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元社畜の俺、スキルポイントが性欲ポイントだった件について

作者: 野花ことり
掲載日:2026/10/26


過労死した俺は、異世界に転生した。


目を覚ました瞬間、目の前に半透明のウィンドウが浮かんでいた。


『転生者特典:スキルポイント制度』


『現在のスキルポイント:一〇〇』


『ポイントを消費して、任意のスキルを習得できます』


「……マジか」


前世では三十七歳の社畜だった。


毎朝六時に起き、満員電車に揺られ、上司の無茶振りをこなし、終電で帰る。休日出勤は当たり前。残業代は固定。最後は職場で倒れて、そのまま帰らぬ人となった。


そんな俺に、神様は第二の人生をくれたらしい。


しかも、スキルポイント一〇〇付き。


「今度こそ、働かずに生きてやる!」


俺は拳を握った。


まずは生活に役立つスキルだ。


鑑定、料理、収納、回復魔法。


いや、待て。


せっかくの異世界だ。前世でできなかったことにも挑戦したい。


たとえば、恋愛。


前世の俺は仕事一筋だった。女性とデートする時間も、恋人を作る余裕もなかった。


今世では素敵な女性と出会い、結婚して、幸せな家庭を築きたい。


そのためにも、まずは魅力を高めるべきだろう。


俺はスキル一覧を開いた。


『剣術:一〇ポイント』


『魔法:二〇ポイント』


『魅力向上:五〇ポイント』


『性欲増強:一ポイント』


「…………ん?」


最後の項目が目に留まった。


性欲増強。


なんだ、この場違いなスキルは。


しかも一ポイント。


ほかのスキルと比べて、明らかに安い。


説明文を読む。


『性欲増強:生命活動に関する意欲を高める。ポイントを消費することで効果が上昇する』


「生命活動に関する意欲?」


曖昧な説明だな。


だが、俺は思った。


もしかすると、これを上げれば恋愛にも積極的になれるのではないか。


俺は迷った末、性欲増強に一ポイントを振った。


ピコン。


『性欲ポイントを一獲得しました』


「……は?」


画面の表示が変わった。


『現在のスキルポイント:九九』


『現在の性欲ポイント:一』


俺は瞬きをした。


もう一度、スキル一覧を開く。


『性欲増強:習得済み』


『性欲ポイント:一』


なんだ、これは。


俺は恐る恐る、もう一度ポイントを振ってみた。


性欲増強に一ポイント。


ピコン。


『性欲ポイントを二獲得しました』


「おいおいおい!」


俺は叫んだ。


どうやら、スキルポイントを消費すると、同じ数だけ性欲ポイントが増えるらしい。


つまり、俺のスキルポイントは性欲ポイントに変換されている。


「いや、なんでだよ!」


神様、説明してくれ。


俺は戦闘もしたいし、魔法も使いたい。なんなら、農業を覚えてスローライフを送るのもいい。


なのに、なぜ性欲なのだ。


しかも、俺は元社畜だ。


仕事に人生を捧げた男だぞ。


もっとこう、実用的な能力をくれてもいいじゃないか。


俺は頭を抱えた。


しかし、嘆いていても始まらない。


幸い、性欲ポイントは今のところ二ポイントだ。何も変化は感じない。


とりあえず冒険者ギルドに行って、生活費を稼ごう。


俺は街へ向かった。


◆


冒険者ギルドは、想像以上に活気があった。


屈強な男たち。華やかな装備の女性冒険者。受付で依頼を受ける人々。


俺は受付に向かった。


「すみません。初心者でもできる依頼はありますか?」


「はい。薬草採取や荷物運びなどがありますよ」


受付嬢が微笑む。


美人だった。


前世の俺なら、目を合わせることすらできなかっただろう。


しかし今世の俺は違う。


性欲ポイントが二ポイントもある。


……二ポイントって、何だ。


俺は首を振った。


「では、薬草採取をお願いします」


「かしこまりました。お気をつけて」


受付嬢は優しく笑った。


俺は少しだけ胸が温かくなった。


よし。


まずは地道に働こう。


前世と同じように働くのは嫌だが、自分の生活のために働くのなら悪くない。


そう思いながらギルドを出ようとした、そのときだった。


「きゃっ!」


入口で、少女が転んだ。


抱えていた荷物が散らばり、周囲の人々が振り返る。


だが、誰も動かなかった。


「大丈夫か?」


俺は駆け寄り、少女を助け起こした。


「ありがとうございます……。私、薬屋の娘なんですけど、配達の途中で……」


「荷物を運ぶのを手伝おうか?」


「いいんですか?」


「ああ。ちょうど暇だからな」


俺は散らばった荷物を拾い、少女の店まで運んだ。


少女は何度も頭を下げた。


「本当にありがとうございます! お礼に、これをどうぞ」


渡されたのは、小さな薬草の苗だった。


「これは?」


「回復薬の材料になる薬草です。育てるのも簡単ですよ」


「へえ、ありがとう」


俺は苗を受け取った。


その瞬間。


ピコン。


『善行を確認しました』


『性欲ポイントが一増加しました』


「…………は?」


俺は固まった。


善行?


