千聖のクラスメート黒木梨亜。クールな美少女で、その正体は
続きです。今回は少し長くなります。
ドアの向こうで誰かが私と千聖の会話を盗み聞きしている!
私には気付かなかったけど、千聖の方はずっと意識していたようだ。
いったい、誰? 千聖がその人物の名前を呼ぶ。
「黒木さん? 黒木梨亜さんですよね?」
「え? 黒木梨亜?」
黒木梨亜って言えば確か…
返事がない。更に呼びかける千聖。
「そんな所で盗み聞きしないで部屋に入って来たら?」
「黒木梨亜って言えば、確か千聖のクラスで学級委員やっているコだよね?」
私はドアの方に行ってみようとしたけれど、千聖に止められた。
「黒木さん!」
強い口調で千聖が呼ぶと、ドアが開いて1人の女のコが入って来た。
ニヤリと笑みを浮かべ、チョットばかり太々しい態度を取っている。
ロングの黒髪が良く似合い、大人女性のような雰囲気を醸し出す、その女のコ。
やはり黒木梨亜さんである。
「教室や廊下では必要以上に大きな声は出さないって言う決まりが有るでしょう?
あまり大きな声で叫ぶと先生から注意されるわよ、美月さん」
「何ですの? 私たちの会話を盗み聞きするなんて」
「盗み聞きなんか、していないわよ。この部屋の前を通ったら、偶然にもアナタの話し声が耳に入っただけ」
「嘘ですわよね? ずっと私たちを尾行していた事ぐらい、分かっていますのよ」
千聖の言った事にカチンと来たのかな? 黒木さんの表情は穏やかではない。
「失礼な言い方ね? 尾行なんかしていないって」
「本当かしら?」
「…」
私はジッと、黒木さんをマジマジと見つめた。
黒木梨亜。私たちが2年に進級した時期に薔薇ヶ丘高校に転入して来た女のコ。
それまでは父親の仕事の関係でイギリスに住んでいたらしく、本人の希望で単身帰国して来たようだ。今は2人のメイドさんと一緒に暮らしているとか。
千聖ちゃんに負けず劣らず美少女だけど、どこか氷のような冷たさを感じちゃう。
同性としては近寄りがたい存在だけど、これでも男子にはモテモテなのだ。
千聖が以前、語っていたけれど黒木さん自身が女子にはクールな態度を見せるけど男子には凄く優しく接するらしい。
男子なら誰にでも暖かくオープンにするのだと言うのだ。
休日には一部男子たちとデートしたり、街で遊んだりしているのがよく目撃されている。女子とはあまり接しようとはせず、上から目線での対応だから黒木さんを嫌う女子は多い。だから友達はいない。
男子たちと語り合う以外、殆ど1人ぼっちだから千聖が心配して黒木さんに話しかけたりしていた。
最初の頃は黒木さん、気さくに千聖さんと接していたけれど、そのうちに段々と千聖の方から距離を置くようになった。キッカケはクラスで行われた学級委員の選挙である。推薦や投票で千聖と黒木さんの2人が最後まで残ったけれど、当選したのは黒木さん。男子たちや一部女子の強い支持で学級委員になったのだ。
それまでは比較的大人しかった黒木さんは強気な態度を見せるようになり、何に対しても口出しするようになった。
クラスのリーダー的存在になったのは言うまでもない。
千聖に対しても気に入らない事が有ると遠慮なくズバズバと指摘するようになった。
どうでも良い事までも言われてしまうから、温和な千聖さんも流石に不満を持つようになったのだ。
その黒木さんが目の前にいる。だから千聖の表情が穏やかではない。
丁度、私はページを開いたまま本をテーブルに置いた時だった。
黒木さんは本を手にして目を通し始めた。
「うーんなるほど、これは確かにロベリアね。悪魔ゾロフィーと戦っている絵だし」
黒木さん、骸骨の顔をした悪魔の名前を知っていたんだ。尋ねてみよう。
「黒木さん、ロベリアの事を知っているの?」
黒木さんは腕を組んで答えた。
「知っているわよ。人間を騙す悪い女」
「え? 悪い女? なーに、それ?」
私の所へ歩み寄って来た黒木さん。
「神奈木さんったら、千聖が言った事を真に受けるの?」
「真に受けるって?」
「このコが説明した事、信じるワケ?」
「友達の言った事だから、信じるよねフツー」
「それって変」
「変? 信じるな…って事?」
クスクスと笑う黒木さん。
「聖霊界に住む聖女だとか、女神に近い高貴な御方だとか、そんなの全てウソだって事が分からないかしら? まあ、あまり知られていない事だから知らないのも無理ないけど」
「じゃあ、ロベリアって何者なの?」
「地獄界からやって来て、この地上界で人間を騙したり誘惑したりする魔女。時には不幸に陥れたり、命を取ったりする事も有るみたい。もっと恐ろしいのは、人間同士に憎しみと欲望を奮い立たせて戦争を起こすように操ってしまう事よ」
「デタラメですわ。魔女だなんて失礼な」
とまあ、千聖の表情は穏やかではない。
黒木さんは千聖の不満顔なんか気にせず、本の絵を見ながら話しを続けた。
