元社畜の俺、スキルポイントが性欲ポイントだった件について
過労死した俺は、異世界に転生した。
目を覚ました瞬間、目の前に半透明のウィンドウが浮かんでいた。
『転生者特典:スキルポイント制度』
『現在のスキルポイント:一〇〇』
『ポイントを消費して、任意のスキルを習得できます』
「……マジか」
前世では三十七歳の社畜だった。
毎朝六時に起き、満員電車に揺られ、上司の無茶振りをこなし、終電で帰る。休日出勤は当たり前。残業代は固定。最後は職場で倒れて、そのまま帰らぬ人となった。
そんな俺に、神様は第二の人生をくれたらしい。
しかも、スキルポイント一〇〇付き。
「今度こそ、働かずに生きてやる!」
俺は拳を握った。
まずは生活に役立つスキルだ。
鑑定、料理、収納、回復魔法。
いや、待て。
せっかくの異世界だ。前世でできなかったことにも挑戦したい。
たとえば、恋愛。
前世の俺は仕事一筋だった。女性とデートする時間も、恋人を作る余裕もなかった。
今世では素敵な女性と出会い、結婚して、幸せな家庭を築きたい。
そのためにも、まずは魅力を高めるべきだろう。
俺はスキル一覧を開いた。
『剣術:一〇ポイント』
『魔法:二〇ポイント』
『魅力向上:五〇ポイント』
『性欲増強:一ポイント』
「…………ん?」
最後の項目が目に留まった。
性欲増強。
なんだ、この場違いなスキルは。
しかも一ポイント。
ほかのスキルと比べて、明らかに安い。
説明文を読む。
『性欲増強:生命活動に関する意欲を高める。ポイントを消費することで効果が上昇する』
「生命活動に関する意欲?」
曖昧な説明だな。
だが、俺は思った。
もしかすると、これを上げれば恋愛にも積極的になれるのではないか。
俺は迷った末、性欲増強に一ポイントを振った。
ピコン。
『性欲ポイントを一獲得しました』
「……は?」
画面の表示が変わった。
『現在のスキルポイント:九九』
『現在の性欲ポイント:一』
俺は瞬きをした。
もう一度、スキル一覧を開く。
『性欲増強:習得済み』
『性欲ポイント:一』
なんだ、これは。
俺は恐る恐る、もう一度ポイントを振ってみた。
性欲増強に一ポイント。
ピコン。
『性欲ポイントを二獲得しました』
「おいおいおい!」
俺は叫んだ。
どうやら、スキルポイントを消費すると、同じ数だけ性欲ポイントが増えるらしい。
つまり、俺のスキルポイントは性欲ポイントに変換されている。
「いや、なんでだよ!」
神様、説明してくれ。
俺は戦闘もしたいし、魔法も使いたい。なんなら、農業を覚えてスローライフを送るのもいい。
なのに、なぜ性欲なのだ。
しかも、俺は元社畜だ。
仕事に人生を捧げた男だぞ。
もっとこう、実用的な能力をくれてもいいじゃないか。
俺は頭を抱えた。
しかし、嘆いていても始まらない。
幸い、性欲ポイントは今のところ二ポイントだ。何も変化は感じない。
とりあえず冒険者ギルドに行って、生活費を稼ごう。
俺は街へ向かった。
◆
冒険者ギルドは、想像以上に活気があった。
屈強な男たち。華やかな装備の女性冒険者。受付で依頼を受ける人々。
俺は受付に向かった。
「すみません。初心者でもできる依頼はありますか?」
「はい。薬草採取や荷物運びなどがありますよ」
受付嬢が微笑む。
美人だった。
前世の俺なら、目を合わせることすらできなかっただろう。
しかし今世の俺は違う。
性欲ポイントが二ポイントもある。
……二ポイントって、何だ。
俺は首を振った。
「では、薬草採取をお願いします」
「かしこまりました。お気をつけて」
受付嬢は優しく笑った。
俺は少しだけ胸が温かくなった。
よし。
まずは地道に働こう。
前世と同じように働くのは嫌だが、自分の生活のために働くのなら悪くない。
そう思いながらギルドを出ようとした、そのときだった。
「きゃっ!」
入口で、少女が転んだ。
抱えていた荷物が散らばり、周囲の人々が振り返る。
だが、誰も動かなかった。
「大丈夫か?」
俺は駆け寄り、少女を助け起こした。
「ありがとうございます……。私、薬屋の娘なんですけど、配達の途中で……」
「荷物を運ぶのを手伝おうか?」
「いいんですか?」
「ああ。ちょうど暇だからな」
俺は散らばった荷物を拾い、少女の店まで運んだ。
少女は何度も頭を下げた。
「本当にありがとうございます! お礼に、これをどうぞ」
渡されたのは、小さな薬草の苗だった。
「これは?」
「回復薬の材料になる薬草です。育てるのも簡単ですよ」
「へえ、ありがとう」
俺は苗を受け取った。
その瞬間。
ピコン。
『善行を確認しました』
『性欲ポイントが一増加しました』
「…………は?」
俺は固まった。
善行?
