[道祖神第二十部.葬式]あぁ煩わし。―完結
低く重い坊主の唸りが本堂を支配していた。
ポクポクポク……
意味の無さそうなただの母音が、高い波のように押し寄せては消えていく。
このリズムが参列者の沈黙を引き立たせているなあ。
「う…っ…」
「なんで、…ケンちゃん……」
「うぅ、…ふーっ……」
そうでもなかったわ。
こんな奴によう泣いてやれる。せっかくいい気になっとったのに…お経に飽きてもうたやん。
トンットンッ…。
はよ終わらんかな。手元の数珠で遊ぶか。どーせ、周りには悲しんでるように視えるんやし。別ええやろ。そんくらい。
ズーーッ。フンッ…。
誰かの鼻をすする音…不愉快やな。死ねばええのに。
ケンもきっと喜ぶよ。あんな奴が喜ぶのもキッショいだけやけど。
僕の横で、コウジが拳を握りしめ、腕を震わせた。顔を落として床のある一点を見つめる。
「うっ…」
大工の爺さんも、遺影みたいな面のメガネも、棺桶の近そうな老人も…。何もそんな暗くならんでええやん。
あぁ煩わし。
…本当に気持ち悪っ。
視界を背けると少しくらい見てられるのがそこにはあった。
ハゲ頭。ハデな袈裟にポクポクさせてる木魚。そこから少し奥には造花、つまりエセ花…。顔を上げると線香と煙。ケンの遺影。真面目な顔つき。ちょっとあせてるんよ。平成臭乙。誰がいつ付けたかも分からん柱の傷が気になる。
ふと、視線を感じた。
……スズだ。
腹部を庇って横座りしてる。1人だけ。その瞳だけは、飢えた獣のように僕を凝視する。だが、奴は僕を視てはいない。焦点が合っていない。狂った視線は僕のハムちゃんにでも向けられているのだろう。葬儀で思わず吹き出しそうになるのを、僕はため息で誤魔化した。
…あとでやるよ。
つまらんのに、不思議と傑作やと思ってる。本当におもろいなあ。あぁ見てて飽きないわ。
僕はスズを心配しているように見せてるはずだったので、再びケンの面に視線を向ける。もう嗅ぎ回るなよ。…って死んだし。
「ゼンジ。」
僕の脳裏にそれが響いた。
あの日の記憶…。
玄関で、靴も脱がずに僕を呼んだ。
どうしたん…。まぁ、上がってくれ。
「あぁ…」
トットットッ…。
久しぶり。んー、お茶でも
「ゼンジ。これ、どういうことだよ。」
差し出されたのは、クシャクシャになったあの紙切れと、汚い封筒。見聞とあちこち書かれたメモ用紙に随分と使われた青黒いノート。上層部との握りの記録。わざわざゴミ箱でも漁ったんか知らんけど。お役所を辞めてまでやる仕事がこれかよ。
はぁ…。
その時、僕のため息が口から漏れたものだったかは分からなかった。
バンッ…グッ…。
「ゼンジ。答えてくれッ。」
うるさいなぁ。
呆れたよ、ケン。お前はそんなことのために…。退屈凌ぎで…あんなちっぽけな村でも楽しかったんやけどな。本当に。
…その後のことは、あんまり思い出せん。
いつの間にか、玄関のたたきにケンが転がってた。
「カラッ…。ガリッ……ガリッ…。」
どっかでハムスターが木を齧る音がしてた。
僕はケンの頭から流れる…ゼリーを口の中でクチャクチャしたみたいなそれが、玄関のマットに染み込んでいくのを眺めていた。
あー、やってもうた。
殺すときはアレを食わせんといけんのに。
村…行くか。
まだあるやろ。
ポクポクポク…。
サッ…。
「御焼香をお願いいたします…。」
ザワッ…。
ザザ…。
僕は立ち上がり、ゆっくりと祭壇へ進む。
思えば殺すとき、いつもあの処理をしてた。僕はソレをしなきゃ気がすまなかった。殺したという実感が湧かずにはいられなかった。
…違うな。きっと、安心できなかったんよ。
両親を殺めたのが最初。次がケン、その次はケン達の先生。そして、今日殺したアヤネの夫。
結局、みんなにアレをした。ソレをするまで落ち着かなかった。
平安末期から…いや、江戸時代かも分からん…。でも隠されてきた。
あの本に、言い伝えにあった、お父さんが教えてくれたアレ。
附子…トリカブト。
殺すとき、たった一口分それを詰めるだけ。




