妖って、知れば知るほど謎が多い。
パチパチッと、焚き火の音が響く。
串に刺された大蛇の肉が、香ばしい匂いを漂わせている。
食べやすいように切り分けられているが、まさか本当に食べるとは思わなかった。
世の中には蛇料理はあるけど、美味しいのかは食べたことがないのでわからない。
でも香ばしい匂いを嗅いでいると腹の虫が勝手に小さく鳴り出す。
俺の腹の虫は焚き火の音によって掻き消えた。
俺はひょっとこ面を頭に斜めにつけたまま座っていた。
さっき紬からもらったやつだ。舞のは横に置いておいた。
身につけなくても近くにあればいいらしいけど、今はまだかくりよの中だし、念のために。
焚き火を囲むように俺と里桜、それから紬が座っている。
舞は少し離れた距離で横になっている。傍には妖狐がずっと舞の手を握っている。
「……話はわかったんだけど……なんでその子に深入れするのか、私はわからないわ。過去に深い絆があったのかしら?」
紬は妖狐に尋ねる。妖狐はビクッと肩を震わせた。
焼いている中、これまでの経緯を話していた。
「舞は……友達、だから。でも……こうなるなら、呪いなんてかけない方がよかった」
舞は呪いのせいで背は止まり、両親が死んだと言っていたし、多額の借金も残ってるって話だ。
「なぁ、妖狐のかけた呪いって、ようするに舞の気配を消して他の妖には気づきにくくするんだろ。だったら、妖狐のせいじゃないだろ。大蛇が先に舞に目をつけ、呪いをかけてたみたいだし」
あれ、でも……。
「待てよ。だったら、なんで……獅子二匹は妖狐の呪いだって言ったんだ?」
「そんなの、簡単な話よ。あいつらは生真面目なの。だから、聞かれたことしか答えないわ」
紬は頬を膨らませる。
「ほんと苦手。だって、私、出禁になったんだから。赤い着物は血を連想させるって言われて……」
はぁっとため息をする紬。妖狐は苦笑して口を開いた。
「あそこは神聖な空間だから……許せないんですよ。僕は勝手に居座っちゃったけど、なにも言わないのはきっと、少しの慈悲だったのかな。まぁ、あなた方にお願いしてたみたいですが」
「……癒えました?」
「どうだろう。癒えてるといいんだけど」
不意に、里桜が妖狐に聞いてきた。妖狐はあそこにいなくちゃいけない理由でもあるのか?
紬がパンッと両手を叩く。
「はい! 話はそこまでね。焼けたし、食べよう」
紬は目の前の串の肉を取ると、冷たい息を吹きかけ、熱さを調節してからガブッと頬張った。
もぐもぐっと幸せそうに食べる紬は雪女というよりも女神に近いと思ってしまった。
妖って、知れば知るほど、謎が多い。……でも、どこか温かさがあるな。例外はいるだろうけど。
里桜が優しい人にお世話になっていて良かったと思う。……たまに怖いけど。
「ん……」
俺も食べようとして串に手を伸ばしたら舞が軽く唸って目を覚ました。
「舞!?」
妖狐は身を乗り出して、舞の顔を覗き込む。
「!? ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
バチィィィィィン!!!
