを風の魔法術で聞かせてあやす。どうやら彼のヒーローは世界の壁など関係なく子供の味方であるようだ。
俺の設定上の名前にあやかって付けられた名を持つ可愛い弟分はすぐさま泣き止み、キャッキャキャッキャと魔結晶をしゃぶりだした。詰まらせるとヤバイが大きさ的にありえないのでそのままクエレブレ君にプレゼント。
「こ、これは失礼いたしました、グレイキン様!」
「だから、その大声が駄目なんだよ。クエレブレ君、起きよう?」
「うんー? うんー!」
子育て駄目執事は放っておいて、赤い魔結晶で遊んでいたクエレブレ君に起床を促す。多少の抵抗は見せたものの、素直で良い子なクエレブレ君は赤い魔結晶をしゃぶりながらもベッドから体を起こして一つ伸びをした。前世の記憶より少し成長が早いような気もするが、まあ魔獣だなんだが普通にいる世界だ。前世の世界より成長が早くないと生存競争に負けるのだろう。狼と犬のハーフ獣人だからかもしれんが。
「ふぁ、はぁ~……おあよう」
「うむ、おはよう!」
何か余計な事を言おうとしたクーメスを視線で黙らせ、クエレブレ君と一緒に子供部屋を出る。何故使用人の子供と一緒に寝ているかと言えば、表向きは『天才魔法術美少年(ry』曰く幼い頃から共に過ごす子供が一緒にいると闇の魔法術に呑まれにくくなるという理由で、裏向きは寒い時期に湯たんぽ代わりに出来るからだ。子供ってあったかいの。
「クエレブレ君、お顔を洗うよ」
「うぇ~、いやー!」
「わがままを言わないの。ほら」
洗面所まで来た俺は少し深めの桶の中に入ってクエレブレ君を強引に招きいれ、水の魔法術と炎の魔法術を組み合わせたオリジナル魔法術、温水の魔法術を使った温水球を作成。そこに顔を突っ込んで洗顔を済ませる。クエレブレ君は嫌がったが、俺が青の魔結晶をチラつかせると渋々といった表情で顔を洗った。よしよし、良い子だぞ、クエレブレ君。
ふむ……そろそろ温水の魔法術にも慣れてきたし、次は偽物と土の魔法術を使ってミネラルだの鉄分だの炭酸だのを混ぜ込む練習も始めよう。木の魔法術でバスタブを作って張れば人工天然温泉の出来上がりだ。
風の魔法術と炎の魔法術を組み合わせたオリジナル魔法術、温風の魔法術を使って顔と手に残った水滴を乾かし、桶の外に出てから温水の魔法術を解除する。すると、制御する力を失った温水球がバシャリと落ちる。魔法術はRPGと違って作ると現実に残るからな。わざわざ蒸発させるために魔法術を使うのも馬鹿らしいし、ここ最近は毎朝こんな感じだ。
着替えてから洗面所を出ると、良い匂いがリビングから漂ってきた。俺ならワクワクしながらもゆっくりと行くのだが、お転婆お嬢様グレイキンはそんなの関係ないとばかりにドタバタ駆けつける。
「龍骨スープ!」
「こら、グレイキン。お行儀が悪いよ」
「あ……ごめんなさい、お父さん」
「ごえんなさい」
俺が謝ると同時になんだかよく分かっていない様子のクエレブレ君も頭を下げた。可愛らしいなぁ。食べちゃいたい。
いや、今はそれより龍骨スープだ。
舌の根も乾かぬうちに荒っぽく走って席に着く。途端にふわっと鼻腔を突くさっぱりとした匂い。う~ん、最高!
「いただきます!」
「いたらきます!」
「まったく……」
苦笑する父さんを尻目に木製のスプーンで黄金色に輝くスープを掬い、口に入れる。
舌が火傷しない程度に熱々で、僅かな臭みを引き立てて独特の癖と化す病み付きになる香り。う~ん、最高!
