[道祖神第六部.夜道]やさしいケン君…帰ってきた、そして彼は死ぬ。
ケン君が村に帰ってきた。正確には、今の女を連れて。
それを知らされたのはあの井戸で一息つこうとしたときだった。
村の合併騒動をきっかけに、過疎とは思えないほどに私達の暮らしは充実し、安定するようになった。そんなときに彼は戻ってきたのだ。
彼は、井戸の縁に座り込んでいた。
たった一人で。
私が井戸を背にした木陰に隠れているのも知らずに。
「っ...なんなんだよ...。」
そう、つぶやく。
彼は草むらに転がるスマホを拾い夢中になる。
「けんちゃん。」
私はその声に怒りを覚えた。
あの女ぁ…。木陰から憎いほどに良いアングルで見えるその後ろ姿をにらみつけてやった。
ケン君は忌わしいその女に苦笑いする。
ゆっくりと立ち上がってスマホをポッケにしまう。
「行こう。」
再びくっつき虫にひっつかれたケン君は坂を下りて家並みへ足を踏み入れた。
それからというものケン君はしばしば私の前に現れるようになった。
でも私に配慮してくれた。集会で目が合うと彼は顔を背けて、あの女を観ることなくうつむく。
私はその配慮がうれしかった。
人は心変わりしてしまうものだ。
それに誰しも完璧じゃない。
彼だって同じ。だけど、優しい性情を持ち合わせていたのだ。
「ありがとう…」
私は井戸でつぶやいた。
いつも私がその場を離れて木陰に行くと、やがてケン君がやってきて一人で落ち着く。私もその姿を見てほっとする。
幾月かを経たその日、私はアヤネと田んぼのあぜ道を歩いていた。もう月光が満ちているので、子供はねんねしてるだろう。私は彼女のとこの畑作業を手伝い、家路についていた。
「胡瓜くらい持って帰れば良かったのに。」
「良いのよ、それよりタケル君すごいじゃない。まだ小さいのに、上手く育ててるわね。私だったら枯らしてるわ。」
「あー、タケルの畝ね。あの子ったら、あそこにダンゴムシばっか集めてるのよ。お水をやるときは気をつけてるみたい。」
「ふふ、可愛いじゃない。」
「なんだけどね、アリの巣が出来ても頑なに壊すのはやだって言うのよ。」
「あらあら…」
「ねぇ、やけにあっちが騒がしいけどなんなのかしら。」
帰路を塞ぐように軽トラや原付が駐められ、こんな時間なのにサンダルで出歩いている人もいる。懐中電灯やスマホのライトが点々と揺れて人集りができているとわかる。
「何かあったのかな。みて!向こうからもいっぱい人がきてるわ。あんなにライトを振り回しちゃって。ちょっと不気味よね。」
私達は帰路を塞ぐそれらに合流した。
「動かんぞ。」
「転げ落ちたかね。」
「ばか。この程度だぞ。」
「また飲んどったんやろ。」
背伸びしても何があるのか全然みえない。
「ケンだって!」
「警察呼んだか?」
「あーあー…。こりゃあ。」
「よりによって、こんな田舎道か。」
「おい、ケンさんらしいぞ。」
私達は顔を合わせて首をかしげる。アヤネがおばあさんの肩を叩く。
「あ、ばっちゃん。ケン君になんかあったん?」
「ケンが起きんとよぉ。足を滑らせたんかぁ知らんが。タに落ちとってなぁ。」
タ?あ、田か。ケン君、目を覚さないの?誰か起こしたって。ん、骨折してるのかな。みえた、確かにケン君だ。大丈夫…?
「スズ…聞いた…?」
「ん…アヤネ?」
「ケン君が死んだ。さっき、ここで。」
「え、…」
もう一度、ゆっくりとケン君の身体をみる。
「頭から逝ったなぁ。」
「誰か運んだって。」
ところどころ…黒い、何か…血。
え…あ…あぁ…こんなの…
急に視界がぐらついて立っていられなくなった。
「スズ!スズ!しっかりして!ねぇ!」
アヤネ…私……
ケン君は死んだ。
翌朝、はっきり分かった。近所で集まって、今後の対応を話し合った。
みんな、今にも泣きそうになっていた。私も言葉が出ないほどだった…。
私達の元担任が、彼の旧友に電話をいれることになった。
「ゼンジ君……。善次君…今起きたかな…。やっぱ私にはできない……。」
「オレが変わるっ。まったく……あなたはセンセイなんやから。しっかりせいやっ。」
代わったのは大工のおじさんだ。
「ゼンジや、昨晩ケンが死によった。」