乾いた音が響き渡った。
妖狐が後ろにのけぞって尻餅をつく。頬に赤い手の跡がくっきりと浮かんで……。
舞は上半身をガバッと起こして、後ずさる。
俺は、舞を宥めようと口を開く。
「舞! 落ち着けって!!」
「これが落ち着けるわけないでしょ!! いきなり顔ドアップで!! 心臓止まるかと思ったじゃない!」
舞は両手で自分の胸を押さえながら呼吸を整え、妖狐を睨みつける。
「で!? あんたまだ私に何か用!? 呪いかけといて今さら優しいフリ!?」
「いや、違うって! 呪いも解除したし、もう大丈夫だから……!」
妖狐が必死に手を振る。
「そう……」
舞は少し落ち着いたのか、ふぅっと息を吐いて、
「……お礼は言わないからね。もう人間に近づかないでよ。呪いのせいで借金まみれで両親死んで、身長まで……」
「待って待って待って! 身長は僕の呪いじゃないって! 大蛇の呪いでもないよ!」
「……は?」
舞の目が点になる。
「え、じゃあ私のこのチビは……生まれつき……?」
シーンと静まり返る。
里桜が小声で、
「…………あ。言っちゃった」
俺は、思わず串を落としそうになる。
舞の顔が、みるみるうちに真っ青から真っ赤に……そしてまた、真っ青に変わっていく。
「……嘘……よね?」
「嘘じゃないよ……ごめん……」
妖狐が小さくなる。
次の瞬間。
舞が立ち上がって、両手で頭を抱えながら絶叫。
「うわああああああああああ!!! 返してぇぇぇ!! 背が高くてかっこいいお姉さんポジションをぉぉ!! せめてあと20cm! 10cmでもいいから返してぇぇ!!わかる!? 必死にメイクしててもどうしても幼が残って、「子供がメイクしてる。可愛い」って言われる私の気持ち!! 薬局に行った時なんて、薬を買おうとしたら定員に「年齢が十三歳未満の方は……ご使用できないんですよね」って言われた私の気持ちがぁ!! 小さくて可愛いねって言われた時の私の絶望がわかる!? どんなに悔しかったか!! でもね、たまに開き直る自分がどんなに虚しいかぁ!!」
舞は涙目になって、妖狐に再びビンタをしようとしたが、妖狐はそれを交わして、舞の両手首をしっかりと掴む。
「ほ、本当に僕じゃないってばー!!」
「うるさい!! うるさい!! 全部あんたのせいにしとけば心が楽だったのにぃぃ!!」
なんという理不尽な……。
それに、そうか……。身長をここまで気にしてたんだな。見た目が小学生だから、開き直って、小学生のふりをしているものだとばかり……。
時と場合によって、使い分けてたんだな。自分の身を守れるのは自分だから、それも良いとは思うが……。
そんな二人のやり取りを見て、紬が肉を頬張りながら、
「ふふっ、青春ねぇ」
里桜が目をキラキラさせて、
「すごいです。人間の恋愛ってこんな感じなんですか……?」
「これは、恋愛じゃないから!」
俺は、里桜にツッコんだ。誤解されれば怖いからだ。里桜のことだから、後で同じことやりそうだしな。
「……さっきは、助けてくれてありがとう。その……きみは人間なんだし……無茶はしないでほしい」
舞は、必死に平手打ちしようと手に力を込めているが、妖狐の方が力が上のようでビクともしていない。
「……じゃない」
力を込めすぎてブルブルと震わせながら、涙目になりながらも妖狐を睨みつける。
「仕方ないじゃない!! 体が勝手に動いたのよ!! 悪い!?」
真っ赤にしながら開き直って怒鳴る舞。
「もういっぺん、殴らせろー!!」
「え、嫌だよ。だって痛いし。ほら、見てよ。平手打ちされたところが真っ赤になってるよ。きっと」
妖狐は、舞に見せるように真っ赤に手の跡がくっきりとなっている頬を見せる。
「相手が僕だったから良かったものの、他の妖にそんなことしちゃダメだよ。殺されるよ?」
「うぐっ……」
舞はフンッと鼻を鳴らして、結局妖狐の隣に座り直す。
妖狐はびくっと肩を震わせたけど、すぐに尻尾をそっと寄せてくる。
周りの木々は黒く沈み、葉の隙間から星がちらちらと覗いている。
紬の金髪が、火の光を受けて淡く輝いていた。
舞が膝を抱えて、ぼそっと。
「……明日になったら、普通の日常に戻るんだよね。私の不運も……落ち着くんだよね」
誰も答えず、ただ風が木の葉を揺らす音だけ。
でも、その静けさがなんだか心地よかった。
妖と人間が、同じ火を囲んでいる──そんな、ありえない夜の風景が、そこにあった。