「美味しい!」
だが、やはり味は感じない。
最近分かったのだが、どうも俺は味覚障害者らしい。口の中に何かがある感触はあるし、食欲も並以上にあるのだが、味がまったく分からない。異世界の未知なる料理を味わえると思っていたのだが、世の中そう上手くは出来ていないようだ。魔法術の才能に味覚が取られた、とは母さんの言葉である。
父さんはそんな俺に香りで楽しめる料理を色々と作ってくれる。龍骨スープはその中でも群を抜いて美味しい料理で、その名の通り龍の骨という高級素材を使った特別な料理だ。匂いは良いものの、味が壊滅的なので好むのは相当な物好きらしいが、俺は味覚が無いので。
ちなみに、クエレブレ君は普通の野菜スープだ。
「ごちそうさま! 遊びに行ってくるよ!」
まさしく音の速さで軽い朝食(子供の体には丁度良い)を終え、クエレブレ君とクーメスを置いてさっさと家を飛び出す。俺としては父さんと母さん、ナジェさんに挨拶をした後にクーメスと遊びにでかけたいのだが、お転婆お嬢様グレイキンはそんな面倒くさいことは歯牙にもかけない。最初は父さんと母さんも大目玉だったが、『天才魔(ry』が付いているから安心してくれと説得してあるので問題は無い。一日に一回、自由に遊ばせるのも大切だと言い含めたのもある。
家から出れば人はいない。この辺にはあまり人が近づかないし、色々やらかしても問題ない。
なので、絶対に入るなと言われている『仄暗い森』の探索を進める。
入るなと言われても、お転婆美少女グレイキンは気にせず入る。天才魔法術美少女グレイキン自身の才覚として使用した木の魔法術があるから森は味方であるような物だし、この森の中層に出てくるような魔獣なら『天(ry』の敵ではない。
それに、魔獣は倒すとランダムで魔力が上昇する。『仄暗い森』に行くのはボーナスを狙う意味もあるのだ。ちなみに、俺は魔獣を殺して二回だけ魔力が上がった。法則とかはどうも無いらしい。完全なランダムであるのなら、機会は多く作っとかないとな。
さて。
木の魔法術で根をどかしたり薮をどかしたり、その見返りとして水の魔法術で水をあげたりしながら進み、森の中層までたどり着いた。
早速闇の魔法術の練習をしたいところだが、三十分前から張り続けている水と風の魔法術を組み合わせた霧の魔法術が魔獣の反応を拾った。中型魔獣の中でもやや大きめといった反応だ。この辺りの危険な魔獣はあらかた全滅させた筈なんだが……どこからか迷い込んできたのか?
「大体千キュビット先だね……って、随分とこっちの世界に染まっちゃったね」
キュビットとは指先から肩までの長さの事で、大体五十センチくらいだ。こっちの世界にメートルは存在せず、辛うじてミリやセンチが魔法術具の製作に関わってくるくらいだ。前世の世界ほどの文明を持たない世界ではきちきちっとしたメートルなんて大工くらいしか使わないだろう。まあ、こっちの世界の大工が百センチ=一メートルを使っているかどうかは知らないけど。
っと、そんな事より魔獣だ。既に俺へ眼をつけたのか、結構な速度で迫ってくる。千キュビット……約五百メートルの距離が三十秒くらいで無くなりそうだ。これ、軽く前世の自動車並みじゃね?
万全に準備を整える暇も無く、その魔獣は姿を現した。
まるで前世のティラノサウルス……というよりカルタノサウルスか? 肉食恐竜を連想させる姿で、全体的な色は黒。尻尾の先から背中、頭頂部までを炎を思わせる赤い模様が続いていて、どこも一キュビット(つまり五十センチくらい)は伸びている。う~む、絨毯にしたらドラゴンの尻尾模様になりそうだ。硬そうな鱗だから、絨毯には適さないが。
全長は二十キュビットもあるだろうか。八キュビットの高さがあるから実際より大きい気がする。うわっ、あの鉄みたいに黒い牙! 一つ一つが一キュビットもあるぞ! 鉄板なんて煎餅扱いに出来そうだ。
しかしまあ……随分と妙な事態になっていやがるな。
まずこの恐竜っぽい魔獣、全身が傷だらけなのに特定部位と足のみ目立った外傷が無い。左目まで潰れているその様は、まるで宝物を抱えて敗走した熟練の兵士に通じる。
そして、今感じた霧の魔法術の反応。でかくねぇ……いや、でけぇ。
……OK、分かった。状況の把握は終了。問題は魔法術の制御に集中力を費やしすぎないよう注意するだけだ。
「グォォォォォォォォォォォ!!」
「ねえ、お前は死なないよ。『緑に橙を持って白と化し、黒になる』」
起死回生を狙ったらしき黒牙を避け、右手で恐竜に触れる。直後に略式魔法術が発動し、事態が急変した。
まず訪れた変化は緑。光が右手を伝って恐竜へと届き、体中の傷を癒す。
直後の変化は橙と白。恐竜の特定部位をそれぞれの光が被い、イメージ通りの水晶鎧が生み出される。
そして表れた変化は青と黒。霧に紛れてやってきた青い小型魔獣が恐竜に襲い掛かり、俺の左手に出現した闇に吸い寄せられる。
フフ、ハッハハハ! ぶっつけ本番だったが、上手くいってよかった!
