第12話 安っぽい影絵 三話
特にすることも無かったからテレビを見ていると、玄関のほうから声が聞こえた。
「ただいま〜。」
「お帰り、蛍雪兄ちゃん。」
兄貴が元服して数ヶ月がたった今、俺も兄貴を呼ぶのに『蓮兄ちゃん』とは呼ばなくなっていた。
「ん?くじらか?ただいま〜。」
兄貴は刀を右手でプラプラさせながら、部屋に入ってきた。
「今日は珍しく早いね〜。何かあるの?」
実際、ここ最近の兄貴の帰宅時間で、今日が一番早い。
「今日は父さんが『龍鳴会』に呼ばれる日だろ?僕が変わりにくじらに稽古を付けろっていわれてるんだよ。」
そう言った兄貴は、楽しそうに笑った。
『龍鳴会』とは、近辺の家柄の良い人たちが定期的に開いている会で、その家々の頭首が参加する決まりになっている会合である。
仰々しい名前が付いているが、その内容はご近所さんの『囲碁の会』だ。
「親父、抜かりないな…。」
しかし、兄貴が帰ってくれたんだから、このままテレビを見ているわけにはいくまい。
「漆は?」
「母さんと、出てったよ〜。買い物じゃない?」
兄貴が制服のボタンを外しながら聞いてきたので、適当に答えた。
※ ※ ※
「よし。基礎は終わりだ。適当に打ってきていいよ。」
基礎が終わっただけで、倒れこみたい俺に兄貴が声を掛けた。
兄貴とヤルのは久々だな。
親父との修行の成果を、見せつけてやろう。
兄貴は、ラフに刀〔木刀〕をプラプラさせている。
油断大敵だぜ!
「ぬぅおぉぉぉぉ!!」
咆哮一発!掛け声と共に兄貴に突っこむ。
スカッ。
兄貴は、横に流れるように避けた。
ちくしょう。笑ってやがる。
俺は、勢いを殺さぬまま突きを数発打ち込んだ。
最近、親父に教えてもらった技の一つだ。いきなりの実践投入だったが、うまくいったようだ。
カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!!
兄貴が刀の柄の部分で全部受けた。
「くじら?お前、戦い方攻めタイプだっけ?」
相変わらず、笑いながら兄ちゃんが聞いてきた。
「わかんない。」
俺はとにかく打つしかない。
しかし、兄貴は本当に親父から教わったのかと思うほど、親父の剣には似ていない。
親父は構えただけで、相手を威嚇するような感じだが、兄貴のは何だか流れているというか、『柳に風』といった感じだ。
「自分の戦い方をまず見つけないと、何も始まんないよ?」
さっきから兄貴は後ろに回りこんでは、俺の頭にデコピンしている。
埒が明かない…。
基本に戻ろう。
距離をとって動きを止める。
相手に剣を構えて、剣先は喉元に…。
スッと何かが入ってきた気がした。
兄貴は、口元で少しわらった後、面白いものを見るような目をしていたが、少し様子が変わった。
プラプラさせていた刀を、右手から腕に這わすように刀を持つと、肩先に先端を掛けた。
初めて相手にする構えが、自分の兄貴とはな。
ジリ…。ジリ…。
間合いを少しずつ詰めて行く。
ジリ…。ジリ…。ジリ…。
俺は、数年ぶりに見る兄貴の真顔を見て気が付いた。
あぁ、そうか…。兄貴は俺を見ていない。
俺の後ろに何か別のものを見てる。
何だかそれは酷く、悲しかった。
はい、こんにちは。天地 袋です。
本編では無い『安っぽい影絵』が所々入っていて
つまんねーよ!的な感じかもしれませんが耐えましょう。
私も耐えています。
最後になりましたが、読んで下さった方ありがとうございました。