二話『死体よりも冷たくなった僕』
やっとの思いで穴から這い上がると、地下鉄の線路上はいまだ屍人の大群で満たされていた。
完全に忘れていた。自分がどうしてあんな目にあっていたのか、生き返ったことに対する衝撃が大きすぎてそうなった原因が抜け落ちていたのだ。
僕は慌てて顔を引っ込め、地下鉄の様子を観察する。
大群は落ちていった僕を見失ったのか、匂いの痕跡を辿るように来た道をUターンしている。これは知能がほとんど無い為である。
後ろをついて歩けば、バレずに地上に出られるだろうか。幸い、逸れている屍人は1体もない。この狭い地下鉄で逸れようとしたものは流れに押し潰されてしまうのだ。
思い立ったが吉、大群の姿が見えなくなるまで待ったのち穴から這い上がった。そしてその時、僕は大群にばかり気を取られて周囲の確認を怠ってしまっていた。
「あ、」
間の抜けた声が零れ、僕は硬直する。それもそのはず、僕が上がったとき、崩れて塞がっていた方にいた一体の屍人と目が合ってしまったのだ。
とてもまずい。
もしこの場で目の前の屍人が叫び声を上げて襲い掛かってきたなら、先に進んでいた大群がぞろぞろととんぼ返りしてくることになるだろう。
僕はごくりと唾を飲んだ。
どうする?もう一度、穴に戻るか?しかしこうもしっかりと見られてしまっては、今度こそバレてしまうのでは?いや、それならば叫ばれる前に殴り倒してしまうのが正解なのではないか。
立ち向かうべきか、退くべきか、一瞬の逡巡ののち僕はガバっと立ち上がった。反応される前に脳を潰す。
間に合うだろうか。僕は走り出し、拳を固めて振りかぶる。屍人はそんな僕の姿を捉えて襲い掛かるために大口を開け、……はしなかった。
途端、屍人は僕から視線を外すと、徐に歩き出して僕の渾身の一撃を避けてしまった。意図的ではない。かち合うはずだった僕と屍人は、僕が一方的に拳を振るっただけで、屍人は僕に一切の興味を持っていなかったのだ。
「は?……え?」
まるで、屍人が仲間には襲い掛からないように。屍人は僕と目を合わせておきながら、捕食対象として僕を見なかった。
僕が呆然としていると、目の前の屍人もとぼとぼと僕の血痕を辿っていく。やはり、僕自体には何の興味も示していない。
僕は意を決して屍人に近付き、顔の前で手を振ってみた。結果は僕の手の動きを目が追うだけで、噛みつかれたりはしなかった。
どうやら、僕は屍人どもの仲間入りを果たしてしまったらしい。
「……はは、は」
僕は乾いた笑いをこぼして、その場にへたり込んだ。
ショックだった。僕は生き返れたのではなく、化け物になっていただけだった。
気付いていなかったが、手に目を落とせば明らかに血の気が引いていて、そこに生気は宿っていなかった。
もし、この屍人のような様相で仲間たちのもとへ帰ったなら、僕は出迎えて貰えるだろうか。
そめそも、僕の意識はいつまで保てるだろうか。
やがて目の前をとぼとぼと歩く屍人の背中が見えなくなり、僕はようやく立ち上がった。
あんなふうになりはしない。なってたまるか。
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