さぁて……蹂躙を始めるぞ。
「『蒼と翠に混じりし紅が討ち、黒が若草を包む』」
水と風の魔法術に炎の魔法術を混ぜた魔法術によって熱湯と熱風を作り出し、青い小型魔獣――ヴェロキラプトルに似ている――共にぶつける。全てを包み込む闇に吸い寄せられた小型魔獣共の群集帯に向けて放たれた熱の塊は連中の鱗から染み込んで皮膚を焼き、爛れさせた。
さらに闇の魔法術に尖端を包み込まれた周囲の枝が木の魔法術によって鞭のようにしなり、小型魔獣共をメッタメタに打ちのめす。
うん、八匹は死んだな。
残りの五匹は俺がやる!
「お前たちは幸運だよ。非孤独な死を迎えられるからね」
闇の魔法術を使って残りの小型魔獣の視線をこちらに向けさせ、先ほど使った偽物の魔法術と闘法術のミックスを今度は自分に使用する。
体の奥底から魔力がせりあがり、結晶化して安定する。両腕と両足が白い結晶に包み込まれ、右手には偽物の魔法術によって作られたツヴァイハンダーが出現する。
「さってと……集中力しだいではブースト系の闘法術も使えるね」
よし、これで戦える。
構想はあったんだが、まだ実験をしていなかったんだよな。丁度良い、コイツラで運用試験だ!
闇の魔法術に引き寄せられた青い小型魔獣の密度が最も高い場所に飛び込み、白い水晶のツヴァイハンダーを振り回す。握ったリカッソに伝わる衝撃が、凄い。なるほど、母さんはいつもこんな衝撃を感じながら俺達を守ってくれていたのか。
違うか、違うね。
母さんのツヴァイハンダーは一撃で砕けたりしない。
まあ即席で作った魔結晶の剣だし、こうなることは織り込み済みだ。
掌の中で砕けた水晶の柄を一番近い小型魔獣に投げつけて隙を作り、偽物の魔法術で新たな剣を作る。片手半剣。その中で切っ先が鋭く、叩ききるだけでなく突くことも考慮された構造のバスタードソードだ。
水晶に覆われた右手でバスタードソードを握りしめ、手近な小型魔獣に切りかかる。切れ味なんて割れたガラスと大差無いが、それでも成人男性三人分の力で強引に断ち切る。小型とはいえ魔獣である青い小型魔獣を即死させる事は出来なかったものの、体の中に半分ほど剣身が入り込んでいるため、直に死ぬだろう。ツヴァイハンダーで殺したのが二体だから、残りは二体だ。
すぐさま残りの青い小型魔獣に眼を向けると、既に二体が鎌にも似た鈎爪を振りかざしていた。ふふん、なるほど。一体を犠牲にして俺という脅威を討ち取ろうとした訳か。
甘い! 甘すぎるぞ、貴様ら!
突き刺していたバスタードソードを引き抜き、その反動を活かして左後ろから襲い掛かってきた青い小型魔獣をなぎ払い、右前から迫っていた青い小型魔獣の鈎爪を左手で受け止める。いくら即興とはいえ、これでも三年と半年は使い続けてきたんだ。壊れにくい魔結晶のイメージなんて、寝ながら出来る。
それでも中ほどまで傷が入ったのは想定外だったけど。
水晶の篭手で受け止めていた鈎爪の主へバスタードソードを向ける。同時に飛び跳ねて後退していた青い小型魔獣が再び飛び掛ってきた。どこぞの青い鳥竜種よりよほどリアルで合理的な動きだな!