「確かにキレイな姿をしているわね? 女神様のようだって言う感想も有るのもうなずけるわ。でも最近になって、ロベリアの聖なる美しいイメージを覆す新しい資料が発見されたから」
「どんな資料ですの? そんな情報なんて、聞いた事もないですわ」
「魔女で有る証拠を示す文献が記載されている資料よ。実は公にされていないシークレット的な情報だけど、私は独自の秘密ルートで入手したの」
「…」
「そんなトンデモない邪悪な魔女に、神奈木さんったら身も心も捧げようとしている。危ないわね」
「危ないの?」
「そう、危ない。ロベリアや千聖に誘惑されちゃダメよ。自分を大切にしなさい。目を覚まして」
千聖がため息付いた。
「イイ加減にして。ロベリアの悪口を言うなんて許さないから」
「私は神奈木さんの為を思って言っているの。美月さんも美月さんよ。どこで勉強したか知らないけど、情報ぐらいはキチンと調べなさない。2人して、イイ加減な情報に惑わされているなんてシャレにならないわ」
「もう」
「神奈木さん、ありもしない変な誘惑に惑わされちゃダメよ」と言って、黒木さんは私の肩を軽くポンポンと叩いた。
部屋を出ようとする黒木さんは振り向きざまに私に付け加えた。
「美月さんとはあまり付き合わない事ね」
「待って、黒木さん」と千聖が呼び止める。
足を止め、黒木さんは振り返った。
「なーに?」
私は千聖に注目した。黒木さんから耳が痛くなる事を言われて悲しそうな表情を見せていたのに、何だか勝ち誇ったような表情になったからだ。
腕を組み、クールな眼差しで黒木さんを見るとは。
「もうそろそろ、タイミングどきかしら?」
「タイミングどきって?」
ジーっと相手を見つめる千聖。
しばしの沈黙…
そして…
「あなた…、どなたですの?」
「ハァ?」
「どなたなのって訊いているの」
「私は黒木梨亜よ」
「黒木梨亜…、表向きはその名前ですよね?」
「何なの、いったい」
ニヤッと微笑む千聖。
「何者なのかは知りませんけど、まんまと私の罠に引っ掛かりましたわね?」
「罠? なーにそれ?」
千聖…、フフフと含み笑いを見せちゃって。何か有りそうな空気。
「黒木さんは…、ファンタジーとか神話とかに興味が有って知識も豊富そうですわ。聖霊界に住む女性戦士の事だってご存知ですし」
「それが何?」
「当然…、私の間違いにも気付くハズですよね?」
「間違い?」
「あなたが魔女だと主張します聖霊界の戦士の名前ですけど」
「?」
「ロベリアだったかしら?」
「ロベリアよ」
「シルビアだったと、思いますけど?」
「シルビア?」
「そうシルビア。シルビア、シルビア!」
「し…!」
黒木さんは急に固い表情を見せ始めた。千聖の質問は続く。
「黒木梨亜って言う人は本来なら、薔薇ヶ丘高校にはいないハズですわ」
え? いない? 千聖の口から出た意外な情報に私も気を引いた。
「いないって、どう言う事?」
「黒木さんの事、私の独自のルートで色々と身辺調査をさせていただきましたの」
わぉ! 千聖ちゃんが大胆にも身辺調査だなんて、初耳である。
流石の黒木さんも穏やかではない。
「何でアナタがそう言う事するのかしら? それって他人のプライベートを覗き込むストーカー行為だと思うけど?」
「人間ではないアナタに、プライベートなんて…何も関係有りませんわね?」
千聖ちゃんは勝ち誇ったような表情で黒木さんを見つめる。
腕を組み、堂々とした態度を見せるとは。私は千聖に話しかけた。
「どんな事を調べたの?」
「黒木梨亜と聞いて、私のウチで働いている若いメイドさんが驚きの表情を見せましたの。戸切百合高校に通っている黒木梨亜さんが薔薇ヶ丘高校に転入したのかなって。それとも同姓同名なのか? メイドさんは黒木さんの事を良く知っていたから、凄く疑問を抱くようになりましたの。それで私が、その応えようと身辺調査をした次第ですわ。調査の結果、戸高の黒木さんは半年前に謎の死を遂げていた事が分かりましたわ。しかも、亡くなった御本人とアナタは全く同じ姿をしている」
「…」
私は黒木さんの方に視線を向けた。
黒木さん、千聖とは視線を合わせずバツの悪そうな表情をしているじゃない。
黒木さんに歩み寄る千聖。
「どんな理由なのかは知りませんけど、黒木さんを殺したのはアナタですわね? そして殺した本人になりすまして薔薇ヶ丘にやって来た。アナタが学校に提出した身分に関する書類は全て偽造した物だって事も分かっています」
「…!」
ますます、気まずい感じって言う雰囲気の黒木さん。
視線をそらしたまま怖い表情を見せるだけである。
千聖のツッコミは続く。今度は衝撃的なツッコミである。
「イイ加減に正体を見せなさい。アナタ…獣魔女…グロリアスね?」
黒木さんの表情が豹変した。鬼のような顔つきになったのだ。
目をギラつかせて千聖を睨み付ける。
「バレたかい。勘の鋭そうなお前の事だから、とっくに分かっていたと思っていたけど」
あれー? 声のトーンも変わった。ハスキーな感じの声かな?
