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prologue 少年の目覚め

『おはよう、ロア・ロダン。お目覚めかい』


‘ぴくり’と、反応あらわな少年の尾っぽ。風変わりにも見える目覚めの兆候きざし。先っちょを持ち上げお辞儀を示す。ギラリと光る金属の質感。

『ロア・ロダン』。奇妙なしぐさで寝返りを打つ。‘ヒト科’ではありえない特有の器官……尻尾の先を奇妙に揺すり。

 ジャラジャラと手首が不自由そうで、目覚めの拍子に身体を起こす……けれど、支えがなくて失敗する。

 金属の腕輪と……暗色の鎖。手枷をはめる刑罰用具。少年をつなぐ腕輪の他にも、鉄の破片がココそこに散らばり、無為に……残りの四肢、足首にもあてがわれている様子。ただ足環そちらには重鎖の制限しばりがなく、いびつな玩具の歪みを差し引いても、多少自由のきく間隔スペースを有していると言えた。


「……ここは」


 目を開ける、少年の第一声。

 身の不自由を感じ、あてどなく抗う。カツンと打ち付ける肘の間接。掻き鳴らす耳障りな不協和音に、後を引く痛みが譜を刻み追いすがる。

 暗黙の闇間を覗き見た。隔たりを感じる。深淵もまたこちらを覗き見て、不意に、目の前に光が現れた。


『ロア・ロダン』


 視界は土臭い薄闇で広がっている。静謐に沈み……どうしようもなく虚ろで、ぼやけた輪郭は実像を結ばせない。

 耳に響く音だけが残るようで……木材の湿った匂いも感じる。しんしんと底冷えする空気にたきつけられて、『ここは、どこだろう』と、再三の疑問に耳を傾ける傍ら……。 


 −−かくして暗闇に光が齎された。


     ※※※


「おかえり、ロア。キミは敗北した。敗者は墓場で土を被る。もうじき、キミはキミを失うんだ……」


 仰向けに横たわる少年の上を、肩へ胸へと気まぐれにとまり……『ねんねん、ころり』と歌うように、ささめくこえで明滅を繰り返す。燭台の灯よりも仄かに暗く、闇に消え入り瞬く光。


 ……隣にはもう一つ、寝台が置かれている。明かりの向こうで伽藍堂がらんどうを嘆いている。墓場の主は不在のようだ。


「だけどココにはキミがいる。だからそれはキミ次第。ロア・ロダン、ボクはキミについていくよ」


 あいまいで、存在すらも確かではない。けれども暗澹たる世界に異を唱えて、導べに道指す光というのは、そういう光であるのかもしれなかった。


「ほらほら、動かない。じっとしてて。手枷の縛りをほどいてあげる」


 しばらくは一人で悪戦苦闘、軋む腕輪をもてあます少年だったが、光が鎖にゆらゆら纏わり、‘ちらちら’幾たび瞬きを繰り返すと、ほつれる端から螺旋へと巻き戻り、闇に花咲く泡沫となって溶けてしまう。重力に引かれる二つの絶ち緒は、音を重ねて跳ね落ちてしまった。

 解けた拘束が足許へ伸びる……ようやくと地平に足を浸け(つ)ると、ぼんやりと滞る世界に降り立つ。実体のない空を掴むようで、水面を渡り歩く頼りない感じ。


「ありがとう。……ところで、きみは誰。どうしてキミと僕はここに?」


 右に左にしゃにむに見渡す……無秩序に開かれた影のない世界だ。恐れと期待で足がもつれる。……歩く。無機質な表情であとを追う光。無邪気な仕草で闇間を遊び、離れる側から暗闇に消える。……呑まれる。進む足どりを一たび躊躇ためらわせると……視界の隅にいつまでも鎮座する。

 行く手を照らす光があって、少年の傍らをつかず離れず……それはどうにも頼もしい様子で。


『……名前、ロア、ボクの名前。ボクの名前は‘トゥインクル・イヴ’。トゥインクル・イヴだよ』


 瞬く一つ、『トゥインクル・イブ』――黒檀の闇に花咲く螺旋の輝跡を描いた。

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