右手に握っていたバスタードソードを全面に持ってきて握りの下部分と柄頭を左手で握る。バスタードソードは片手でも両手でも扱える構造なので柄頭が邪魔をして力が入りにくいなんて事も無く、闘法術のブーストも手伝ってわりかし余裕で迎撃出来た。こう、左下から一文字にズバッ! と。
ズバッ! とやったついでにそのままの勢いで円を描くように後ろ側へと振り下ろす。ゴジュッ、という音が聞こえた。うむうむ、やはり迫ってきていたか。そりゃ、バスタードソードは日本刀みたいに斬る武器じゃないから、なぎ払っただけだと死ににくいのだ。それに、魔獣は生命力が高いというよりは痛覚が鈍いせいで普通の獣より強くて厄介。この程度を予想できなくては『仄暗い森』の中層になんて来れません。
「すっ、はぁ……」
うっ、我ながら艶やかっつか色っぽい。いかんいかん、気を引き締めないとグレイキンに呑まれる。それが最終目標とはいえ、こんなに早く呑まれてしまえば『天才魔法術美少年』としてのキャラが保てなくなる。もう無意識は女なんだから気をつけないと演技が出来なく……
「ケギャー!」
反省の内に籠もってしまったせいか、気づくのが遅れた。
殺しそびれた奴がいたのか、振り向いた時には既に青い小型魔獣の鈎爪が眼前まで迫っていた。
やばっ、これはちょっとバスタードソードが間に合わ……
ザグッ! ←乱入してきた恐竜が青い小型魔獣に噛み付いた音。
ギャ!? ←突如訪れる混乱に対応出来ない断末魔。
バキッ! ←青い小型魔獣迎撃用に展開した闇の魔法術の槍が恐竜の歯に当たって根元が砕けた音。
「グォ!?」
「きゃ!」
やっべ! どこかの恐竜遊園地みたく恐竜が助けてくれたってのに、俺の馬鹿!
と、とりあえず!
「『白と緑になる』」
偽物の魔法術で奪った牙の代わりにありったけの硬さを籠めた魔結晶を恐竜の口内に作り、回復の魔法術で癒着させる。俺の魔力で形作られた二つの魔法術が重なり合い、恐竜の新たな牙となる。
「グァ……?」
巨体に似合わぬ気の抜けた声を上げ、不思議そうに口を開閉(その際、咥えていた青い小型魔獣がグズグズと崩れ落ちた)する恐竜。咄嗟に作ったからサイズが合わなかったかもしれん。まあ、この場では誤魔化せたようだし、細かい微調整は後で考えよう。
「助けてくれて、ありがとうね」
何かしっくりこない様子の恐竜に頭を下げる。ちょっとドジったとはいえ、さっきのアレはまず間違いなく俺を助けようとして行ってくれた行動だ。命の恩は頭を下げる理由として十分。今更敵対行動を取る訳も無いだろう。
「ガァ」
一応感謝の気持ちは伝わったのか、恐竜はでっかいベロで俺の顔をベロッと舐めてきた。うぅ、流石は肉食恐竜的な見た目。凄く生臭い。
でも、なんだかくすぐったくて良いな。
「あはは、くすぐったいよ、きゃはは」
俺が四歳児らしい(と思う)歓喜なる悲鳴を上げる度にベロベロと舐めまくる恐竜。これは懐かれフラグが立ったか?
っと、いけないいけない。
俺はなんとかベロベロ天国(地獄?)から抜け出し、恐竜の特定部位に付いた水晶を闇の魔法術で俺自身の手足の水晶と同一化させ、一気に解除する。俺の体に触れているうちは良いけど、制御を離れると途端に魔法術って解除できなくなるから、面倒だけどやるしかない。いやぁ、闇の魔法術に才能があって良かったよ。ついでに熱湯や熱風を浴びてダメージを負った周囲の木に回復の魔法術を使っておく。こうするとしないとで、森の好感度が変わるのだ。森に好かれると木の魔法術が使いやすくなり、時たま美味しい果実とかくれたりする。俺も森を敵に回すつもりはないので、毎日きちんと森に貢献している。
「グォァ」
厄介な拘束具が取れて嬉しそうに声を洩らす恐竜。またベロベロしてきた。う~ん、良い。なんか良いぞ。生臭いけど。
よし、決めた!
「お前、良い奴だね。われのペットになってよ」
古代から続くロマンの一つ、竜騎士になってやる。
初見では怖そうだなと思ったが、今となっては中々どうして可愛いものだ。後カッコイイしな。父さんと母さんの話では魔獣を飼いならす人もいるようだし、法律上は問題ないだろう。
なら、それはやっても良いことなのだ。
「グォ?」
ビシィ! と、無い胸反らしながらドヤ顔で人差し指を恐竜に向ける。すると恐竜は、訝しそうな目の動かし方で俺の人差し指を見つめた。ああ、これは分かってないな。
まあ、魔獣を従える方法なんて精々が餌を与えるかブラッシングぐらいしか思い出せないので、強制させることは出来ないけど。そこらに転がってる青い小型魔獣共は……餌にはならなさそうだ。どう見ても肉食っぽいし。骨とかは龍骨スープの例によって俺的に美味いかもしれんが。
「われに付いて来てよ、恐竜!」
とりあえずそれだけ言い放ち、俺はポケットからドングリモドキを五つ取り出して木の魔法術を使う。宙に放ったドングリは見る見るうちに成長し、途中で俺の干渉を受けて不自然な曲がり方をする。それが繰り返され、一分も経てば木箱が五つ完成。骨組みだけのそれらに偽物の魔法術を使って面積を生み出し、土の魔法術で作ったレールの上に乗せる。さらに、土のレールを被うように偽物の魔法術で補強し、箱の溝にガッチリ組み合わせるよう出っ張りを作る。即席の魔法術トロッコだ。
その上に青い小型魔獣を積み込む。一応恐竜型の魔獣の話は母さんから聞いてるんだけど、この辺りに出没するとは言ってなかった。そこら辺が気になるので、持ち帰って父さんと母さんに見せるのだ。
後、素材が何かに使えるかもしれん。このままここに残しておけば某狩りゲーの如く元気満々なバクテリアが一日でほぼ分解しちまうからな。骨も残らんでは話にならん。
しばらくブーストの魔法術を使ってせっせと積み込んでいると、恐竜が俺と同じように青い小型魔獣を咥え、魔法術トロッコに積み込んでくれた。どうやら懐かれたらしい。よしよし、これでロマン前進だ!
