恋に落ちて(千文字お題小説)PART2
お借りしたお題は「スマートフォン」「大豆」「新書」です。
松子は唐揚げ専門店の正社員である。
その店に来る長身のイケメンに恋をしてしまい、スマートフォンで撮った写真を眺めてはうっとりするという少々危険な行動をしていた。
(また来ないかしら?)
松子はイケメンの来店を心待ちにしながら、唐揚げを作り続けた。
その時、建てつけの悪いドアが軋むような音を立てて開いた。
イケメンが登場したのだ。松子は振り返らなくても、彼の来店を感じていた。
(このそこはかとなく漂う素敵な香りは間違いなく彼だわ)
松子はイケメンに恋しているのを誰にも知られたくないので、背中を向けたままで、
「いらっしゃいませ」
素っ気ない態度で応じた。でも鼓動はどこまでも高鳴っていく。
(こんな生活を続けていると、心臓発作を起こしてしまうわ!)
ジレンマに陥る松子である。その時だった。
「あ、長谷川さん、こんにちは」
若い女性が入って来て、イケメンに話しかけた。松子の耳が宇宙からのメッセージも聞き逃さないレベルにまで達した。
(長谷川さんていうのね!)
女性の言葉でイケメンの名がわかったのは感謝だったが、彼女と長谷川さんの関係が気になった。
「あれ、萌ちゃん、この近所なの?」
長谷川さんが気さくに声をかける。しかも名前にちゃん付け。松子は発狂しそうだ。
(どういう関係なのよ、この二人は!?)
付き合っているのではないのはわかったが、どうにも気になる。
「会社が近所なんです。長谷川さんもこの近くなんですか?」
(結構可愛い)
松子が他の女性を「可愛い」と認定するのは稀有である。しかも「結構」までついているので「敗北宣言」と同義だ。
「僕はこの店の唐揚げが好きなんだよ。だから、ちょっと遠周りだけど、足を伸ばしているんだ」
松子は危うく号泣しそうになった。唐揚げが好きだと言っただけなのに自分の事を誉められた気がしたのだ。
思い込みだったら誰にも負けない松子である。
「すみません、唐揚げ十個ください」
長谷川さんが爽やかな笑顔と声で松子に言った。
「私も十個ください」
萌が続けて言った。
「畏まりました。少々お待ちください」
松子は汗だくになりながら、唐揚げを揚げ、手渡した。
(私に微笑んでくれた?)
長谷川さんが松子を見て笑ったと思った。
「ありがとうございました」
松子は長谷川さんと萌がどちらに行くのか心配になったが、二人は店の前で別れた。
(この新書の出番ね)
松子は親友の光子からもらった「大豆で痩せる!」というダイエット本を見た。
次回で決着です。