死海図書館 2
バールのような何かが過ぎる。冷たく響く金属音に刺される。まつ毛の先で火花が散り、黄色と赤の逃避衝動に駆られる。吹きすさぶ粒子に身体が攫われ、そのまま、一歩、二歩、三歩と宙返る。悪意の矛先もまたロアに追随し、唸りを上げる工具棒で突き上げてくる。受け手が出ない。四度下がる。通り過ぎる遠近世界を横目に据え、背後より近づく黒い影の存在を意識づける。
――闇の溜まり場。
バールのようなものが視界を遮り、手枷の鎖で殴打を防ぐ。黄色い火花。刹那に息づく線香花火を介して大刀合うロアと悪意。悪意の奔流がその禍々しい尾部を通じてロアに叩きつけられる――。
悪意の正体は一体何……心に留め置きロアは疾駆る。悪意の目先、紫光を弾いてイヴが先行。一際輝く閃光を放つ。思いがけない光の衝撃、悪意は狼狽え、ロアは跳ぶ。闇の溜まり場が頭上を反転。くるりと着地し対岸を窺う。飛翔する蛍火。螺旋を描いて三度回転、肩先を転がり翅を休める。
『em―bed』
向こう岸から上がる声。
禍々しくも魅きつけられる音。
素肌にかかる圧力が増す。
蠢く闇の禁断領域。パンドラの箱が開封される。
黒紫の粒子が空に返され、眠れる希望が取り出される。
闇だまりの防波堤の消失。悪意の奔流が悪霧となり押し寄せる。
「あれは……」
『ペナルティ。ロア。あれはペナルティ‘闇箱の魔女騎士’。
――ロア・ロダン。そう、キミの敵なんだ』
「敵……どうして? イヴ、僕はあいつを知らない」
『ロア。コンティニューにはペナルティが必要。そして、
キミはロア・ロダン。決闘者。
決闘者には闘いがつきもの。
たたかって、キミの敵を打ち倒すんだ』
目の前で巻き起こる炎を見上げる。
眩い光を放つ炎の形。
剣の姿を封じて、対峙する少年ロアを威圧する。
『ロア。キミならきっと打ち倒せる。ボクはキミについていくよ』
輝き一つ、イヴは瞬いた。
『ロア、決闘するには得物が必要』
イヴは言う。
炎熱を帯びた細剣が円舞を繰り広げている。
縦横無尽に飛来しては、ロアの首を掻き切り命を飲下そうと、真っ赤な舌で熱を這わせる。
ロアは見る。冷酷無比な悪意の容貌。炎熱の明かりがもたらす死線のその先。十代半ばの乙女の姿。憂いに満ちて、死を覗いている。意志のない瞳が微かに揺れて、ロアが剥き出す興味を悟る。不快と断じてたち切るように工具棒の切っ先で瞳を突いた。たまらずロアは宙にのけぞる。炎熱の刃こぼれが闇境を踊り、ロアの懐を一線に薙いだ。
魔女騎士の少女が小首を傾げる。骨を断ち切り肉を焼く手ごたえ、生命に触れる感覚が得られないと。肩を落として得物を起こす。
イブの明かりが少年を照らし出す。膝をつく少年は息をしている。息を弾ませ、身構える素振り。少女はそれが不思議でならない。生命を摘み取り、花を添える。今は遠い記憶の反芻……怨敵を見据えて歌うように口ずさむ。少女と同様あどけない姿。――主の声が耳に届く。『これは試練』と啓示が下る。慈悲を与えて、然るべき場所へ。主の御許に、送り届ける……。