善意の押し売り ※表紙風イラストあり
俺は、春が嫌いだ。
といっても春そのものが嫌いな訳じゃない。春の季節が不運になりやすいのだ。
他の季節でも不運に見舞われる時もあるのだが……春は本当についていない季節だと言える。
何故ならば、去年の春には愛用していた自転車のブレーキが壊れたし、その前の年の春には二年以上住んでいたアパート(ペット可)が火事になって、愛猫を失った。
実家に帰るにも、かなり遠いから転職しなくてはいけなくなる。
結局、すぐに住めるアパートを探せば、ちょっとボロめで古いけど、家賃が安めなのが見つかり、現在、そこに住んでいる。
その不運が全て春の出来事なのは、俺がよっぽど春に嫌われている証拠なのかもしれない。
偶然だと笑われるかもしれないが、春頃に不運が続く理由を強引にでも探して納得したいんだ。
………そうしないと、やっていけないから。
そして、今年の春もきっと不運な出来事が起こる。
そう思っていたんだ、昨日の俺は……。
◇◇◇
いつものように目覚ましをセットしたはずなのに今日は何故か鳴らない。
外からは小鳥の楽しそうな声が聞こえてくるので夜は明けたのかもしれない。
部屋の空気がいつもより少し暖かく、どこか甘い。懐かしいような匂いが漂ってきた。
「おはようございます。旦那様」
幼い声が俺の耳元で聞こえる。
ああ、そうか。
これは夢なのかもしれない。昨日見たドラマの幼女役の子があまりにも良い演技していて思わず魅入ってしまったから。
きっと幼女役の子を見過ぎてしまい、こんな夢を見てしまったんだ。
誤解されないように言わせてもらうと俺はロリコンではない。
一人暮らしの部屋に幼女がいるはずないじゃないか。
そもそも俺は、彼女や妻はいないし、ルームシェアしてくれるような仲の良い友達はいない。
お願いだから、夢なら早く覚めてくれ.....っ!!
重い瞼を開けると、視界には橙色の着物を着ている幼女が不安げに俺をじっと見ていた。
目が合うとパァっと周りに花を咲かせるような笑顔を見せ、再度挨拶をした。
「おはようございます。旦那様」
「……え」
一瞬、思考が停止した。
見覚えのない少女が目の前にいる。しかも今居る場所は俺の部屋だ。
家具のデザインや位置もテーブルも全部見覚えがある。ただ一人を除いては。
「あの、どうしました?」
俺は目を擦ってその少女をまじまじ見た後、自分の頬をつねってみる。
痛い……って、え???
「だ、だぁぁぁあれれれれ!!!?」
これが夢ならどんなに良かったことか。痛みを感じて、これが現実なのだと嫌でも理解した。
気が付けば叫ぶように声を上げていた。
その声はアパート全体に響き渡る。
今暮らしているアパートはとても古く、壁も薄い。
外から玄関のドアを叩いて心配する声が聞こえる。
「透和くん、大丈夫!? 何があったの??」
俺の叫びに心配した大家さんが駆けつけたのだろう。
「あっ、えっと……大丈夫です。少し寝ぼけてて、ご心配お掛けしました」
適当に言い訳をつけて大家さんを安心させる言葉をかけた。
だってこの状況をどう説明する?
