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異世界ぬいぐるみおじさん  作者: フジコ


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第5話 仕事探し


 新居が決まった翌日、俺はさっそく仕事探しを始めることにした。

 国から当面の生活費はもらえているものの、増えるアテのない金と言うのは不安である。公務員時代から培った金銭感覚が、早めに収入源を確保しろと警告を鳴らしていた。

 

 前職は県庁職員だったが、今回はせっかく「お針子」というスキルがあるのだから、それを活かさない手はない。

 自分で商売を始めてみても良いが、この世界のことも商売の基礎も何も知らない。まずは社会勉強も兼ねて、どこかの縫製工房で雇ってもらえないかという算段だ。

 事前にネイネイに教えてもらった仕立て屋や工房が多いエリアに向かう。石畳の道を歩いていくと、木造の建物が立ち並ぶ一角に出た。どの建物も2階建てか3階建てで、1階が工房、2階以上が住居や事務所スペースという造りのようだ。

 窓からは若い女性たちが針仕事をしている様子が見える。談笑しながら手を動かしていて、なんだか楽しそうだ。


「おっ、結構あるもんだな」


 なかなか人手不足の業界らしく、どの建物の前にも「急募」と書かれた求人募集の張り紙がされている。これなら未経験でも引く手あまたのはずだ。


 大学時代の就活を思い出す。県庁を第一志望にしていたが、滑り止めに地元企業や地方銀行も受けていたんだよな。全部ではないが何社かは受かって、正直あまり苦労した記憶はない。

 面接では「地元に貢献したい」「安定した環境で長く働きたい」といった当たり障りのないことを言って、それで通過。

 今回も「未経験だからこそ積極的に学ぶ覚悟があります」とか「この業界で成長したいという強い意欲があります」とか、そんな感じでいけるだろう。なんせスキル持ちだし、時間に融通はきくし。


 意気揚々と最初の工房のドアをノックする。


「あのー、すみません、仕事を探していまして……」

「ギョギョッ! 男!」


 ガチャリとドアが開いた瞬間、中年の女性が目を丸くして、俺の顔を見上げた。


「え、あ、はい。求人の張り紙を見て……」

「いらない、いらない!」


 バタンとドアが閉められた。


「……え?」


 え?

 いや、断るにしても、言い方ってもんがさ……

 気を取り直して、隣の工房に向かう。


「こんにちは、求人の張り紙を見て……」

「冷やかしはお断りだよ! 出て行きな!」


 今度は初老の女性が、俺を見るなり怒鳴りつけた。


「いや、冷やかしじゃなくて、本当に仕事を……」

「男が針子になんかなれるわけないだろ! 帰った帰った!」


 またもやバタンと閉め出される。なんだこれ。

 いや、もう1軒、もう1軒! 工房はいくらでもあるんだ。アタリが悪かっただけ!


「こちらでお針子の募集は……」

「アンタが? ハハッ、いい歳の男が針子になりたいだなんて、おかしいじゃないか。そんな手で若い娘とお近づきになろうったってそうはいかないよ」


 3軒目の店主は俺を胡散臭そうに見て鼻で笑った。


「そういうつもりじゃ……」

「はいはい、分かった分かった。帰んな」


 バタン!


「うぅっ……一体なんだってんだ……」


 入口の張り紙には「急募」と書いてあるのに、声をかけただけでこのありさま。

 えっ、もしかしてこれ、俺が男でおじさんだから門前払い食らってる……ってこと?

 異世界生活、多少の困難は覚悟していたが、まさか就活で挫折を味わうとは……


「ねー、さっきうちに来たおじさんだよね?」


 往来でしょげていると、突然子どもたちに声をかけられた。


「おじさん、男なのにお針子になんかなりたいの?」

「男ならさ、鍛冶屋とか大工じゃない? お針子なんて女がする仕事だぜ」

「ねー、変だよ!」


 先ほど断られたどこかの工房の子たちで、やり取りを聞いていたんだろう。無邪気な笑顔と率直な指摘が胸に痛い。

 子どもたちはひとしきり笑ったら満足したのか、ケラケラ笑いながらどこかへ駆け出して行った。

 異世界じゃ男女雇用機会均等法なんて通用しないよな…… というか、日本でも裁縫は女性の仕事というイメージが強かったかもしれない。

 でも、男の職人さんだっていたし、この世界にだってきっといるはずだ。

 いる、よな……?


 4件目のドアを叩く気力が無くなってしまい、工房街をトボトボと歩く。

 窓からは、さっきと同じように女の人たちの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。あの輪の中に俺が入る余地はないのか。


「さっきから何してるんだい? あの男」

「女ばかりの工房街をウロウロして…… 怪しいわね」


 ボーッと突っ立っていたら、ヒソヒソと囁く声が聞こえてきた。ヤバ、完全に不審者扱いだ。


 足早にその場を去る途中、鍛冶屋や大工の求人もチラッと目に入る。

 そっちなら俺でも雇ってもらえるだろうか。

 いや、でも、と思い直す。

 俺に未経験の技術職が務まるとは思えない。あるのは県庁で身に着けたパソコンでの事務処理と、やったこともないお針子のスキルだけ。


「うっうっ、なんでお針子なんだよぉ……」


 就職活動、前途多難。

 異世界での生活、思ったより厳しいぞ……


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