[道祖神第三部.殺人事故] ①僕は善良な村人なの
この藪を歩いてきたとは到底思えない汚れのなさが目立つ黒い革靴、細長いその両脚に密着する薄墨のズボン、裁判官の法服に劣らない色調のブレザー、それらを引き立たせているホワイトシャツ、この場に不釣り合いな黄褐色の布地にアナコンダの体鱗を貼り付けた柄のネクタイ、一人で握手している両手、その手首から指先まではめている革製の白い手袋…。
と、これ以上の分析は時間ロス確定やなぁ。指をくわえてぼーっと眺めるとかその身を捧げるも同然や。あの価値を定める目は。間違いない。
奴は僕が生き物であることを否定している。
奴にとって僕はヤダケや雑草と同義なんよ。
なのに、それなのに奴は僕に言葉を投げた。
そんなことを実行できた道理は…奴が箱の中を知っているからか…あっ…。
ちゃう。ちゃうわ。そうやない。それ以前に、僕は観る価値もないと思われているはずや…ってことは、中を知っていることに興味が湧いたから。だから奴は僕を気にかけた。人として接する素振りをみせ、僕の反応を観察する意義を見出した…。そういうこと…なんやろうか…。
あぁ!藪の中で何かが飛び廻ってる。うっとうしいんよ。思考力が削がれよるわ。いや、これは己の焦燥を小鳥の羽音に責任転嫁してるだけや。分析してよーやく落ち着いてきてたんやないのか。
「その箱、拾わなくていいのか?」
…っ。
一瞬たりともあんたを、視界から外せるわけねぇだろ…ってこれも合理化や。顔すらマトモに直視できん。何か…何か言わなきゃ僕は喰われる。
「ふーむ…人語は理解できないのか。それか…。」
奴は人差し指と親指を顎に挟み、箱に歩み寄る。あっ…。群落の影に人型が重なる。
「頭を使っている。冷静沈着に。そうなら君はノロマだ。」
奴は腰を屈めるが箱だけを目視する。
「粗末にするなら、私が持っていく。」
あぁ…なんや。小鳥の羽音もこいつの言いよることも入ってこん。耳が…どうなっとるんよ。異様に喉がカラッカラや。ん…手先が痺れてる。
…っ!!まさかっ。なわけないやろ。落ち着け…浮き足立つな。
目をつむって、耳を自然に傾け…そうそう。できるやないか。だんだん遠のいてた音が入るようになってきてるな。目を開け。
で、箱をみる。僕は視線を落とす。そうして、とても美しいその箱のみを見つめる。
あのっ。この箱…綺麗ですよね!
「…そうだ。」
僕は止まらない。今、僕は少し変わった善良な村人。何が変わっているかと言うと趣味。
僕は散策が好きな一般の人。




