第33話 企業努力
「ルル、ホワ。今日はちょっと出かけてくるな」
グリさんのところから工房にもどった翌日、朝食の席で俺はルルとホワに声をかけた。
「どこに行くの?」
「ゴールディ商会の工場を見に行こうと思って」
「えっ……」
紅茶を淹れていたルルの表情が曇る。
「やめておきなよ、シロ。勝手に入ったら捕まるよ」
「シアンに『いつでも歓迎します』って言われたから大丈夫だよ。どんな風に作ってるのか少し見ておきたいんだ」
「ホワワ?」
「大丈夫だって。ちょっと外から工場を見るだけだから」
「うーん……」
「ホワヌー……」
俺はひとりでゴールディの縫製工場へ向かうつもりだったが、ルルもホワも「シロひとりじゃ不安だから」と言って付いてくてくれた。
工場の場所は事前にグリさんに聞いていた。
「移民居住区のはずれにあるで。見に行くんか?」
「はい。敵を知るためにも」
「ふーん。まあ、止めはせんけど……覚悟しときや」
そう言っていたグリさんの言葉の意味が、今になって分かる気がする。
移民居住区向かうにつれ、足場は悪くなり街並みも古く粗末になってくる。
「ルル、ここから先に進んでも大丈夫か? 嫌だったらここで待っていてくれ」
「大丈夫だよ。平気平気!」
移民居住区の入口まで来て、俺はルルに声をかけた。
ルルは明るく言うが、ここはルルがかつて住んでいた場所にも近い。
辛い記憶が蘇るかもしれない。
「ホワワ~」
「ありがと、ホワ」
ホワがルルの手を握る。
さらに奥へ進むと、大きな倉庫のような建物が見えてきた。
「あれが……」
ゴールディ商会の工場だ。
建物の前には、木箱が山積みになっている。
その中には、見覚えのあるぬいぐるみが詰め込まれていた。
「これ……フェルト人形だ」
俺は一つ手に取る。
確かに俺が作ったものと似ている。しかし縫い目が荒い。綿の詰め方も雑だ。
「作りが粗末だな」
「技術がないからだよ」
ルルが小さな声で言う。
「ここで働いてる人たちは、移民の女や子どもたち。裁縫の技術なんて、ほとんどない」
「そうなのか……」
俺は工場の窓を見上げる。
薄暗い室内では大勢の人影が動いていた。
狭い空間にぎゅうぎゅうに詰め込まれて、ひたすら手を動かしている。
「こういう工場は酷いノルマがあるから……」
ルルが小声で続ける。
「一日に何十個も何百個も作らないといけない。できなかったら給料が減らされるの」
「ルル……」
「私も似たような場所で働いたことがあるよ。あの頃は、生きるのに必死で何も考えられなかった」
「ホワワ……」
「私はシロに助けられて、本当に良かった。でも、あの中にいる人たちはまだ……」
シアンは 企業努力で価格を抑えていると言っていた。
その企業努力の正体がこれか。
安い賃金で移民を働かせて。こんなに狭くて暗い場所で、小さな子どもたちまで。
「なにが、企業努力だ……」
これが、資本主義か。これが、ビジネスか。
「帰ろう、シロ」
ルルの声で我に返る。握り締めた拳の爪が、手のひらに後を付けていた。
「そうだな……帰ろう」
工場を後にする。
小さな窓の向こうで人影は動き続けていた。