今、善行って言ったか?
慌てて画面を確認する。
『現在の性欲ポイント:三』
俺は考えた。
性欲ポイントを増やす条件は、スキルポイントの消費だけではないらしい。
人助けでも増える。
なんだ、その仕様は。
俺は試しに、近くにいた老人の荷物を持ってあげた。
ピコン。
『善行を確認しました』
『性欲ポイントが一増加しました』
「やっぱり!」
さらに、道端に落ちていたゴミを拾った。
ピコン。
増えた。
迷子の子供を親のところまで連れていった。
また増えた。
俺は確信した。
このポイントは、どうやら人の役に立つ行動で増えるらしい。
だが、なぜ性欲なのか。
まったく理解できない。
◆
それから一か月。
俺は冒険者として薬草採取をしながら、街の人々を手伝って暮らしていた。
困っている人がいれば助け、店の荷物を運び、壊れた柵を直す。
前世では、誰かの役に立っても、褒められるどころか仕事が増えるだけだった。
だが、この世界では違った。
「いつもありがとうね」
「君のおかげで助かったよ」
「また来てくれよ!」
そんな言葉をかけられるたび、俺は少しずつ、この世界が好きになっていった。
そして、性欲ポイントは三百を超えていた。
ただし、性欲が増した実感はない。
むしろ、以前より気持ちが穏やかになった気さえする。
ある日、俺はギルドの奥にある鑑定室を訪れた。
自分の能力を詳しく調べてもらうためだ。
鑑定士の老人は、俺のステータスを見て眉をひそめた。
「これは……珍しい」
「何かわかったんですか?」
「君の性欲ポイントは、通常の人間が持つものとは違う」
「というと?」
老人は眼鏡を直した。
「これは本来、生命欲ポイントと呼ばれるものじゃ」
「生命欲?」
「生きたいという気持ち。誰かとつながりたいという願い。明日を迎えたいという希望。そうした生命への意欲が、数値化されたものじゃよ」
俺は言葉を失った。
「だが、転生者に与えられる翻訳機能が誤作動しておるのか……。君の画面では、なぜか性欲と表示されているようじゃな」
「じゃあ、俺は……」
「君が人を助けるたびにポイントが増えたのは、他者とのつながりによって、君自身の生命への意欲も高まったからじゃろう」
老人は穏やかに笑った。
「面白いのう。君は自分では気づいていないようじゃが、ずいぶん生き生きとしておる」
俺はステータスを見つめた。
性欲ポイント、三百二十七。
馬鹿馬鹿しい表示だ。
けれど。
俺は、この世界に来てから一度も、死にたいと思わなかった。
前世では、朝が来るのが怖かった。
目を覚ますたびに、また仕事かと思った。
誰かの役に立とうとするほど、自分の時間も心も削られていった。
だから、いつしか何のために生きているのか、わからなくなっていた。
でも今は。
明日はあの薬屋に寄ろう。
あの老人の柵も、もう一度確認しよう。
ギルドの受付嬢に、採れた薬草を届けよう。
そんな小さな予定が、明日を楽しみにさせてくれる。
俺は笑った。
「……神様も、ずいぶん変な名前をつけたもんだ」
老人も笑った。
「名前など、どうでもよい。大切なのは、その数値で何が起きているかじゃ」
俺は鑑定室を出た。
外は夕暮れだった。
街の人々が家路につき、夕食の匂いが漂っている。
その景色を見ながら、俺はふと思った。
この世界で、いつか誰かを好きになるかもしれない。
誰かに好きになってもらえるかもしれない。
そうなったら、きっと幸せだろう。
でも、今すぐ恋人がいなくても、俺の人生は始まっている。
俺はポケットの中の薬草の苗を確かめた。
明日、庭に植えよう。
育ったら、誰かに分けてあげよう。
そうやって、少しずつ生きていこう。
そのとき、頭の中におなじみの音が響いた。
『生命意欲の上昇を確認しました』
『性欲ポイントが一増加しました』
「だから、名前!」
夕暮れの街に、俺の叫び声が響いた。
――ちなみに、後日判明したことだが。
この世界で性欲ポイントを一万まで貯めると、神様にひとつだけ願いを叶えてもらえるらしい。
俺は少し考えた。
金持ちになろうか。
不老不死になろうか。
それとも、世界一の美女と結婚しようか。
いや。
俺は、静かに願いを決めた。
「このポイントの名前を、生命意欲ポイントに変えてくれ」
神様からの返事は、翌朝届いた。
『却下』
……どうやら、この世界でも上司には逆らえないらしい。
ただし、今度の俺は知っている。
嫌なら、逃げてもいい。
俺は今日も、薬草を採りに出かけた。
性欲ポイント、三百二十八。
俺の第二の人生は、まだまだこれからだ。