高笑いした千聖。
「アハハハハ! バレバレですわ」
黒木さんはそのまま態勢を整えた。
相手を襲おうとする構えの態勢と見た私は危険を察知し、素早く千聖の前に立った。
「アンタは化け物なの? だったら、正体を現しなよ」
「このアタシにサシで勝負しようとするのかい?」
「私は強いから。誰にも負けないし」
「威勢がイイな? だが愚か者だ。神奈木麗良よ、お前のような人間のガキがアタシの相手になれるワケがないだろう? 戦士になるんだって? 笑わせるんじゃないよ」
「化け物が! 人をナメてんじゃねーよ!」
黒木さんの姿に変身している怪しげな存在は私に歩み寄って来た。
そのまま襲いかかって来る寸前に、私はジャンプして一気に回し蹴りをした。
弾みで相手は激しく後ろへ転倒! すぐに起き上がり、本気になって私に襲いかかって来る。私は咄嗟に相手の攻撃を交わし、腹部に強烈な一発を食らわした。
同じ学校の女のコ相手にケンカをしているみたいだけど、相手は化け物。
姿だけで惑わされてはダメである。激しいパンチや肘蹴りの応戦が続く。私はタイミングを見計らって強い蹴りを入れた。
相手はそのまま後ろへと跳ね飛ばされた。
「やるね! 人間の小娘にしては大した腕だよ!」
相手はよろめきながら、ゆっくりと立ち上がった。
「別に大した事ないじゃん。正体を見せなよの」
横から千聖がソッと話しかけて来る。
「麗良さん、相手は人間の想像を超えた恐ろしい獣魔女グロリアスだから気を付けて」
「そう言えばさっき、そう言っていたよね?」
「見て!」
私は千聖が指差す方向に目を向けた。
何と黒木さんの姿がCGのようにゆっくりと変化し、どす黒い姿の怪物に変化したじゃない。大きな耳に真っ赤な鋭い目。耳まで裂けた口からは鋭い牙が覗く。
2本足で立ち、やや前屈みの姿勢で両腕が左右共に長い。長い尻尾が生えている事から獣の一種なのだろうか?
「ええー! コイツが!」
「グロリアスは、どんな姿にも変身出来ますわ! 元々は地獄界の牢獄に幽閉されていたハズなのですけど、誰かの陰謀によって逃げ出していました!」
神々の事と言い、ファンタジー的な事と言い千聖って随分と詳しいんだねとツッコミ入れたくなるけど、そんな余裕はない。
ホラホラ! 相手が向かって来るから! 私はダッシュして、グロリアスに体当たりした。そして相手の両肩を掴んで一気に背負い投げをした。私より大きな体が宙を舞い、床にデーンと落下する。グロリアスはすぐに起き上がり、大きく口を開けた。
舌が触手のように長く伸び、私の身体。丁度、ウエスト辺りに巻き付いた。
ヤバ! と思ったけど遅い! 私の身体は宙を舞い、激しく振り回された。
そしてそのまま窓ガラスを突き破って校舎の外へと投げ飛ばされてしまった!
私たちがいた部屋は校舎4階の場所で下は中庭。道路とか芝生が広がっているから、落下してしまったら即死だろう。
この世ともサヨナラで15年の短い人生を終えてしまう。
続きます。