男が一人で暮らしている部屋に幼い少女がいる。そんな状況を見られでもしたら、どんな噂が立つのかわかったもんじゃない。
ましてや大家さんは噂好きで口が軽い。
絶対に見られる訳にはいかない。
「そう、なら良いんだけど」
なんとか大家さんを誤魔化して、納得したのか大家さんは立ち去る。
どんどんと遠のく足音を聞きながら俺はほっとした。
「……で、お嬢ちゃんはなんで俺の部屋にいるのかな?」
俺の叫び声に驚いたのか、寝室とリビングの出入口で顔を覗き込むようにして俺の様子を伺っている。
肩が小刻みに震えていて、涙目だった。
見たところ、五歳・六歳といったところか。
さて、どうしたものか。
「……さっきは大声を上げて、悪かった」
ベッドの上で胡座をかいて気恥しさを隠すように頭を搔く。
俺、橘 透和は幼い少女が苦手だ。
どう接していいのか分からない。
「あ……あの」
少女はおどおどしながらもその場に座り込み、手を床につけて頭を下げる。コツンっと額が床に当たる音が聞こえたが少女はそのまま話し続けた。
「私、里桜と申します。本日は……私をあなたのペッ……じゃなくて、嫁候補として参りました!!」
「……? 寝起きで良く聞こえなかったんだけど、もう一度言ってもらってもいい?」
最初から最後までちゃんと聞こえていたのだが、寝起きなのもあって聞き間違いをしてしまったようだ。
“嫁候補”?? そんな馬鹿な話あるわけ……。その前に何かを言いかけて言い直したような。気のせいか?
「私、里桜と申します。本日は……あなたの嫁候補として参りました」
聞き間違いじゃなかったぁぁぁ。
俺はベッドの上で固まったまま、目の前の幼い少女を見つめた。
「私……、透和様を幸せにするために来たんです! まずは、お部屋を綺麗にしてみせます!」
里桜はそう言うなり、突然立ち上がって部屋中をキョロキョロ見回し始めた。
「よしっ! まずは埃を取るところからですね!」
気合いを入れて、息巻く里桜に何やら嫌な予感がしてならない。
里桜が小さな手をかざす。
ふわっ……
部屋中の物が一斉に浮き上がった。
写真立て、数冊の本、書類、加湿器まで。流石にテーブルやベッドが動いてないのは、少し安心だ。
……ん? いや、おかしくないか。なんで浮いてんの!?
もしかして、この子、幼いけど超能力的な特別な何かがあるのか!?
「浮かせて、掃除します!」
浮いた物がそのままフラフラと不安定に揺れ、一向に動かない。
「あ、あれ? 動かない……? もっと集中です!」
集中しすぎた拍子に制御を失い、浮いていた亡くなった愛猫の写真立てが急落下した。
俺は咄嗟に手を伸ばして、床に落ちる前にキャッチした。
ホッと胸を撫で下ろしたのもつかの間、写真立てが急落下したのにテンパったのか、里桜は慌てている様子だった。
「あわわっ! ご、ごめんなさい!! つ、次こそは……」
今度は、大事な書類ファイルが、天井に勢いよくぶつかり、中身がバラバラに散乱。
何枚かはくるくる回りながら床に落ちる。
「待て待て待て!!」
俺は、書類を踏みそうになっている里桜を抱き上げる。
床に散らばった書類を見ると、少しだけ折れた跡があるものの全部無事だ。
「……掃除は、もう大丈夫だから、俺がやる」
「うぅ……こんなはずじゃなかったんですけど」
「……はぁ」
失敗したことを自覚しているのか、シュンっとなっている里桜を見て、ため息をついた。
この子は色々と危険だ。
無事だったから良かったものの……ん。
俺は気付いた。まだ、本と加湿器が浮いていることに。
次の瞬間、
ガッシャァァァン!
ドサドサドサッ!!
加湿器が床に思いっきり叩きつけられ、水をぶちまける。
本も勢いよく落ちたせいか、ページがめくれてたり、表紙カバーが外れて、折れ目がついてたり……。
水で紙が濡れてたり……。無事だと安堵したはずの書類も水浸しになっていた。
とにかく悲惨だ。俺は、怒りを通り越して呆れた。
この子、俺に恨みでもあるのか?
「えぇっと、俺はキミに何かしたとかは無いよな?」
俺は苦笑しながら頬をかいた。
春の季節に、こんな子供が現れ、いきなり超能力を発動したかと思えば、この惨事……。
まさかこれも、不運のひとつなのか?
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