三話『肉塊』
僕が地下鉄を脱出してから三日が経過した。
けれど僕はいまだにこの屍人の蔓延る街を出られずにいる。
理由はとても単純だ。青白く生気のない肌。もし外の生存者に見られたとき、僕は人として見てもらえるだろうか。間違いなく、知性のある危険なモンスターとして処理されてしまう。
きっと、話をする余裕すら与えられないだろう。僕がそうしてきたのだからよく分かる。
そこで僕はしばらくの間、屍人であふれるこの街に拠点を構えることにした。どうせ帰れないのなら、目立った脅威がないこの隔離された街にいる方が安全だろう、そういう魂胆だった。
それに、ビジネスホテルの一室を勝手に寝泊まりに使えるというのは、なかなかに自由で贅沢な生活だった。睡眠欲求は無いが、夜になったら横になりたいし、食欲も無いがうまいものは食べたい。身体は死者そのものでも、人間であることはやめられないのだ。
「っと、そろそろか」
僕はのそのそとベッドから起き上がり、時計を確認すると窓を空けて外を覗いた。
この三日間の生活で分かったことだが、この街には《ボス》がいる。
そもそもの話、この街の状況自体おかしな話なのだ。あの日、秋葉原に突如出現した大穴からモンスターが溢れ出したとき、 この街の市長はいち早く対応し、街をバリケードで隔離した。
当然、この街には相応に武力もあった。並大抵のモンスターには侵略を許さなかっただろう。
だがしかし、今この街を支配しているのは並大抵以下の屍人どもだ。集まった時の恐ろしさは僕自身がこの身をもって体験したが、一体一体は大して強くない。
つまり、この街のバリケードを乗り越え、崩壊させた元凶がいる。
それは、一見して瓦礫の山が意思を持って流れているかのように見えた。だが、それが大きな勘違いだということにはすぐに気が付いた。周囲に放たれる腐臭が、その身から放たれる死者たちのうめき声が、そして何より、骨と肉をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたような異様な姿が、それを怪物と認識させた。
怪物、その様相から《肉塊》と名付けたそれは、毎日決まった時間にこのホテルの前を通る。それどころか、この肉塊は永遠と、同じ時間に同じ道を巡り、この街を回っている。
肉塊は基本的に街の中を動き回るだけで積極的に生者を襲ったりはしない。しかし、攻撃性がないわけでもない。一昨日、肉塊が通ったときにその進路上にいた複数体の屍人が巻き込まれて消えていったのを目撃した。そして、恐るべきことに奴の身体は屍人を喰らって少しだけ大きくなっていた。つまり、奴の建物ほどある巨体はこれまでに喰らった人やモンスターの量をそのまま表している。
「さて、どう倒したものか……」
本来、あのような化け物との接触は避けるべきものであり、戦闘などもっての外だ。しかし、そうも言ってられない忌まわしい事実が発覚してしまったのだ。
何故、この街が屍人で溢れているのか、それが謎だった。
だからこそ、肉塊の通った道の脇で倒れていたネズミの死体が動き出したとき、僕の中で合点がいった。
この怪物が怨念を振り撒き、街を死者で溢れかえらせていたのだ、と。
今は街に囚われているこいつも、あと二周りもデカくなればバリケードを突破するかもしれない。そうなれば街の外まで死者で溢れかえることになりかねない。それは阻止しなければならない。
もう二度と会えないかもしれないけれど、僕には守るべき大切な人がいる。
さて、奴を倒すにしても殴りかかるわけにはいかない。策が必要だろう。
そして、案としては主に二つ考えた。一つは奴の進路上に大量のガソリンを撒いて炎上させる。ガソリンはどこでも確保できるためお手軽だが、奴に炎が効く保証はない。二つ目の案は、ガソリンではなく爆弾を撒いて一気に吹っ飛ばす。量を確保できれば確実と言っていい案だが、爆弾を確保できるかどうかが問題だ。一応、その在処は抑えてあるのだが……。
「自衛隊駐屯地か……」
市長はこの街の防衛に際して、自衛隊の力を借りている。そのため、街には幾つかの自衛隊の駐屯地があり、それなりの武装も配備されていた。
しかし、一つだけ問題がある。
駐屯地には奴がいる。僕がこの街で死ぬハメになった左足の爪痕の元凶である三本首の屍犬だ。さしずめ《ケルベロス》と言ったところだろうか。
全長は約三メートル程度で、屍であるからかやはり俊敏性はそれほどでもない。不意打ちでもなければ僕も不覚を取ることはなかったはずだ。
「やるか、……僕の仇討ちってとこだな」
肉塊を殺るまえには丁度良い準備運動になるだろう。ケルベロスを倒して、駐屯地から武器と爆弾を頂戴する。
そうと決まれば早速、僕は最低限の荷物をまとめて腰にナイフを差すと、もう一度だけ目的を確認してホテルをあとにした。
お読みくださり、ありがとうございました(●´ϖ`●)
次回からは戦闘描写モリモリにしていくので、ぜひお楽しみに〜