「ありがとね、恐竜。これは褒美だよ」
そう言って俺は父さんが龍骨の端材で作ったおやつを取り出し、恐竜の口目掛けて放り投げる。匂いで食べられるものだと判断したのか、恐竜は嬉しそうにキャッチし、咀嚼した後にペロリと飲み込んだ。恐竜でも龍骨は好きなんだな。新発見。
そんなこんなで計十三体の青い小型魔獣を積み込み終え、今度は氷の魔法術でトロッコに蓋をする。続いて後部に偽物の魔法術で大きな水晶の板を作り、根元部分を土やら氷やら木やらで補強。よし、これで準備完了だ。
「恐竜、われは家に帰る。乗せてくれ」
返事も聞かずに土の魔法術を足元に発動し、足場を作って恐竜の背に飛び乗る。いきなりで驚いたらしい恐竜が一瞬だけ身動ぎして落ちそうになったが、事前にブーストを使って強化しておいた力で必死にしがみつく。その怯えもすぐに治まり、大人しくなった。
その様に満足しながら徐々に体を前へずらし、頭の上のコブみたいな二本の角に捕まってバランスが取れるような位置を探す。これが中々時間を食い、五分ほど頑張ってようやく定位置を掴めた。
「よしよし、良い子にはご褒美をあげないとね」
「ガァ」
懐からもう一つの龍骨おやつを取り出し、直接口の中に落としてあげる。恐竜は嬉しそうに鳴いて龍骨おやつを咀嚼した。意外に揺れが伝わってこない。下顎だけが動いているのか?
どうでもいい疑問を浮かべつつ、右手を前に突き出して土の魔法術を使う。右手から伸びた土の柱は途中で五つに別れ、それぞれの魔法術トロッコを乗せているレールに繋がる。それからさっき通ってきた道を思い出しながら魔法術を発動し、家までレールをひく。が、俺の魔力ではそこまで伸びず、六十キュビットほど進んだところで限界が来てしまった。ううむ、これは少し不味いな。
少し考え込み、右手に土と水晶の篭手を再び出現させ、闇の魔法術を使って覆う。そして闇を伸ばし、魔法術トロッコを柔らかく包みながら前方のレールへ接触させて右手とレールを同一化する。これで恐竜に乗りながらでもレールを作ることが出来る。
さて、準備は整った。
風の魔法術を使って水晶の板に追い風を当て、魔法術トロッコ五つを前進させる。最初はゆっくりだが、いずれ速度は出るだろう。
「さあ恐竜、あのトロッコを追いかけてね!」
「ガゥ」
……それなりに懐かれたとはいえ、やはり言葉は通じないか。
仕方ない。
闘法術で足と腰の力を強化し、左手を角から離して氷の魔法術を発動させる。所々に隙間を作った氷球の中に龍骨おやつを入れ、少しずつ伸ばして恐竜の鼻先まで近づける。古典的、ゆえに効果の程も証明されている方法だ。
「ガァ!」
予想通り、恐竜は龍骨おやつの匂いを追うような形で足を動かす。速度は上げ下げで調整しよう。上に上げればその分上に注意が向いて減速し、下に下げれば距離が開いて加速する。我ながら良い考えだ。
そして風と氷と土と偽物と闇の魔法術と闘法術を駆使し、二度ほど脱線しかけながらも無事我が家に到着したのだった。
ちなみに、常人が同じ事をやると四十回くらい死ぬ。
私にもどうして恐竜のペットが出来たのかさっぱりです。最初は倒すつもりで書いてたのに、いつのまにか友情が……