今、善行って言ったか?


慌てて画面を確認する。


『現在の性欲ポイント:三』


俺は考えた。


性欲ポイントを増やす条件は、スキルポイントの消費だけではないらしい。


人助けでも増える。


なんだ、その仕様は。


俺は試しに、近くにいた老人の荷物を持ってあげた。


ピコン。


『善行を確認しました』


『性欲ポイントが一増加しました』


「やっぱり!」


さらに、道端に落ちていたゴミを拾った。


ピコン。


増えた。


迷子の子供を親のところまで連れていった。


また増えた。


俺は確信した。


このポイントは、どうやら人の役に立つ行動で増えるらしい。


だが、なぜ性欲なのか。


まったく理解できない。


◆


それから一か月。


俺は冒険者として薬草採取をしながら、街の人々を手伝って暮らしていた。


困っている人がいれば助け、店の荷物を運び、壊れた柵を直す。


前世では、誰かの役に立っても、褒められるどころか仕事が増えるだけだった。


だが、この世界では違った。


「いつもありがとうね」


「君のおかげで助かったよ」


「また来てくれよ!」


そんな言葉をかけられるたび、俺は少しずつ、この世界が好きになっていった。


そして、性欲ポイントは三百を超えていた。


ただし、性欲が増した実感はない。


むしろ、以前より気持ちが穏やかになった気さえする。


ある日、俺はギルドの奥にある鑑定室を訪れた。


自分の能力を詳しく調べてもらうためだ。


鑑定士の老人は、俺のステータスを見て眉をひそめた。


「これは……珍しい」


「何かわかったんですか?」


「君の性欲ポイントは、通常の人間が持つものとは違う」


「というと?」


老人は眼鏡を直した。


「これは本来、生命欲ポイントと呼ばれるものじゃ」


「生命欲?」


「生きたいという気持ち。誰かとつながりたいという願い。明日を迎えたいという希望。そうした生命への意欲が、数値化されたものじゃよ」


俺は言葉を失った。


「だが、転生者に与えられる翻訳機能が誤作動しておるのか……。君の画面では、なぜか性欲と表示されているようじゃな」


「じゃあ、俺は……」


「君が人を助けるたびにポイントが増えたのは、他者とのつながりによって、君自身の生命への意欲も高まったからじゃろう」


老人は穏やかに笑った。


「面白いのう。君は自分では気づいていないようじゃが、ずいぶん生き生きとしておる」


俺はステータスを見つめた。


性欲ポイント、三百二十七。


馬鹿馬鹿しい表示だ。


けれど。


俺は、この世界に来てから一度も、死にたいと思わなかった。


前世では、朝が来るのが怖かった。


目を覚ますたびに、また仕事かと思った。


誰かの役に立とうとするほど、自分の時間も心も削られていった。


だから、いつしか何のために生きているのか、わからなくなっていた。


でも今は。


明日はあの薬屋に寄ろう。


あの老人の柵も、もう一度確認しよう。


ギルドの受付嬢に、採れた薬草を届けよう。


そんな小さな予定が、明日を楽しみにさせてくれる。


俺は笑った。


「……神様も、ずいぶん変な名前をつけたもんだ」


老人も笑った。


「名前など、どうでもよい。大切なのは、その数値で何が起きているかじゃ」


俺は鑑定室を出た。


外は夕暮れだった。


街の人々が家路につき、夕食の匂いが漂っている。


その景色を見ながら、俺はふと思った。


この世界で、いつか誰かを好きになるかもしれない。


誰かに好きになってもらえるかもしれない。


そうなったら、きっと幸せだろう。


でも、今すぐ恋人がいなくても、俺の人生は始まっている。


俺はポケットの中の薬草の苗を確かめた。


明日、庭に植えよう。


育ったら、誰かに分けてあげよう。


そうやって、少しずつ生きていこう。


そのとき、頭の中におなじみの音が響いた。


『生命意欲の上昇を確認しました』


『性欲ポイントが一増加しました』


「だから、名前!」


夕暮れの街に、俺の叫び声が響いた。


――ちなみに、後日判明したことだが。


この世界で性欲ポイントを一万まで貯めると、神様にひとつだけ願いを叶えてもらえるらしい。


俺は少し考えた。


金持ちになろうか。


不老不死になろうか。


それとも、世界一の美女と結婚しようか。


いや。


俺は、静かに願いを決めた。


「このポイントの名前を、生命意欲ポイントに変えてくれ」


神様からの返事は、翌朝届いた。


『却下』


……どうやら、この世界でも上司には逆らえないらしい。


ただし、今度の俺は知っている。


嫌なら、逃げてもいい。


俺は今日も、薬草を採りに出かけた。


性欲ポイント、三百二十八。


俺の第二の人生は、まだまだこれからだ。


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