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  作者: 深江 碧
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固い声でつぶやく。

「忘れていないどころか、村人は君に対して罪悪感を持っているよ。もし君が村人の所業を恨んで、まだこの世に留まっていると言うのなら、僕はどうしたらいいのだろう。何とか君の未練を晴らすことは出来ないのかな」

 少女は不機嫌そうにそっぽを向く。

「そんな数百年も昔のこと、今更恨みに思っている訳ないわ。私は山神様のお使いだぞ。そんな小さなことでくよくよ悩んだりするものか」

 言い放ってから、少女は緑の目を伏せる。

「しかしな、私も昔は人の子だった。生まれた時からこんな奇妙な緑色の目を持って生まれてきたものだから、親は私を気味悪がった。心から愛情を注いでくれなかった。村の子どもたちからも仲間外れにされて、私はずっと一人だった。ずっとずっと寂しかった」

 少女は小さく息を吐き出す。

 少年に憐みの目を向ける。

「だからなのかな。お前を見た時、昔の自分の境遇と重ねた。少しでもお前に役に立ちたかったのだ。お前の寂しさが紛れれば、私も救われるんじゃないかと思ってな。だが実際は、お前は両親に可愛がられ、村人にも受け入れられた。昔の私の境遇とはまったく違っていた。お前にとっては、私の同情は余計なお世話だったのかもな」

 少年はゆっくりと首を横に振る。

「そんなこと、ない」

 少年は少女の白い手をつかむ。

 その手はひんやりとして冷たい。

 とても生者のものとは思えなかった。

 少年はかまわず少女の手を握りしめる。

「そんなことないよ。君にもらった金竜草がどれだけ村人の役に立ったか。僕のせいで両親は今まで何となく村人に避けられていたけれど、君のくれた金竜草から作った薬おかげで、村の人たちにとても感謝されたんだ。それ以来、村の人たちがよく父さんの薬をもらっていくようになったんだ」

 少年の話を聞いて、少女は緑の目を細める。

「よかったな。村の人たちに受け入れてもらえて」

 少女は小さく笑んで、少年に身を寄せる。

 少年の体にもたれかかる。

「あ、あの、何を?」

 少女に抱き着かれた格好の少年は、顔を赤くしてしどろもどろになって尋ねる。

「なに、お前の体は温かいな、と思ってな。この体になって、長らく生者の温もりを忘れていたが、私も生きているうちにこうして両親に抱きしめられたかった、と思ってな」

 少女のつぶやきを聞いて、少年は胸がずきりと痛む。

 少年はそろそろと少女の背中に手を回す。

 そっと抱きしめる。

 少女の体は氷のように冷たかったが、少年はかまわず抱きしめ続けた。

 冷たい秋風が吹き、少年は思わずくしゃみをする。

「なんだ汚いな。私に鼻水をつけるなよ?」

 少女は少年から体を離し、くすくすと笑う。

「つけないよ」

 少年は鼻の頭を指でこすり、恥ずかしそうに顔を背ける。

 そこでふと、少年は少女の名前が気になった。

「そう言えば、君の名前は何と言うの? 生きている間はちゃんと名前があったんだろう?」

 少女は呆れたように返す。

「そう言う時は、自分から名乗るものだろう?」

 それもそうか、と少年は納得し、自分の名前を言う。

「僕はヨル。夜にしか外に出られないから、そう付けられたのだけれど」

「単純だな」

 少女にぴしゃりと言い返されて、少年はわずかに落ち込む。

「私も、まあ似たようなものだが。私の名前は、ヒルコと言う。この緑の目が気味悪がられて、こんな名前を付けられたのだろうな、きっと」

 少年は目の前の少女をまじまじと見つめる。

 それは文献にある異形の神の名前ではなかっただろうか。

「ねえ、ヒルコ、さま。村の人たちの話では、この新月の夜は山神様と異形のものが村を闊歩すると聞いたのだけれど」

 少女は間髪入れず答える。

「その通りだ。今夜は山神様とそのお付きの異形のものとが、山から下りてきて里を回る日だ。そのため普段は山で霞のように存在している私も、こうして人の姿を取り、社の番をしているという訳だ。本当ならば私も里に下りて行きたいのだが、山神様が里に下りていくと言うことは、人の命を狩りに行くと言うことなのでな。お前みたいにのんきに外を出歩いている子どもがどうして山神様に見つからないのか、不思議で仕方がないのだが」

「ええ? そうだったの?」

 少年は素っ頓狂な声を上げる。

 今更ながら足元から恐怖が上がってくる。

「なあに、山神様は目がお悪いのでな。匂いを頼りに家の外にいる村人を探すのだ。お前からは日の光の匂いはほとんどしない。普段調合している薬草の匂いで、きっと山神様の鼻を誤魔化したのだろうよ」

 少女は寂しそうに緑の目を細める。

「わかったら、早く家に帰るんだな。そして二度と新月の夜に外を出歩くんじゃないぞ」

 少女は少年の肩を押し、くるりときびすを返す。

 社を背に霞のように掻き消えた。

 夜の境内に一人立ち尽くしていた少年は、急いで石段を駆け下りた。




 それから少女と出会うことはなかった。

 少年は少女の忠告通り、新月の夜だけは外を出歩くことはしなかった。

 他の夜に神社の境内に行っても少女の姿はなく、少年は小さな溜息を吐いて家に戻るのだった。

 それから何年かが過ぎ、少年は立派な青年に成長した。

 相変わらず日の光を浴びることは出来なかったけれど、働き者のアサがよく家に来て、薬草を摘むのを手伝ってくれた。

「ありがとう、アサ」

 青年が礼を言うと、アサはうれしそうにはにかむのだった。

 その日も青年を手伝って薬草を摘みに行ったアサは、いつまで経っても帰ってこなかった。

 日暮れ近くになっても帰ってこないアサを心配して薬草畑を見に行くと、彼女は胸を押さえて倒れていた。

 アサに心臓の持病があると聞いていた青年は、彼女を背負って家に連れ帰った。

 両親にアサが倒れていたことを告げると、薬師の父は深刻な顔でつぶやいた。

「アサはこれまでに何度か心臓の発作を起こしている。今度ばかりは助からないかもしれない」

 青年は父に治療法はないかと尋ねたが、父は首を横に振るばかりだった。

「今度も出来る限りのことはしてみるが」

 青年は父と一緒にアサの治療をしていたが、苦しげな彼女の顔を見ていられなかった。

(何とかアサの命を救う方法はないのか?)

 青年は必死に考えを巡らす。

 そこであることに気が付く。

(そうだ、今夜は新月の夜だ。もしかしたら金竜草なら、アサの心臓の病を治すことが出来るかもしれない)

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