組織のお仕事
「で、早速だが山根の仕事は…」
男はデスクに収まっていた椅子を引き出して、どんと腰をかける。
「だから僕は山根じゃないです。」
男が話している途中で高畑は嫌悪している表情を浮かべながら口をはさむ。それを聞いて男はふっと鼻で笑った。
「ここに招待された奴は口々に人違いだと嘘をつく。みんなここから出たいからな。お前もその中の一人じゃ。だが無駄な嘘はつかない方が身のためじゃ。なぜならこの新聞にお前の顔がのっとるからのぉ。」
そう言うと男はポケットから小さく折られた新聞記事を取り出し、デスクにばんと置いた。その新聞には眼鏡をかけた山根の顔写真が切手ほどのサイズで写っていた。その写真は高畑にそっくりだった。
運悪く連れ去られた夜、高畑は気づいたら勉強机に突っ伏して寝てしまっていた。そのため眼鏡をかけたまま寝ていた。眼鏡をかけた状態では、多くの人には高畑と山根の違いがわからないだろう。眼鏡を外したところで、組織は山根の素顔も知らない。
高畑は山根として組織の一員になるしかないのだ。
高畑はゆっくりとソファーに腰を落とした。すると男がぱっと口を開いた。
「おっと自己紹介をしてなかったのぉ。俺の事は剛と呼んでくれ。もちろんコードネームじゃ。」
続いて女も喋り出す。
「私は椛。以後お見知りおきを。」
喋り終わると椛は剛の向かいの席にすっと腰をかけた。長い髪が揺れる。椛の動きは滑らかでいちいち美しく、高畑はついつい見とれてしまっていた。
「あと、この組織にはもう一人『Pi』っちゅー戦闘員がおるんよ。今日は用事があると言って帰ったが、アイドルとの握手会じゃろ。」
アイドルが好きだなんて戦闘員か。悪の秘密組織の一員だってやっぱり人間なんだ。高畑は少しほっとした。
「お前も自己紹介せぇ。」
がつがつした広島弁で剛が言う。
「ぼくは高…」
ぼくは高畑です。そういいかけた時、ふと自分は山根だった事を思いだし、言葉につまった高畑。
「おう、お前のコードネームは鷹か。さっきまでその組織に入るのを嫌がってたのに、自分でコードネームをつけるとは、よくわからん奴じゃの。」
剛はがははと少し黄ばんだ歯を見せて笑った。しばらくして真顔に戻った剛は再び口を開いた。
「さて、仕事の話をせにゃいけんな。…鷹にはこの組織の頭になってほしいんじゃ。」